悪役令嬢は王子の本性を知らない
そう、あれはよく晴れた良い天気の日。まるで恋が始まってしまいそうな快晴の下、私は静かに絶望したことを覚えている。
忘れもしない、9歳の時であった。私はとある事情で普段なら絶対に入れないであろう、王宮へ来ていた。
その事情とはズバリ第2王子とのお見合い、である。
王族が齡10という若さでお見合いをすることはこの国では私より幼い子供すら知っている常識であり、また、由緒正しい貴族である我がタイバス家の長女が王族へ嫁ぐチャンスを与えられるのも珍しいことではなかった。
というか、王子の婚約者候補は私だけではないのだ。沢山いる美少女の中から一人だけ王子の御眼鏡にかなった者のみが王子の婚約者と名乗ることが許される。名誉が欲しい、金が欲しい、地位が欲しいと喚く貴族たちは挙って娘を王子の婚約者にさせたがった。彼らの娘は本当に不憫だと思う。
そんなわけで、私も今日は家の名を背負ってここに来ている。婚約者になれなかったからと言って落ちこぼれだのなんだのと捨てられる訳ではないが、期待はされていた。
王子とのお見合いは自分と王子の二人きりで行われる。もちろん、御付きの人とか警護とかは居るんだけど実際話すのは王子と自分だけ。だからヘマをすることは許されないし、逆に自分をアピールできる唯一の場でもある。
この時間に命を賭けると言っても過言ではない。むしろ、自分を王子が見てくれるのはここしかない。考えることは皆同じだった。
対面はたかが10分程度だと言うのに、この半年散々マナーを叩き込まれた。
正直鬼だ。きっと私を殺そうとしているんだわ、そうに違いない、なんて思ったのも一度や二度ではない。
しかし、まぁ、親が期待してしまうのも分からなくもなかった。なにせ、私は可愛い。
アイスグレーの大きな瞳にふんわり巻いた艶のある髪。
これは男はメロメロだわ、と鏡の前でほくそ笑んだのは5歳の時だったと思う。
王子様だって男の子。そこらの貴族の美少女だって地位も容姿も私には敵わない。きっと私を好きになるわ。
その時まで私は世間知らずのクソナルシストだったのだ。
王子の居る部屋に案内されて、扉の前に立った。重そうな扉を従者が開き、視界が一気に明るくなる。
お辞儀をする前に王子を見ないように、頭を垂れ、膝を折って、ドレスを少し持ち上げた。
半年のレッスンも馬鹿にはできないな、とこの時初めて思った。案外身体が勝手に動いてくれる。
十分礼をした後、顔を上げて王子を見た瞬間、脳が痺れた。恋とか、そんな可愛いロマンチックなものではなく……。
なんというか、記憶が掘り起こされているような不思議な感覚。
私は__この王子を知っている?
金髪碧眼の、人とは思えない美しい顔。さらさらの髪は照明を反射し、さらに輝いて見えた。
この人は_____。
思い出そうとしたところで自分が名乗って居なかったことに気付く。
なんて無礼なことをしてしまったの!
内心焦りまくっている中、王子は笑顔を絶やさずじっとソファーに座ってくれていた。
目が合うとコテンと首を傾げて、優しく微笑む。まるで天使。
私は胸が射抜かれるような衝撃を受けた。
あぁ、私は恋をしてしまったわ!
固まっている私を見ても、王子は慣れたようにじっとしている。大方、王子に見とれて固まったとでも思われているのだろう。
ピンク色になった頭をフル回転させて言葉を紡ぐ。
必ず王子様の婚約者になってみせますわ!
「お初お目にかかります、王子。
私はタイバス家長女のベルティーアともうします」
ベルティーア……?
自分の名前なのに妙に違和感を感じる。
私の失礼な態度を咎めることなく、王子も立ち上がって、美しく礼をした。
「初めまして、ベルティーア嬢。
私は、ヴェルメリオ王国第2王子、ディラン・ヴェルメリオと申します」
ヴェルメリオ王国、第2王子、ディラン。
この3つが頭の中で理解できた瞬間、ピンク色に染まった脳は冷え、危うく発狂しそうになった。
麗しい笑顔で挨拶をなさる王子にこの世のすべての女性がメロメロになるだろう。
ここは令嬢として白い頬を紅くさせて照れたように俯くくらいするべきなのに、できない。
だって、私は思い出してしまった。自分の前世とともに、この世界が乙女ゲームの世界であることに。
目が据わってしまったのはご愛嬌ということで。
☆☆☆☆☆
お見合いをなんとか終わらせて屋敷へ帰る。会話の内容は全く覚えていない。とにかく、自分を抑えるので精一杯だった。
帰った瞬間両親がキラキラした顔で私を出迎えてくれたが、私の暗い顔を見て静かに部屋へ連れていってくれた。
疲れたでしょう、もう寝なさい。よく頑張ったわ、と言われたときは母を二度見した。あの鬼はどこへ消えた。
それくらい、私の顔色は悪かったらしい。ちなみに、あれほど優しい母を見たのは後にも先にもこれだけである。私は1日眠りこけた。
前世の私は日本在住の女性であった。齡は20前後。多分学生。
友人は多い方ではなかったように思うのだが…。一人、例外がいた。
彼女の名前はどうやっても思い出せないが、サバサバした性格の可愛い感じの女の子で、幼い頃から仲の良い幼馴染のような………。
いや、違う。アイツとは幼馴染などではない。言うなれば腐れ縁のようなものだ。親友と呼ぶよりは悪友の方が似合っている関係だった。
好きではないが……嫌いでもない。いい奴だとは思うけど、何分私に当たりが強い。強すぎる。
お陰様で何事にも動じない防弾ガラスのハートを手にしてしまった。
あぁ、でもそうは言っても私達は常に二人だった。隣にいるのが当たり前。
嫌よ嫌よも好きの内というではないか。今思えば私は存外彼女に思い入れをしていたのかもしれない。
ちょっぴり寂しく感じたのは気にしないことにした。
さて、そんな悪友に失恋の慰めとして薦められて始めた乙女ゲームが、これである。
『君と奏でる交声曲』
略して『キミ奏』
因みに私達はハマりにハマった。グッズを買い漁るほどに。
舞台はヴェルメリオ王国。魔法を使える唯一の一族としてヴェルメリオ家が治めている大国である。
そのヴェルメリオ王国には、ある学園がある。その名も聖ポリヒュムニア学園。
聖ポリヒュムニア学園には、普通貴族が教養として通うのだが、稀に庶民が入学できる場合がある。
それは、特別な物事に秀でた者。料理が上手いとか、歌が上手いだとか。この上手いのレベルは王宮に仕えられるレベルのものである。半端ない。
ヒロインは音楽の才能に優れていた。万人を魅了すると噂されるほどに。
ヒロインの才能に目をつけたプラータ家の当主は庶民の彼女を養子に迎え、学園に入学させる………そこから物語は始まる。
ここで、本当に申し訳ないのだが、私は攻略対象者を二人しか知らない。
ハマりにハマったゲームだったが、ハマったのはゲームにではなく攻略対象であるヒロインの幼馴染の騎士様、アスワド・クリルヴェル様にハマったのである。むしろアスワド様しか攻略してない。
アスワド様は、艶やかな黒髪と青い瞳をもつ好青年。剣術に優れ、幼馴染のヒロインをいつも気にかけるお兄さん的な存在。
容姿はもちろんのこと、アスワド様には欠点がない。欲目かもしれないが、堅実で、優しくて、紳士なお方。ヒロインに一途な姿は心を射たれた。まだまだ語りたいことは沢山あるけど、時間が足りなくなるので割愛させて頂く。
要はドストライクだったのだ。
ちなみに悪友の推しは、第2王子。
そのため、私は誰が攻略対象なのか詳しくしらない。悪友に第2王子の素晴らしさを語られたくらいである。
知らないものはこの際しょうがないが、問題はここではない。
問題なのは、ヒロインのライバル……ライバルというか倒すべき敵が私、ベルティーア・タイバスであることだ。
ヒロインを苛めに苛め倒し、自尊心の塊である悪役令嬢。それが、私。
絶望だ。なんで、私がヒロインの手伝いをしなくちゃならないんだ。逆ハーされてろ。
しかも、悪役令嬢様はハッピーエンドでも、ノーマルエンドでもバットエンドでも破滅一直線。
というか、私の最後はあまり詳細を語られていない。『それからベルティーアを見た者は誰も居なかった……』というよく分からない最後を迎える。
冗談じゃない。
ベルティーアが輝くのはやはり、彼女の婚約者である第2王子を攻略しようとしたときである。私の騎士様のときはただのいじめっ子みたいな感じで立ちはだかる。大分質の悪いいじめっ子だけれども。
ベルティーアは王子を見た瞬間一目惚れをし、必ず婚約者になろうと金と権力をフル活動させて無理やり王子の婚約者になるらしい。
もちろん、王子からの愛などない。
思い出したときはヒヤリとした。だって、私一目惚れしてたもの。危ない。
どうやら、ベルティーアは自分から婚約に漕ぎ着けたらしいので、何もしなければ私は王子の婚約者に選ばれることはないのだ。
だったら物語も変わってくる。
なんだ、なにも怖いことはない。だったら、この美貌で騎士様と青春しちゃおうか。
そんな風にニヤニヤしたのはつい最近のことだったと思う。
神様、私の何がいけなかったの?そう思わずにはいられない状況だった。
目の前には金髪碧眼の美しい方。
「こんにちは、3日ぶりだね。ベルティーア」
「あの……王子。何故我が家に?」
私が疑問をぶつけると、王子は少し不機嫌そうに首を傾げた。
「何故?ベルティーアは僕の婚約者になったんじゃないか。婚約者の家に行くのは当たり前だろう?」
「こ……婚約者!?私がですか!?」
驚かずにはいられない。
これが、ゲームの修正力か?恐るべし!
「そうだよ。今日から君が僕の婚約者だと名乗っていいんだよ」
「は……はぁ……。あの、つかぬことをお伺いしますが、何故私なのですか?
正直に申しますと、私は特別何かをしたような気は全くしないのですが」
むしろ、失礼な態度ばかりだった気がする。
私が聞くと、王子は少し目を見開いたあと金色の髪をさらりと揺らしてそれはそれは美しく微笑んだ。
「そうだねぇ……。強いて言うなら、面白そうだったからかな」
「面白そうですか……」
「うん、なにか不満?」
面白いって、なんだそりゃ。ベルティーアと王子の間に愛はなかったはずだ。なら、この展開はまさにゲームその通り。
面白いだろうがなんだろうが、王子は私を好きではない時点でゲームと変わらない。
「いいえ。光栄ですわ。王子」
「うん、よろしくね。ベル」
いきなり私の名前を愛称で呼んだ王子に、流石攻略対象者だと思わずにはいられなかった。
☆☆☆☆☆
「王子、ご入学おめでとうございます」
「ありがとう、ベル。いつも言うけど俺のことはディランって呼んでいいんだよ?」
王子と婚約をしてから5年が経った。
私は相変わらず婚約者をしている。
「学園に入ったらベルの家にも通えなくなるね。1ヶ月に行けるかどうか………」
週一のペースで来てる奴がなにを言う。来すぎだ。
ゲームでもこんなに通ったのかな?あー、もっとあの子に聞いとけばよかった。
あと一年で、私の運命が決まる。その間に、王子にはなんとかヒロインを好きになってもらいたい。いや、ゲームの修正が働いてるっぽいし絶対に好きになるはずだ。
それを私は傍観して騎士様と青春をする!完璧。素晴らしい人生だわ!
そうと決まればやはり、早めに布石を打っておくのが大切だ。
「あの、王子」
「ディランでいいって言ってるのに」
少し頬を膨らませる王子は今日も美しい。最近は男らしさが倍増してさらにかっこよくなった。はやくヒロインを落としてくれ。
「王子は、恋をしたいと思ったことはありませんか?」
「恋?」
王子は不思議そうに首を傾げる。ふわりと金色の髪が揺らめいた。眩しくて少し目を細める。
「えぇ、王子もこの5年でさらに格好よくなりました。きっと学園に行ったら私よりも相応しい方がいらっしゃいますわ」
「……どういうことだい?」
「今だけでも私のことなんか忘れて青春を謳歌されてはいかがですか?」
私は王子の恋路を絶対に邪魔しません。婚約者なんて忘れていいんです。だから、破滅だけはご勘弁を!という意味を込めて言葉を紡ぐ。
私的にはかなり言葉を選んだ筈なんだけど……。
どうやら失敗したらしい。
「君は俺を馬鹿にしてるの?」
ヒッと喉から微かな悲鳴が漏れる。
王子はいつものように笑っているのに目が据わっていた。碧眼が不愉快だと、物語っている。
怖い。怖すぎる。夢に出てくるやつだ。
「め、滅相もない!」
「じゃあ、俺を試しているのかな?」
「そんなこと……」
「好きな人でも出来た?」
「いえ……」
そんなことはない、と言い切れないのが悔しい。騎士様と青春しようとか企んでるし。
しかし、参った。どこがどう地雷だったのか、全く検討もつかない。
王子はずっと微笑んだまま。
真顔も怖すぎるけど、笑顔もなにかと迫力ある。
微妙な空気を壊したのは王子の幼馴染で側近のシュヴァルツ・リーツィオだった。ダークブルーの髪に、赤黒い瞳をもつメガネの美少年である。ちなみに彼と話したことはない。
「ディラン王子、お時間です」
「もうそんな時間かな?じゃあね、ベル。入学祝いありがとう」
「は、はい……。お気をつけて……」
付き人に促されて部屋から出ていく王子を呆然と見つめる。
王子が出ていってしまった後、シュヴァルツから突然声をかけられた。
「ベルティーア様、あまり王子を怒らせないでください」
「え、あの、私のなにがいけなかったのでしょうか?」
「………いずれ分かります。まだ、自由に生きていたいでしょう?」
え!?こわっ!
私、自由に生きれなくなるの……?まじで破滅一直線?
顔色を悪くし、目に見えるくらい震えだした私を見てシュヴァルツは溜め息をついた。
「では、いいことを教えましょう。王子の機嫌を一瞬で良くする魔法の言葉です」
「魔法の言葉!?」
食い付きがよすぎる私に、シュヴァルツが少し引いたのは見なかったことにする。
「いいですか、___と言うんです」
「え?それが、魔法の言葉ですか……?」
「そうです。しかし、使用には注意して下さい。本気で思った時にしか使ってはいけません。嘘だとばれたらもっと面倒臭いことになりますから」
いや、今の言葉は死んでも本気で思わないよ。
王子様はそんな言葉で機嫌が良くなるのか……引くぞ。
「貴女が言うから効果があるんですよ」
「え?なにか?」
「いえ、では失礼します。ベルティーア様」
「あ、えぇ……ありがとう」
今度こそ王子様御一行が帰った。
不気味なほど静かな部屋で少しボーっとする。
魔法の言葉か……。本当に命が危ないと思った時にだけ使おう。しかし、本当に効果はあるのだろうか……。
王子が我が家に訪れる回数は極端に減った。
☆☆☆☆☆☆
それから、あっという間に一年が経った。
肝心な王子との婚約は解消できてないまま。というか、あれから家に来る回数がめっきり減って、滞在時間も短くなった。
怒らせてからは後ろめたくて、関係がぎこちなくなってしまった。私が緊張しすぎなのかな?
入学式の挨拶はもちろん王子であった。式だというのにきゃあきゃあと女子の黄色い声の五月蝿いことこの上なかった。王子の婚約者としてジロジロ見られたのも不愉快だったし。
はぁ、と1つ溜め息をついて視線を世話しなく動かす。
入学式を無事(?)に終え、私は騎士様探しに勤しんでいた。
一目でいいから生の騎士様を拝みたい……。
校舎の角で正門から出ていく人達を観察する。かなり早くからここで待機していたので、騎士様を見られる可能性はかなり高いはずだ。
なんとしてでも見てやる。ついでにヒロインも。
あわよくば、お友達になっちゃって……。
ニヨニヨと気持ち悪い笑みを浮かべていると後ろから足音が聞こえた。
思わず振り替えるとそこには画面越しに何回も見た、黒髪で青い瞳を持つイケメンが不思議そうにこちらを見ていた。
ま……まさか!
「こんなところで何をされているのですか?」
騎士様キタぁぁぁ!
令嬢らしからぬ台詞をすんでのところで飲み込む。
ほ、本物の騎士様!?どうしよう、変な顔してないかな。まさか今日会えるなんて思ってなかった。なんて嬉しい誤算!
興奮している私をみて、騎士様が首を傾げる。
なんてあざといの!!
王子にも負けないこの可愛さ。流石だわ!
これは千載一遇のチャンス!騎士様と青春を!
騎士様に向き合って、ドレスを少し持ち上げる。
「お見苦しいところをお見せしました。
私はベルティーア・タイバスと申します」
いきなりの挨拶に一瞬ポカンとした騎士様だったが、流石貴族と言うべきか、直ぐに姿勢を正して挨拶を返してくれた。
「これは、タイバス家のお嬢様でしたか。失礼しました。私はアスワド・クリルヴェルの申します」
人好きする笑顔を向けられて失神寸前。このまま死んでいい。幸せすぎる。
生で見るアスワド様は筆舌に尽くしがたい程イケメンだった。王子に比べると、少々男くさいがまたそこがいい。
天から舞い降りた戦いの神に違いない。
ぐへへと妄想していると、アスワド様は「では」と言って踵を返した。
え、それだけ!?折角のチャンスだったのに!
何とかアスワド様を引き留められるような台詞を考える。
駄目だわ、何も思い付かない。
前世でゲームをしてた時ヒロインはなんて言ってアスワド様と知り合ったんだっけ?
何10回と繰り返したストーリーを脳みそを絞り出して思い出す。
そうだ!あれだ!
「あ、あの!」
「はい?どうかなさいましたか?」
「その、アスワド様が宜しければなのですが……是非私と、と……友達に……」
私が言葉を発した瞬間、アスワド様が笑顔のままピタリと止まる。
確か、ヒロインはアスワド様と初めての出会った時「私と友達になろう!」みたいなことを言っていた気がする。
典型的な『皆友達!脳内お花畑のめでたいヒロイン』だなぁ、と思った記憶がある。
アスワド様は固まったままピクリとも動かない。やっぱり悪役令嬢がするのとヒロインがするのとでは違うのか………。
地味にショックを感じているとクスクスと声が聞こえた。
「ふ……ふふ……」
笑われた!?
ガーンと頭の中で効果音が鳴る。やっぱり可笑しかったかな……。
「あ、あのっ……」
「ふふ……はぁ、すみません。まさか友達になってくれなんて言われるとは思わなくて」
涙が出るくらい笑われて、顔が赤くなるのが分かった。もう二度と言わない。
「意外だったんです。友達になろうなんて、言われたのはアイツ以来ですから」
「アイツ?」
「俺の幼馴染です。馬鹿な奴なんですけどね」
楽しそうに笑うアスワド様とは対称的に私ははっとする。
それは、もしかしなくてもヒロインではないか!ヒロイン……やりやがったな!
「友達ですよね。喜んで友達になりましょう。
俺のことはアズでいいです」
「ほ、本当ですか!?わ、私のこともベルでいいです!敬語もいらないです!」
「ふふ、うん。ベルも敬語使わなくていいよ」
ベル……ベル……ベル……。アスワド様が言った私の愛称が脳内で響く。
今世初めての記念すべき友達、アスワド様。
少し寂しい気がしなくもないけど、まぁいい。しかも、愛称呼びを許可してくれるなんて!
「アズ、なにしてんの?」
私が幸せの絶頂を味わっていると、後ろから可愛らしい声が聞こえた。
可愛い声に似合わないガサツな言葉遣い。
声の主を確かめようと少女を見た瞬間、王子とのお見合いの時のように脳が痺れた。
ミディアムの薄い桃色の髪の毛に黄金色大きな瞳。揺れる髪飾りはヒロインそのもの。見た目は確実にヒロインだ。
けど、違う。こいつはヒロインじゃない。
不思議な違和感が私の脳内を支配する。この違和感の正体は分かってる。でも……認めたくない。
ヒロインも私をみて固まっていたが、はっとしたかと思うと貴族らしくドレスを持ち上げてにっこりと……いや、ニヤリと挨拶をした。
嫌な予感。
「お久し振りです。ベルティーア・タイバス様」
やっぱりお前は………前世の悪友かあああ!
私は驚きすぎて声が出ない。なんとなくそんな雰囲気は感じたけど……。本当にお前まで転生したとは。
「なんだ、知り合いだったのか!」
アズが嬉しそうに笑う。いや、可愛いんだけどね。ちょっと混乱しすぎてそれどころじゃない。
そんな嬉しそうに笑わないで……。
「アズ、先に帰ってていいよ。私は後で行くから」
「え?でも……」
「久し振りに会ったんだ。ほら、二人きりで話させてよ!」
ヒロインがアズをぐいぐい押して、校舎の角から追い出す。アズも気を遣ってくれたのか、あまり抵抗せず、名残惜しそうに帰っていった。
ふざけんな。折角いいところだったのに。
むぅっと膨れていた私を見て、悪友はクスッと笑ったと思えば抱き付いてきた。
「え……」
「やっぱりあんただね」
桃色の髪からはいい香りがしてシャンプーなに使ってるのかな、なんて場違いな考えが頭を過る。
「絶対いると思ってた」
「え、ヒロインはそんなことも分かっちゃうわけ?私は貴女がいるなんて夢にも思わなかったわ」
「なによ、感動の再会だって言うのに冷たいのね。でも、まさかあのベルティーアに転生しちゃうなんて、とんだ災難ね」
「はぁ、本当、全くよ」
「主要人物は全然マークしてなかったわ……。だって、貴女いかにもモブって感じだったじゃない?」
ヘラヘラ笑う様子は前世と全く変わってない。この減らず口も相変わらずだ。まじで失礼な奴だな。
「腐れ縁って、来世まで続くのねぇ」
感心したように頷く悪友だが、あまり嬉しくない。
私は不意に重要なことを聞いていないことに気づいた。
「貴女の名前ってなんだっけ?」
「はぁ?今さら?ヒロインよ、ヒロイン!」
「いや、分かってるんだけどさ、自分の名前入力してプレーしてたからデフォルト名覚えてないんだよね」
「あはっ!相変わらず抜けてるねぇ!」
可笑しそうに笑う悪友に、お前も全然変わってねぇよと言ってやりたい。
「私はアリア・プラータと申します。以後お見知りおきを」
わざとらしく挨拶をするアリアをじっと見下ろす。こうしているとただの可愛いヒロインなのになぁ。中身が違うとこうも違うのか。
「残念な……」
「失礼なこと考えないでくれる?」
哀れみを込めて視線を送れば、アリアは不機嫌そうに顔を歪めた。
大方私の言いたいことは伝わっているようだ。流石私の悪友。
「ところで、ベル」
「いつから愛称で呼ぶ仲になったのよ」
「はぁ、細かいなぁ。そんなベルに忠告よ。アズには近づかない方がいいわ」
「はぁ!?なんでよ!」
折角転生したのに生アズを堪能しないでどうする!全国の騎士様ファンに失礼だぞ!
キーキー喚く私を一瞥してアリアは溜め息をつく。
「あとね、私、アズを攻略するから」
衝撃の告白に脳がついていかない。今なんとおっしゃいました?
「な、なんで……アリアは王子が好きなんじゃ……?」
アリアは申し訳なさそうに眉を潜めて、ごめんと言う。
お前は私がどれだけ騎士様を愛していたか知っているだろう!?だったら私が納得出来るだけの言い訳をいってみろや!
「理由は?」
なにか事情があるのだろうきっと。なら聞いてやらないこともない。
偉そうに腕組みをして立っていると、困ったような表情していたアリアが口を開く。
「あのね、王子は実は………」
「そこで何をしてるのかな?」
ビックリして振り替えると満面の笑みを浮かべた王子がいた。
「あ、王子……」
「ふふ、だからディランでいいのに。ベル、入学おめでとう。君はベルの友達?」
「……はい、アリア・プラータと申します」
「あぁ、君がプラータ家の……」
プラータ家と言えば我が家程ではないが結構高貴な貴族である。
「じゃあさ、知ってるよね?」
「……は…い。王子」
「彼にもちゃんと伝えておいてね?」
「御意に。では、私はこれで。王子、ベルティーア様、失礼します」
綺麗にお辞儀をして、颯爽と帰ろうとするアリアをポカンと見つめる。通りすがりに、ごめんねと言われた。
呆気にとられていると王子がこちらを向いた気配がした。
「さて、ベル。ここで何をしていたのかな?」
「え?」
ふと王子を見上げて心臓が凍る。
いつも笑顔の王子が笑っていない。そう、真顔なのだ。
ヤバい。マジ切れだ。
「ベル、俺は怒ってるよ」
見たら分かります!美形の真顔って怖すぎる!
私がガクガク震えていると、王子はしょうがないなぁ、とでも言うようにニッコリと笑みを浮かべた。私には悪魔の黒い笑みにしか見えないが。
笑顔でも怖い人なんて、王子以外に見たことない。ある意味才能なのではないだろうか。
「ベルの好きな人って彼かい?」
「へ………?」
図星だ!まさか貴様、全部見てたのか!?
いやいや、ここは否定するべきだな。私だって空気くらい読める。
「いえ、違います。彼は友達です」
「へぇ、友達の彼のことは愛称で呼ぶのに、俺のことは一回も名前で呼んだことないよね?王子、王子って。君のなかで俺は彼よりも下の存在なんだね。それとも友達以下かな?」
「そ、そんな、つもりは……」
そんなつもりはなかった。王子を名前で呼ぶなんて、失礼で図々しいことだと思っていたから。
いや……深い関係になるのを恐れていたからかもしれない。
でも、確かに、私のしたことは名前で呼ぶよりもずっと不敬なことだ。
この際、王子がここでの一部始終を見ていたことは気にしないことにしよう。
弁解をしようと、俯いていた顔を上げようとしたその時。
王子の美しい顔が悲しみで歪んでいるのが目に入り、私ははっと息を飲む。
「ベル、君は美しいよ」
王子は私のアイスグレーの髪を優しく持ち上げて軽くキスをする。
私は呆然とその光景を眺めていた。
捨てられた仔犬のように、切なくて今にも泣きそうな目をする王子に胸がギュと締め付けられた。
「俺ってベルの婚約者だよね?」
王子の年相応の表情なんて初めて見た。
子供が親にすがるように、私を力強く抱き締める。
「ベル……ベルは俺のものだよね?」
………ん?それはちょっと違うと……。
抗議しようと顔を上げると、またもや悲しそうな瞳と目が合って、こっちまで切なくなってしまう。
肯定してよ、と切実に語っている目を見て少したじろぐ。
その時、不意にシュヴァルツから言われた魔法の言葉を思い出した。
あの言葉こそ今使うべきではないだろうか……。
魔法の言葉を言う不本意だが、今回悪いのは確実に私だろう。思った時にしか言ってはいけないとは言われたが、今言わないでいつ言うのだ!
男になれ!ベルティーア!!
自分を発奮して、息を吸う。
「そうです。私は王子のものです」
魔法の言葉。それは、『私は王子のものです』という、なんとも鳥肌が立ちそうな台詞である。
ぶっちゃけこれを聞いたらドン引きだろう。
私もドン引きした。どうやら王子には並の人間には理解できない性癖があるようだ。
いや、しかし、王族たるもの民を自分のものとして動かさなければならないから、これは血筋と言えるのか?
なんと恐ろしい、ヴェルメリオ家の血!
王子は満足したらしく、手の力が少し緩んだ。放してはくれないが。
「あ、あの、王子……」
「ディラン」
「あ、はい、ディラン様」
「ベル、さっき言った自分の言葉。忘れないでね?」
嫌な予感がして、王子を見るとあの悲しそうな表情はなりを潜め、満面の笑み。
まずい。私は選択を間違ったのかもしれない……。
「友達を作るのは良いことだ。彼と仲良くすることも。……だけどね、これだけは覚えておいて欲しいんだ」
王子が囁くように耳元で話す。息が当たって少しくすぐったく感じた。
「あまり仲良くし過ぎると俺、何しちゃうか分からないよ?」
低い低い、聞いたこともないドスの効いた声にゾワッと背中に悪寒が走る。
私は、コクコクと首振り人形のように全力で首を縦に振ることしか出来なかった。
☆☆☆☆☆☆
「王子、良かったのですか?」
シュヴァルツが呆れたように王子に聞いた。
「遅かれ早かれこうなっていただろう。予定が少し早まっただけだ」
「はぁ……」
憮然と話す王子にやれやれと苦笑いした。
「いや、しかし、見事な演技でしたね。あんな仔犬みたいな表情どこで覚えたんですか。笑いそうでしたよ」
王子の目の前であるにも関わらずクスクスと笑うシュヴァルツを王子はちらりと一瞥すると、フッと笑った。
「ベルが手に入るのなら、何だってするさ。どうせなら心も手に入れたいだろう?」
にっこりと美しく笑う王子を見て、少し気味悪く感じたのはここだけの秘密である。
「はぁ、ベルティーア様もお気の毒に……」
シュヴァルツが呟いた言葉は風に溶けて消えていった。
ベルティーア・タイバス
事故にあって命を落とした元オタク女子。推しはヒロインの幼馴染であるアスワド。
王子の婚約者。
ディラン・ヴェルメリオ
ヤンデレ。この一言に尽きる。ベルが大好き。ヒロインとかどうでもいい。ベルのことしか考えていない。騎士邪魔。消したい。
アリア・プラータ
ベルとともに事故にあって命を落としたベルの悪友兼親友。ヒロイン。
王子の本性を知っているため、出来れば王子には近づきたくない。ベル、逞しく生きろ、と常々思っている。
騎士様攻略中。
アスワド・クリルヴェル
騎士様。アリアの幼馴染。ベルの友達はじめました。
シュヴァルツ・リーツィオ
王子の側近兼幼馴染。常に王子と一緒。
腹黒メガネで策士。実は攻略対象者。