①
大きな私と、小っちゃな彼。
同い年なのに、そんな正反対な特徴を持つ二人の男女。
これは、そんな私と彼が紡ぐ、防犯ベルの音色から始まる、恋の物語……
に! なるはずなのに! このまま警察に捕まっちゃったらバッドエンド直行じゃない!
「おまわりさーん! 長身で巨乳のJKが美少年のショタを襲おうとしてますよー! ぶっちゃけショタがクッソ羨ましいけど善良な一般市民として通報します! リア充爆発しろ!」
おのれ! 日陰者の偽善などで私の恋路を邪魔されてなるものか!
「悠莉くん! 私と一緒に来て! どこか二人っきりになれる場所に!」
「などと供述しており……」
「違うから! 危ない意味で言ってるんじゃないから! ああもう! なんでこうなっちゃうのよ!」
埒が明かないので、小柄な悠莉くんをヒョイとかかえて全力疾走。
わあ!
私の腕にスッポリおさまっちゃう悠莉くん、ホントにちっちゃい! かわいい!
そして女子の私よりも軽い! 羨ましい!
私の行動で周囲が余計に騒ぎだすが、知ったこっちゃない。
こちとら、一生に一度かもしれない恋が懸かってるんだから!
「強制連行か。あなた、言い逃れはできないよ」
腕の中で悠莉くんがボソリとそう言う。
告白する前に好感度ダダ下がり&人生詰みかけている気がするけど……気にしない!
恋する乙女は強いんだもん!
こっから挽回して振り向かせればいいだけだ!
いざ! 愛の逃避行へ!
……その前に悠莉くん。
そろそろ防犯ブザー止めてえええ!
◇◆◇
初恋相手と一緒の逃避行。
終着点はとりあえず、人気のない公園で落ち着くこととなった。
「ハァハァ……」
誤解しないでもらいたいが、興奮して息が荒いわけじゃない。
久々に全力疾走し、体力がごっそりと削られたのだ。
やはり日頃から運動しないとダメだなと痛感させられる。
明日は絶対に筋肉痛になるに違いない。
とはいえ、即刻あの場から去らなければ、危うく「小学生の男の子を襲おうとしたJK」として前科持ちになるかもしれなかったのだ。
そりゃ必死にもなる。
生徒手帳を見せれば私たちが同級生だと証明できただろうけど、肝心な相手が防犯ベルを鳴らして非協力的なのだから仕方がない。
強引ではあるけど、静かに話せる場所まで連行し、事情を説明したのがさっきまでのこと。
私の必死の説得を聞いても、不審げな顔を浮かべていた悠莉くんだったが。
『違うもん! 襲おうとしたんじゃないもん! ただお話したかっただけだもん! でも緊張しちゃって上手く話せかったんだもん! なによ悠莉くんの意地悪~! びやああああああああっ!』
と私が子どもみたいに号泣しだすと、さすがに同情してくれたのか、一応話は聞いてくれる気になってくれた。
「あ~疲れた……」
これでなんとか、ひと息吐ける。
公園のベンチに体重を預けてグデーっと脱力する。
……告白する前に、なぜ私はこんなにも消耗しているのだろう。
思い描いていたプランとはまったく異なるこの現状。
おかしいなぁ。
もっとこう、少女漫画とか映画みたいにピュアでロマンス溢れる告白シーンになる予定だったのに。
なぜ思い人に不審者扱いされてんだ私は……。
理想と現実のギャップ差に落ち込んでいる私に、スッとベットボトルのスポーツドリンクが差し出される。
「はい。勝手に選んじゃったけど、これでよかった?」
「う、うん。ありがとう」
自販機でジュースを買ってきてくれた悠莉くんに、お礼を言って受け取る。
「あ、お金……」
「いいよ、これぐらい。早とちりで防犯ベル鳴らしっちゃったお詫び」
そんな。
不本意とはいえ、悠莉くんを警戒させちゃったのは私なのに。
その上、勝手にここまで連れてきちゃって……。
なのに、彼は私のこと気遣ってくれている。
やっぱり、悠莉くんは優しいなぁ。
こんな状況でも、ちゃんと私の話に耳を傾けてくれたし。
「隣、いい?」
「う、うん! もちろん!」
自分の分の飲み物を両手に持って、悠莉くんが私の隣に座る。
憧れの人が隣に!
ドキドキしちゃう。
「えっと、高峰さんだよね? 一年のとき、同じクラスだった」
「う、うん。そう! 高峰亜衣です!」
嬉しい。
覚えててくれたんだ。
せっかく同じクラスだったのに、結局声をかけられず仕舞いだったから、印象に残っていないと思っていたのに。
も、もしかして、悠莉くんも私を意識していたとか?
そんな甘い期待が生まれる。
「やたらと男子を背負い投げする女子がいたから、よく印象に残ってるよ」
そういう印象の残り方はイヤだったなぁ!
だってだって!
馴れ馴れしくボディタッチしてこようとするチャラ男たちが気持ち悪かったんだもん!
ちゃんとそういう正当な理由があるけれども。
悠莉くんの中で私がただの暴力女として定着していないか、心配である。
「で、僕に話があるってことらしいけど」
「あ、うん。そうなの」
ようやく本題に入れる。
だけど……
「ちょ、ちょっとだけ待ってくれる? こ、心の準備するから!」
「ん」
私のお願いを聞いて、悠莉くんはそのまま沈黙を決め込んでくれた。
これが普通の男子だったら「早く言えよ」って急かすところだろう。
でも悠莉くんはそうしない。
相手が落ち着いて話せるまで、いくらでも時間を割こうとしてくれている。
悠莉くんは、そういう人だ。
だから、好き。
なのに私ときたら、ここにきて、まだ緊張してる。
せっかく悠莉くんが話を切り出すのを待ってくれているのに。
バクバクと高鳴る胸に手を当てつつ、チラッと悠莉くんを見つめる。
悠莉くん、やっぱりちっこいなぁ。
男の子にとっては褒め言葉じゃないかもしれないけれど。
なんというか――とっても、かわいい。
ベンチの上にちょこんと座っている悠莉くんは、確かに小学生に見間違えられてもおかしくないほどの小柄な体型だ。
校章がついたブレザーの制服を着ているけど、やはり高校生には見えない。
エスカレータ式の私立小学校に通う、いいとこの坊ちゃんという印象のほうが強い。
初等部に紛れ込んでも、恐らく違和感なく溶け込めることだろう。
そんな見た目をしているものだから、入学当初の彼は、やはり学内で注目を浴びていた。
私も最初こそ、飛び級してきた天才少年かと思ったものだ。
けれど悠莉くんが目立つのは、体型だけでなく、その容姿も関係しているに違いない。
端的にいって、悠莉くんは美少年だ。
色素の薄い髪はまるで麦畑のように明るく、思わず手を伸ばして撫でたくなるほどフワフワと柔らかそうだった。
肌も女の子が嫉妬してしまうぐらいに真っ白で、ニキビどころか沁みひとつもない。
そして何より、透き通るように綺麗な瞳は、一度目におさめた瞬間、逸らせなくなってしまう。
眠たげに下がっている瞼は、ぐうぜん眼窩に埋まってしまった宝石を守っているかのようだ。
華美な服を着せて、西洋人形を扱うお店の棚に飾ったら、きっと誰もが一度は目に留めるだろう。
口にはしないけれど、私は人より整った顔立ちをしている自信があった。
でも悠莉くんと比べたら、私も“普通の人”でしかないんだな、と思わせられる。
悠莉くんにはそんな、どこか神秘的な魅力がある。
寡黙でミステリアスな雰囲気がより拍車をかけているのかもしれない。
悠莉くんには同級生とは思えない大人びた落ち着きがある。
その肉体年齢に反して、精神年齢はとても高いのだ。
そこがまた、悠莉くんの魅力だと思う。
だけど……
「コクコク……熱っ」
隣でホットココアをチビチビ飲んでる悠莉くん超かわいい~♪
まだアツアツなのか、小さな舌をベエって出しながら涙目になってるのが超かわいい♪
あ~ん、態度は大人びてるけど、舌はやっぱりお子ちゃまなのね~♪
んもう、思いきり抱きしめたいよ~♪
幸せだなぁ。
好きな人のやることなら些細なことでも輝いて見えちゃう。
もっともっと、見てたい。
もっともっと、いろんな一面が知りたい。
……と思ってるのに。
「あ、あれれ~? 悠莉くん、なんか距離が遠くない?」
なんでちょっとずつ私から離れていくのかなぁ?
私の問いを聞いて、悠莉くんはジト目を向けながら口を開く。
「また身の危険を感じた」
「な、なにもしないってば! ちょっと抱きしめたいなとは思ったけど……ああっ! 待って! 防犯ベルに手をかけないで!」
またもや私の“純粋な愛”が悠莉くんを警戒させてしまっている!
違うのに~。
ちょっと悠莉くんに対する愛が早まってるだけなのに~。
「ほんとうに僕とお話したいだけなんだよね? 信用していいんだよね?」
「ももも、もちろんっす! お喋りして、少しでもお近づきになって、仲良くなりたいと思っているだけだから!」
そして程よくいい雰囲気になったところで本来の目的を。
全力の告白をするんだ!
さすれば、ほら。
そこにはきっと悠莉くんとの甘々なイチャイチャライフが……。
想像しただけでも素敵な光景である。
「あわよくばそのまま深い関係になってグフフフ……ああっ違うの! いまのはちょっと本音がダダ漏れに……いやいや! やめてください! 通報は勘弁して!」
同級生の男の子に告白をする。
別におかしいことじゃないのに、何だかそれが世間的に後ろめたいことのように思えてきた。
私、本当に告白できるのかな?