戦士たちの夕暮れ
階上に、そして周囲に蔓延っていた蟻の動きは精彩を欠き、攻撃性が鳴りを潜めた。
女王蟻が失われたことで、統制を失った……のだろうか?
卵の残骸を見渡す。その中央で倒れている蟻も。
「社会性の卵じゃないのかも」
「なにがですか?」
「作戦の目的。卵を守る生態を広めないため、なんて消極的な理由じゃないのかもしれないな」
この女王蟻は、これまでの群れに比して露骨に小さい。産む卵の数も少なく、己を盾に守りを固めていた。
いわゆる、突然変異というものだろう。
「恐竜みたいな方向性から、小型化して、より環境適応に秀でた個体へ舵を切った変異体だ。終わらせたかったのは、こっちの存在かも。……本部がどうやって知ったのか、分からないけどね」
「そう、なんですか?」
「さあね?」
肩をすくめる。
「私はお上にお伺いを立てられるような立場じゃない。末端兵士には永遠に分からない話よ」
それより、もっと大事なことがある。
「どうやって脱出するかを考えないと……?」
ぱら、と砂礫が降ってきた。
天井を見上げる。巨大女王蟻が天井をぶち抜いていたため、地上近くまで空洞が広がっている。
その天井から、砂がこぼれ始めていた。
はるか懐かしき我らが地上では、仲間がここに向かおうと死力を尽くしているはずだ。
「これ、まさか……掘削」
引きつった笑みで私を見る彼女に、私は笑顔を返した。
叫ぶ。
「退避ぃー!」
全力で通路の鉄扉まで走る。
直後、プラットホームに大量の瓦礫が降り注いだ。
§
仲間に助けられ、無事に帰投した私たちは、拷問に遭っていた。
「いだだだだだだだだしぬしぬしぬしぬむりむりむりむりむり!」
「我慢なさい。歪んだまま骨が接がれちゃったら大変よ」
軍医は腕にアクチュエータつきのガントレットを嵌めてその馬鹿力で骨折した足を引っ張った。そりゃあもう絶望的に痛い。視界が死ぬくらいやばい。マジなんも見えない。初めての経験。
「もうちょっとさあ、あるんじゃないのマシな麻酔とかさあ!」
「効きが悪いみたいねえ」
「暢気に言ってんじゃねえ――!」
ぎったんばったん暴れたが、最終的には、私の骨はまっすぐ綺麗につながりそうとのことだった。
骨が折れたまま跳んだり跳ねたり、無茶苦茶やったのだ。一安心というところ。
ちなみに処置している間、防音の壁を貫くほどの金切り声が聞こえてきていた。ミカとは、つくづく同じ地獄を見るらしい。
戦時は残酷なもので、優秀なギプスのある時代、私たちは一切傷病入院を許されなかった。
夕暮れの夕日で病院の影が長く伸びる。
病院の表にあるバス停のベンチで、彼女に会った。
「や」
「あ、こんにちは。足のけがは大丈夫ですか?」
フレームむき出しの簡易な筋力補助が巻かれた足を上げる。松葉杖すらない。
「なんとかね、治るだろうって話。しばらくは骨形成注射の通院よ」
「ふふ。いえ、あたしもそうです」
彼女に至っては、長袖のカーディガンに隠れてしまってギプスが見えない。健常者にしか見えないし、実際同じように扱われることだろう。技術の進歩は残酷だ。
どちらからともなくベンチに腰掛け、少しだけ黙る。
遠くで自転車は走っているし、鳥は巣に帰っていく。まるで虫の侵攻など嘘のようだ。
だが、車でニ十分も行けば瓦礫の地獄は広がっている。今もなお、少しずつ拡大を続けている。
「続けるの?」
「え?」
私は彼女に尋ねていた。
言葉足らずが過ぎて、きょとんとするミカを、私は振り返ることができなかった。
長い影が真新しい立派な陸戦病院のアスファルトに落ちている。
「ミカはなんとなく兵士になったって言ってたでしょ。死ぬような目に遭ったけど、まだ兵士を続けるの?」
「はい」
「そっか」
短い返事に、うなずいて応える。
そう返されることはどこかで分かっていた。
「私のせいかな」
「違う、とは言えないかもしれません」
苦笑が聞こえる。
兵士になる理由としては陳腐なものだ。
『かつて助けてくれたあの人のように、自分も』
「兵士をやめるかどうかは、誰よりも悩んだと思います。なにせ、訓練期間だけは人一倍ですから」
先端技術を結集した今の兵士は単価が高い。やる気のない民間人を叩いて鍛えて仕立て上げるような手間は、割に合わない。厳しい訓練に食らいついて、修了を示して、ようやく登用されるのだ。
「結局、あたしはやめませんでした。たぶん、答えは最初から決まってたんだと思います。今回のことで、自分の気持ちを自覚しただけで」
隣を見た。
彼女は病院を見上げている。前線で負傷した傷病者が収容されている病院を。
ここにいるのは例外なく、侵略者から人々を守ろうとして傷を負った戦士たちだ。
「あたしは兵士を続けます。あなたは、どうしますか?」
「え?」
問われたことに驚いた。
彼女は微笑を浮かべて私の顔を見つめた。
「自分が戦うと、誰かが代わりに死んでしまうって。言ったのはあなたですよ」
「あれ? そうか、そうだね。確かに私はそう言ってる。……驚いたな」
確かにそうだ。私は感じた恩義を、言葉一つで投げ出すことができる。
いや、例えばこの病院に配属されることで仲間を助ける。そういう恩の返し方だって選べるはずだ。
銃を取るだけが、鉈を振るうだけが戦いじゃない。
でも。
「私は戦うよ。これからも。死ぬかもしれなかった誰かを助けたいんだ」
私は、色んな人に託されてきた。
――"誰かを助けたい"。
その気持ちを。
人類の希望を。
「メグさん」
彼女は手を差し出してきた。
「次もよろしくお願いします」
そのほっそりと白い、でも鍛えられて骨関節の節くれ立った手を見る。
「……また死ぬような目に遭うかもしれないよ?」
「そのときはまた助けてください。死に物狂いで」
笑ってしまった。
「言ってくれる。……もちろん、任せてよ」
私は彼女の手を握った。
装甲少女ってかっこいい。
個人的に胸部装甲やボディアーマーがガッチリしているほうが好みですねー。
今回は陸軍系の物資が厳しいヴァージョンでお送りいたしましたが、無限飛行や無限弾薬の爽快なヴァージョンも好みで、そっちも書いてみたい気持ちがあります。
みなさんも装甲少女をなにとぞ、ぜひとも!




