⑦
朝日が眩しい。
まるで私を祝福してくれているような太陽の光。
そして私の心も、同じように輝いている。
「でゅふふふ……」
笑い方が些かお下劣であるが、心は清らかである。
いや、ホントに。
「亜衣ちゃん、今日はご機嫌だね~」
登校の途中で合流した親友のよつ葉ちゃんが、にこやかにそう言ってくれる。
普通の人なら私の気色悪い笑みを見て、苦笑いを浮かべるであろうところ。
ぽわわんとした笑顔で「ご機嫌だね~」などと指摘してくれる辺り、よつ葉ちゃんは本当にエエ娘である。
男なら間違いなく求婚していた。
まあどちらにせよ、私には心に決めた相手がいるんだけどね!
「聞いて、よつ葉ちゃん! 私ついに思いが報われたんだよ!」
「え? と、ということは亜衣ちゃん、瀬賀くんに告白したの?」
「成し遂げたぜ!」
よつ葉ちゃんには以前から初恋の件で相談に乗ってもらっていた。
たびたび告白する勇気を出せない私を「がんば~」と応援してくれたよつ葉ちゃんには報告しなくちゃね。
この手の話題に耐性のない純真無垢な少女であるよつ葉ちゃんは、私の話を聞いて「はわわ」と頬を赤くして動揺する。
あいかわらずイチイチ反応がカワイイのお、この娘さんは。
「そ、そうなんだあ。じゃあ、やっと憧れの瀬賀くんとお付き合いできるようになったんだね?」
「んや! 断れました!」
「あれ~!?」
「でもお友達から始めましょうって言ってもらえた!」
「そ、それって報われたとは言わないんじゃぁ……」
「これから報われるんだよ! だってお友達から一気に恋人にランクアップするかもしれないじゃない!」
「そ、それは、そうかも、しれない……のかなぁ?」
「させてみせるさ!」
「あ、亜衣ちゃん前向きだね~」
「あたりまえだよ! ここからが勝負所だもん! 絶対振り向かせてやるんだから!」
そう。
結局告白は承諾してもらえなかった。
でも代わりに悠莉くんと親しい間柄になれたのだ。
私にとっては、大きな進歩である。
ここから、どんどんアピールを仕掛けて、悠莉くんをメロメロにしてみせるのだ。
あの堅物のお父さんを落とした、お母さん直伝のアタック法で!
まあ、昨日は嬉しさのあまり、いろいろ失敗しちゃったけどね……。
『悠莉くん! ホ、ホンマにウチとお友達になってくれるどすか!?』
『なにゆえ急に訛る高峰さん』
『わ、私、男友達とか初めてだから、いろいろ距離感掴めなくて迷惑かけちゃうかもだけど、それでもいいかな!?』
『じゃあ早速だけど、ヨダレ垂らすのやめてもらっていいかな?』
『ぶっちゃけ私、悠莉くんのこと諦めたわけじゃないから、お友達以上の行為を求めることが多々あると思うけどそれでもOK!?』
『清い友人関係を望みます』
『やっぱりこの話無しってのはイヤだからね! 一生のトラウマになるから! 責任重大ですよ悠莉くん!』
『友達をいきなり脅さないでよ』
『もし裏切ったら私本気で病んじゃうから! 今度こそ完全に男嫌いになるから! 親友のよつ葉ちゃんと百合ゆりな関係になるから!』
『親友さんに迷惑だからやめなさい』
『ホントに! ホントに私と仲良くしてくれる!?』
『するよ。するから、一度落ち着こうよ。まったく……』
私のテンションに悠莉くんは呆れの顔を浮かべつつも、フッと穏やかにほほ笑んで、
『高峰さん、大人っぽいのに、ホントに子どもみたい』
からかうように、そう言ってきた。
心の壁が少し取り払われた。
そう感じさせる笑顔だった。
そんな悠莉くんを見てしまった私は……
『とりあえず連絡先交換しようか。えっと……どうやるんだっけ』
連絡先を交換することに慣れていないのか、スマホの操作に格闘する悠莉くん。
そんな彼が、愛らしくてしょうがなかった。
かわいい。
ホントに悠莉くんかわいい。
そんな感情が沸々と湧く。
同時に、彼と親しい仲になれることの喜びが、一気に臨界点を突破し……
『ごめん高峰さん。やり方わかる? こういうの、いつも友達の浩輝に任せてる、か、ら……』
こちらを振り向く悠莉くん。
愛らしい童顔は、瞬く間に珍獣を見るような戸惑いの色を浮かべる。
そんな反応すらも愛しい。
愛しいから……
『悠莉きゅん~! だいちゅき~!!』
ル〇ンダイブのごとく飛びつきたくなっても仕方ないよね!
しかし、愛の抱擁は叶わず。
ひょいと身軽にかわす悠莉くん。
地面とフォーストキスをかわす私。
そして再び鳴り響く防犯ブザー。
ちょうど良く公園を通りかかったおまわりさん。
こんな感じで、私の人生初の告白は、おまわりさんの尋問と共に幕を閉じたのだった。
「フッ。おまわりさんを説得するのには苦労したぜ……」
「た、たいへんだったんだね亜衣ちゃん」
「まあね。でも私めげないよ」
悠莉くんとお付き合いしていく以上、きっと今後もあんな風に誤解される頻度は増えていくに違いない。
しかし!
「偏見と法律なんぞに私の愛を止めることはできないぜ! 私は必ず勝つ!」
「あ、亜衣ちゃんが自重すれば何も問題は起きないと思うんだけど……」
「無理! だって悠莉きゅんなんだよ!?」
「り、理由になってないよ~」
「だってだって! あんなカワイイ男の子が目の前にいたら思わず抱きしめたくなるってもんでしょ!」
「まあ、それはわかるけど……」
「ん?」
「……あっ! う、ううん! なんでもないよ~!」
気のせいか。
親友であるよつ葉ちゃんから警戒すべきオーラを感じたのだけど……。
いや、気のせいか。
よつ葉ちゃんはいつだって私の味方だもん!
「というわけだからよつ葉ちゃん! しばらく悠莉くんと一緒にいる機会が増えると思うから、あまり構ってあげられないけど寂しがらないでね!」
「う、うん大丈夫。うまくイクといいね? 瀬賀くんと」
「ありがとう! がんばる!」
卒業する頃には結婚の約束してるぐらいには進展したいな!
「がんばってね亜衣ちゃん。……お友達なら、まだ私にもチャンスあるかな……」
「ん? 何か言ったよつ葉ちゃん?」
「な、何も言ってないよ!?」
「そう? まあ、なにはともあれ、今日は悠莉くんと放課後デートなのだ! ひゃっほぉい! がんばっちゃうぞ私ぃ!」
思いは成就しなかったけど。
でもこれはこれで、幸せだ。
好きな人とちょっとずつ仲良くなっていく。
そういう青春も素敵だと思うし。
努力し続ければ、いつか本当に振り向かせることができるかもしれない。
そう。
これは、いわゆる駆け引きだ。
恋とは戦争と同じというけど。
まさにそんな感じ。
あのクールなショタっ子を振り向かせられた日には、きっと私は男の子の心をよく理解した女になっていることだろう。
きっと、男性に対する意識も、変わっている。
そんな未来を目指そう。
私の恋路は、ここから本格的に始まるのだ。
「ところで、よつ葉ちゃん。チュウって何回目のデートなら許されるのかなぁ?」
「そ、それは友達同士ですることじゃないよ~」