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「そ、そういえば悠莉くんって、いつも防犯ベル持ち歩いてるの?」


 とりあえずさっきの失言は緊張を和らげるためのジョークだったと悠莉くんに説明し、なんとか納得してもらったところで私は適当に話題を振ることにした。


「出かけるときは必ず持ち歩いてるよ」


 私の問いに悠莉くんは律儀に答えながら、防犯ベルを取り出す。


「昔から僕って危ない人に声かけられやすいんだ」


 わかる。悠莉くん良くも悪くも目立つし。


「で、いまもこんな見た目だから普通に小学生に間違えられて誘拐されかけたことがあるし。だから必需品なんだ」


「そ、そうなんだ」


 確かに悠莉くん、育ちも良さそうだから金銭目当ての悪人とかに狙われやすいのかもしれないな。

 かわいそうな悠莉くん……。

 私が悠莉くんのボディガードになって付きっきりで守ってあげたい。


 ……いや、いまからそう提案してみようかな!

 そうすれば四六時中、悠莉くんと一緒にグフフフフ。


「あと、今日の高峰さんみたいに変態な女の人に襲われかけたこともしょっちゅうあるし」


「いやいや! だから私変態じゃないってば!」


 というか、私の知らぬところで悠莉くんが襲われかけたことがあるだと!?

 おのれ、痴女め!

 悠莉くんの貞操は渡さんぞ!


「わ、私は悠莉くんに変なことする気はないってば!」


 イケナイ想像はいっぱいしちゃうけど!


「じゃあ、どうして今日、後ろからずっと付いてきてたわけ?」


「気づいてたの!?」


「ハァハァ息荒くしながらジッと見てたら誰だって気づくし、誰だって変態だと思うよ?」


「違うもん! 深呼吸してただけだもん!」


「いつ防犯ベル鳴らそうかタイミングを見計らってたよ」


「私そんな危ない人に見えたの!?」


 声かける前からすでに警戒されまくってんじゃん私!


「正直なところ、こうして二人きりでいていいものか現在進行形で心配しているよ」


「ばりばり安心してください! 決して変なマネはしませんゆえ!」


 私の気持ちが暴走しない限りは!

 気をつけよう。

 少しでも行動を誤ったら、悠莉くんの手元にある防犯ベルがまた鳴りかねない。


「ち、違うのよ悠莉くん。ほんとうに今日はただ、お話がしたかったの」


 もちろん告白がメインだけど。

 でもそれ以上に……


「それに、あのときのお礼も言いたかったし」


「あのとき?」


「うん。去年、私を痴漢から助けてくれたでしょ? ……その防犯ベルで」


 そう。

 悠莉くんが持っている防犯ベルはある意味、私にとって思い出の品なのだ。


「悠莉くんがいつもそれを持ち歩いているおかげで、私、助かったんだよ?」



 ◇◆◇



 そもそものきっかけは、親友の相談だった。

 中学から大の仲良しである彼女の名は、鹿島(かしま)よつ葉ちゃん。

 部活帰りの電車で頻繁に痴漢をされると、彼女は瞳にいっぱい涙を溜めながら、私に打ち明けてきた。



 よつ葉ちゃんは、いわゆる清楚系女子の体現とも言える美少女だ。

 大人しく、明るい笑顔がよく映え、守ってあげたくなるような儚さと愛らしさを秘めた、『かわいい』の塊のような娘さんだ。

 それでいて、低身長でありながらワガママに発育したスタイルの持ち主だと言うのだから、いろいろ反則である。

 まさに男の理想を詰め込んだ存在。

 同時にそれは、世の悪しき痴漢どもの恰好の的になりやすいことを意味していた。


 やはり男はケダモノだ。と私は怒りに燃えた。

 よくも私の親友に辱めを!


 もし私が男だったら迷いなく嫁にしたいと思うほど、よつ葉ちゃんは天使のような娘さんなのだ。

 そんな彼女を傷つけるなんて!


『任せて、よつ葉ちゃん! 私がそのクソ野郎の玉キ〇ぶっ潰してやるから!』


『そ、そこまで怖いことしなくていいよぉ亜衣ちゃ~ん』


 よつ葉ちゃんも私と同じように男性に対して苦手意識がある。

 もっとも“嫌悪感”をいだく私と違い、よつ葉ちゃんがいだいているのは完全に“恐怖心”だった。

 だから痴漢の被害に遭っても、怖さのあまり悲鳴も出せず、耐えることしかできない。

 もちろん、いつまでもそんな恥辱を我慢できるほど、彼女も強かではない。


 一度は鉄道痴漢被害相談に話を持ちかけようとしたそうだが、恥ずかしさが勝り結局できなかったという。

 結果、男にも負けないパワーを持つ大親友の私に助けを求めてきたのだ。




 かくして、私はよつ葉ちゃんと一緒に部活帰りの電車に乗り込んだ。

 帰宅ラッシュの車内は想像以上に窮屈だったので、徒歩通学の私は大いに驚いた。

 よくこんな通学に耐えられるなと、よつ葉ちゃん感心していたときだ。

 いきなり電車が急停車し、よろめいた私は、よつ葉ちゃんから離れてしまった。

 いけない、と思いつつもギュウギュウ詰めになった車内で元の位置に戻るのは困難だった。


 そのときだ。

 どう考えても、親切心で受け止めたとは言えない男の手に抱き留められたのは。

 首筋に当たる生暖かい吐息。

 カラダを舐め回すような手つき。

 間違いなく、件の痴漢だった。

 あろうことか、よつ葉ちゃんではなく、私がターゲットにされてしまったのだ。


 後は、前述で語ったとおりだ。

 私は恐怖のあまり声を出せなかった。

 あれほど息巻いていたくせに、情けない。

 不意打ちのように密着されたせいなのか。いつものようにパワーが出せなかった。


 ――よつ葉ちゃん!


 助けを呼ぶ声さえも掠れてしまった。

 よつ葉ちゃんは突然いなくなった私を探すようにオロオロとしていた。

 不幸なことに、ちょうど彼女の視界に映らない位置に私はいたのだ。


 ――誰か……。


 腕っ節の強い勝気の少女の姿はすでにいない。

 そこにいるのは、痴漢に怯える、ただの女子校生だった。


 ――イヤ……イヤッ! 誰か、助けて!


 ワキワキと蠢く痴漢の手が、ブレザーを押し上げる乳房や、スカートの中に向かおうとした、そのときだった。



 ビィビィビィビィ! と、車内の沈黙を打ち破る炸裂音が鳴り渡った。

 誰もが音の発生源に注目した。

 もちろん私も。

 条件反射のように手を止めた痴漢すらも。



 運命の瞬間があるとしたら、間違いなくそのときがそうだった。



『痴漢です。誰か、手を貸してください』



 クラスでも目立つ存在、瀬賀悠莉くん。

 小学生にしか見えない同級生の男の子が、防犯ベルを鳴らしながら、周りにそう呼び掛けていた。


 買い物帰りだったのか、ラフな私服姿でいる彼は、本気で小学生にしか見えなかった。

 そして、彼はその特徴をうまく使った。


『痴漢だ! 悪い奴だ! 女の子を襲う最低な奴だ! 大人のみなさん! 手を貸してください! 悪い奴を捕まえて!』


 教室にいるときよりも、彼は甲高い声でそう言った。

 まるで正義心を剥き出しにした無垢な子どものように、ギャアギャアと喚きたてる。

 決して学園では見せない姿だった。


 実際、彼は子どものフリをしていたのだ。


 普通に助けを呼び掛けても、協力的になってくれる人間はそういない。

 面倒だとか、関わりたくないとか、他の誰かがやってくれるだろうと、他力本願になるのがほとんどだ。

 けれど、無垢な子どもが勇気を出して助けを募っていたらどうだろうか?


 よほどひねくれた人間でない限り、大人である自分たちがしっかりしないでどうするのかと、そう思うはずだ。


 実際、小さな子の勇気ある掛け声に、善意を刺激された大人たちが瞬く間に動き出した。


『おい、痴漢だってよ。どいつだ?』


『そこにいる奴だな! おいお前! 降りろ!』


『坊や。よく教えてくれたね。あとは大人に任せなさい』


 悠莉くんの巧妙な呼びかけのおかげで、痴漢はあっという間に取り押さえられ、停車と同時に警察に連行された。


『君、大丈夫かい?』


『あ、はい……』


『亜衣ちゃん! ごめんね! 私のせいで!』


『よつ葉ちゃん、気にしないで。大丈夫だったから』


 私を心配して駆けつけてくれた警察の人や、涙目のよつ葉ちゃんに声をかけられ、返事はしていたけれど。

 でも正直、心ここにあらずだった。

 ずっと、悠莉くんを目で追っていた。



 功労者の悠莉くんは何人かの大人たちに褒められ、頭を撫でられたりしていた。

 悠莉くんは最後まで、見た目相応の子どもを演じきっていた。


 私の記憶が正しければ、悠莉くんは子ども扱いされることを極端に嫌う。

 入学当初は良識のない生徒たちに身長をネタによくからかわれ、底冷えするような睨みを利かせていたはずだ。


 自分の体型にコンプレックスをいだいているのは明らかだった。

 なのに悠莉くんは、子どものフリをした。

 人助けをするために、自分の体型を武器にした。


 それがどれだけ恥ずかしく、勇気がいることなのか。私にはよくわかる。


 だって私自身、自分の見た目がコンプレックスだから。


 本当はよつ葉ちゃんみたいに、小柄で愛らしい見た目に育ちたかった。

 長身でモデルのように綺麗だと言われる私の肉体。

 でも、男にはいやらしい目で見られるし、一部の女性には嫉妬される。

 いいことなんて、何一つない。

 今回のように痴漢のターゲットにされたわけだし。

 しかも、せっかく鍛えた身体能力も怖さのあまり発揮できないという始末だ。


 まったく持ち味を活かせていない。

 情けない。

 ほんとうに情けない。


 立派なのは見た目だけで、中身は小さな子どもみたいに臆病な自分が、ほんとうにイヤになる。






 だからこそ憧れたんだ。

 コンプレックスをかなぐり捨てでも、人助けを優先する。

 そんな悠莉くんに。


 そんな悠莉くんだから。




「あなたに、恋をしました」




 あの日を境に芽生え、いまなお成長を続ける、この気持ち。


 それをようやく、私は憧れの人に伝えた。


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