穴蜂
「ぃ、やば……!?」
蜂の肢が迫る。
未だ空中にいる。加速がついてない。回避できない。甲殻がでかい、街路樹に轢かれるようなものだ。左足を出してブースト。膝を抱えて甲殻表面を転がるように、クッションを少しでも。
「ぐッ!」
左膝が胸に激突する。
装甲がなかったら足が破裂するところだ。ぐるぐると縦に景色が回って墜落する。
狭い通路に背中を強く打ち、
足がもげるような激痛で飛び起きた。
「いっ痛ぁ……ぐごごぁぁ……」
足の骨が折れた。
装甲の内壁からジェルが分泌される。傷を覆いつつ、表面は硬化することで患部を保護する機能だ。
だが当然、乾くまで待ってなどいられない。
虫の前肢が頭上にある。
「リ、ミッター! 解除ッ!」
体が投げ飛ばされる。
間一髪、打撃を避けて崖を転がり落ちた。土と煙が顔にかかる。
ブースターの噴炎が装甲を焼き、身体を浮かすほどの勢いで燃えている。燃料の残りなんて気にしていられない。どのみち、ここで勝たなければ生き残れないのだ。
「大丈夫ですか!?」
馬鹿野郎こっち見下ろす暇があったら隙見て飛び込んでぶっ殺せよお願いよろしく本当頼みますから。
痛みをこらえて叫び返す。
「平気! 仕留めて!」
大声が癇に障ったのか、虫は後足を通路に引っかけて体を高く持ち上げた。
このまま登られたらやばい。
虫の関節を撃つ。だが拳銃弾ではダメだ。甲殻に響くだけで傷一つ入らない。相手が大きすぎる。振り回された肢を今度は余裕を取って大きくかわした。
ブーストひと噴きで数メートルも体が動くが、心臓に悪い速さで推進剤がゴリッと減る。推進剤の残量は私の寿命と等価だ。そう何度も交戦できない。
拳銃を一度手甲に戻し、ストレージに給弾する。威嚇にもならない攻撃を続けるのは神経が磨り減る。
虫がもう一段登った。拳銃を抜いて撃ち込むが、やはり効かない。
「クソっ! 火力が欲しい!」
致命的に武器が足りない。
彼女はどうなった、と見上げる視界に。
迫り来る前肢が見えた。
――あ、死ぬ。
そのとき。
前肢がちぎれ飛ぶ。
鉈が回転しながら飛んできた。
「やべぇ!」
半身にかわし、ジャブを打ち込むように柄をつかむ。
アクチュエーターの握力で強引に鉈の回転を押し留め、奇跡的にキャッチできた。アホか、刃物が体に突き刺さったら死ぬわ!
「使ってください!」
虫の顔に火花が跳ねる。
彼女が滑空しながら突撃銃のフルバーストで銃弾を虫の顔に浴びせている。
罵倒する暇もない。虫が彼女を見上げた。ぎちりと虫の顎が鳴る。のこぎりのような甲殻を持つ、無事な前肢が持ち上げられた。
私はそれを見上げている。
虫が歯牙にもかけない位置だ。
ブースト。
「届けええええええ!」
噴射炎が馬鹿みたいに輝く。背後の光で眩しかった。身体の重みを自覚する強烈なGに耐えながら、鉈の構えは崩さない。
人間ロケットは穴蜂の目に突き刺さる。
ぐしゃりと潰れ「奥」まで届く。悶絶する頭に振り回されるが、鉈を手がかりにしがみついた。ブーストで過熱した装甲が、壁に叩きつけられて簡単に割れる。それでも離れない。放さない。
まだ、アクチュエーターは生きている。
鉈を握り直し、左手を拳銃ごとねじり込む。乱射。緑の体液をかわす。装甲に守られた腕を傷口に押し込み、内部の肉を鷲づかみにした。そして、つかんだ肉を支えに、鉈に満身の力を加えて、
ぞぶり、と押し込む。
虫は首を壁に打ちつけるようにして、斃れた。
穴蜂の生体、実はよく知りません(
ふわっとした知識でお送りいたします。真面目な設定考証系のものではありません。よろしくお願いします。