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「ただいま」


 日が沈みかける前に、見知らぬ公園から無事に帰宅できたことで、悠莉はひと安心した。


(なんか、濃密な放課後だったな)


 帰りの間に起きた出来事を振り返りながら、悠莉は二階へと昇る。


 自室に入ると、ちょうどスマートフォンからメッセージが届く。


 親友の山路浩輝(やまじ ひろき)からだった。


『悠莉ヘルプ! 課題でわかんねーところあっから教えてくれ~』


 またか、と悠莉は思いながら慣れた手つきで返事を送信する。


「どこがわかんないわけ?」


『ぜんぶ!』


「くたばれ」


『冷たいこと言うなよ~!』


「少しは自分で考える努力をしろ」


『めっちゃ努力した! で、無理だったから教えを乞う』


「甘えるな」


『悠莉センセー厳しいっす』


「親友を思いやってのことだ」


『泣かすこと言ってくれるぜ親友!』


「ドヤッ」


『でも優しさも欲しいなぁ』


「怠け者にくれてやる慈悲はない」


『OTL』


 親友とのいつものやり取りに、悠莉は苦笑を浮かべた。


 元は不良だった浩輝も、ずいぶん丸くなった。

 正義感の塊である悠莉とは、本来ならば対照的だった存在。


 そんな浩輝と親しくなったのは、彼が他校の不良たちに集団リンチに遭っていたところを、悠莉が偶然目撃し、防犯ブザーで助けを呼んだことから。


 無論、不良側からすれば余計な真似をしてくれた悠莉も、容赦のない暴力を受けた。

 しかし、防犯ブザーを鳴らす手を、悠莉は止めなかった。


 誰かが通報してくれたのか、現場に駆けつけてくれた警察のおかげで不良たちは連行されたが、浩輝も悠莉もヒドイ怪我を負った。


『なんで俺みたいなクズを助けた』


 病院へ運ばれる途中、浩輝は不審げに尋ねた。

 人を信じきれない。そんな冷めた目だった。

 まるで人間を警戒する野犬のような浩輝を見て、悠莉はどこか憐れむように答えた。


『人助けに理由はいらないだろ』


 退院すると、浩輝は牙が抜かれたように人が変わっていた。

 それ以降、なぜか悠莉とつるむことが多くなり、現在に至る。

 いまでは遠慮ない会話ができるほどに、打ち解けている。


 恐らく、浩輝自身はそこまで悪人ではなかったのだろう。


 ただ信頼できる相手ができず、孤立していつのまにか不良の世界に仲間入りしてしまっただけで。


 真面目に授業さえ受けてこなかった彼も、いまや苦手なり課題に取り組む姿勢を示している。

 その努力自体は、親友として素直に応援してやりたい。


『あ、そうだ。悠莉! 明日久しぶりにゲーセン行こうぜ!』


「露骨に話題を変えたな」


 気まぐれな点は、改善してほしいとは思うが。


『ま、まあ、細かいこと言うなって。あ、でも、もしかして明日バイトか?』


「んや。一応休み」


 悠莉は叔母が経営する喫茶店でアルバイトをしている。

 愛らしい店員が接客していると客足が増えるとのことで、叔母からはたいへん重宝されている。

 その分、シフトに入っていない日はグズられるが。


『よっしゃ。じゃあ明日はパァッと遊ぼうぜ!』


 いつものように「うい」と返事しそうになった手を、悠莉は一度止める。


 放課後に起きたことを思い出す。



 そうだ。

 明日から、少し、いままでとは違う日常が始まるのだった。


 打ち込んだ返事を訂正して送る。


「すまん。先約がある」


『ぬぁにぃ!? 俺以外に友達のいない悠莉に先約だと!?』


「浩輝だって僕以外に友達いないだろ」


『そっすよ。だから一人ぼっちにしないで悠莉~!』


「お互い悲しいね。しかし断る」


『無慈悲!』


「約束しちゃったんだから、しょうがないだろ」


『ショボ~ン。つうか、真面目に誰と約束したん?』


 文字を打つ指が止まる。


 いかに気心知れた親友とはいえ、言ってしまっていいものだろうか。


『ま、まさか、女と会うわけじゃなかろうな?』


 と、悠莉が渋っている間に、浩輝が正答を言った。


「ま、そんなとこ」


 悠莉がそう返すと、言語化不可能の反応が数分続いた。


「落ち着けよ浩輝」


『落ち着けるかぁ! 悠莉オメー! 俺というものがありながら女とデートするのか!?』


「そこは『俺を差し置いて』じゃないのかよ」


『悠莉お願い! 捨てないで! 何でもするから!』


「キモイ」


『うおおおおおおおん(泣)』


「というか、別にデートじゃないよ」


『でも相手は女なんだろ!?』


「性別上は」


『じゃあデートじゃん!』


「違うって」


『じゃあどういう関係なのよ!? 納得するように説明して!』


「浮気を疑う主婦か」


『この浮気者~!!』


「めんどくせー……」


 浩輝の質問攻めに難儀しつつ、悠莉は今日あったことを思い返す。




 別に、『彼女』と付き合うことになったわけではない。


 ……ただ、真剣に考えようと思ったのだ。


 あそこまで必死に、自分に告白をしてきた少女の。


 高峰亜衣の、思いに。




 ◇◆◇




 変わりたいの。


 悠莉が心を揺さぶられたのは、その一言だった。


 変わりたい。

 それは悠莉自身も、常々思っていること。


 今日の自分よりも、明日の自分はもっと成長できているように、歩みを止めない精神。


 そんな前向きな姿勢を、悠莉は尊んでいる。


 だからこそ、思ってしまった。

 自分の手をぎゅっと握る少女を、他人のように思えなくなってしまった。

 真剣に自分を見つめてくる少女のまっすぐな瞳を。

 緊張で震える彼女の様子を。

 大人びた見た目ながら、どこか庇護欲をそそる顔つきを。


 そこにいるのは、かつての自分だった。

 憧れの人物に一歩でも近づきたいと、勇気を振り絞って前を向く、決意の色がそこにある。


 だからこそ、悠莉は知っている。

 自分のひと言で、彼女の未来は、大きく変わることを。


 よく知らない相手だから。

 自分じゃ相応しくないから。

 そんな安易な理由で断るには、もう収まりがつかない。


 彼女は、高峰亜衣は、いま全身全霊で、戦っているのだ。


 初恋という名の、戦いに。




 そんな少女の覚悟を、肌身で感じた悠莉は、自然と返事を口にした。


「……ありがとう。そこまで、思ってくれて」


 悠莉に変質的な感情を向ける女性は、これまでに何人もいた。

 しかし、ここまで切実に好意を向けてくれる女性は、彼女が初めてだった。


 しかし、それでも……


「でもゴメン。やっぱり付き合うことはできないよ」


 そればかりは譲ることができない悠莉だった。

 亜衣の瞳に、再び涙が溜まる。


「でも」


 少女の感情が決壊する寸前に、悠莉は付け足した。


「恋人には、なれないけど……でも、僕が高峰さんにとって変わるきっかけになるんだって言うなら」


 幼い自分が、従姉弟の存在で弱虫を卒業したように。

 親密な仲になって、多くのことを教わったように。


 そんな、きっかけになれるのなら……






「友達になろ?」


 告白を断る上では、ありきたりな返事かもしれない。

 良くない返事かもしれない。


 しかし。


「僕でよければ、いくらでも高峰さんのチカラになるよ」


 困っている友人の助けになる。

 それ自体は、決して、おかしいことではないはずだ。




 悠莉の言葉に、亜衣は目を輝かす。

 頬に朱色が差し、恍惚と悠莉を見つめる。


 握りしめられた手から、彼女のぬくもりが伝わってくる。

 それは、とても熱いぬくもりだった。


 悠莉は初めて知った。

 希望に近づいた少女とは、ここまで眩しく、そして愛らしく見えるものなのかと。




 ふと、悠莉は自分でもよくわからない、不思議な感覚に襲われた。

 といっても、それは一瞬のことだった。


 いまのは何だろう。

 捉えどころのない感情の機微に、悠莉自身が戸惑った。


 ただ。

 従姉弟がかつて言った言葉。

 それが頭の中に浮かんだ。


 ――守るべき相手がいると、芯っていうのかな。絶対に譲れないものができて、一層励めるようになる。


 この感覚は、それに近いものなのかもしれない。



 悠莉は、思わずほほ笑みを浮かべた。




 自分は、少しだけ、憧れの人に近づけたのだろうか。


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