プロローグ
処女作です。よろしくお願いします。
ずっと男が嫌いだった。
そんな私、高峰亜衣が、まさか同級生の男の子に恋をするだなんて。
自分自身びっくりだった。
けど、好きになってしまったものはしょうがない。
高校生になって、ようやく芽生えた初めての感情。
錯覚とか思い込みとかじゃない。
この気持ち、まちがいなく恋だ。
「よしっ」
放課後の帰り道。
両拳をグッと握って、気合いを入れる。
恋心を自覚してから早数か月。
いままでは遠目で彼を見つめるだけで、思いを伝える勇気を出せずにいた。
でも、それも今日で終わりだ。
季節は春。
二年生に進級した私は、臆病な自分とオサラバすることにした。
桜舞う帰り道。
告白するには、打ってつけのシチュエーション。
まるで恋する乙女を鼓舞するように舞う花びらが、私に力をくれる。
今日こそ……今日こそは告白するんだ!
決意を秘めて、物陰からチラリと前方を見据える。
目の先には、私の思い人が歩いている。
その後ろ姿を見ているだけで、私の胸はドクンと鼓動を打つ。
口から零れる吐息が熱くなる。
頭の中が彼でいっぱいになって、他のことが考えられなくなる。
ああ、やっぱり素敵。
見つめれば見つめるほど、好きという感情が怒涛のように湧き出てくる。
改めて、この気持ちは本物なのだと実感する。
心が。カラダが。全細胞が、求めている。
あの人の――瀬賀悠莉くんの恋人になりたいと。
最初はちょっと気になる程度だった。
彼はもともと学園でも目立つ存在だったけど、頻繁に目で追うようになったのは、とある一件から。
電車で痴漢されかけていた私を、彼が助けてくれたのだ。
自慢するわけじゃないが、私は同年代の女の子と比べて発育が良い。
背はその辺の男子と肩を並べられるくらいに高く、肉もつくべきところが肉づき、引っ込むべきところが引っ込んでいる。
よく女子たちから羨ましいと言われ、バレー部やバスケ部に勧誘されることもしょっちゅうだった。
けど私にとっては、この体型はずっと悩みのタネだった。
だって外を歩くと必ずと言っていいほど、男たちのいやらしい視線が胸やお尻とか太ももに向けられるし。
明らかに怪しげな企業にスカウトされるし。
カラダ目当ての強引な告白も一度や二度じゃない。
散々だ。
美人に生んでくれた両親には感謝しているけど。
でも正直、男関連で苦労した経験のほうが多い。
だから、いずれは痴漢されるかもしれないと、覚悟はしていた。
そして、いざそうなったら、全力で女の敵をこらしめてやるつもりだった。
護身術を身に着けている私は、腕っ節には自信がある。
よく告白を断られて逆上した男子が襲いかかって来たときも、難なく投げ飛ばせるほどには強い。
だから痴漢されかけたその日も、鍛え抜かれた技をふるおうとした。
でも、カラダが動かなかった。
怖かった。
見ず知らずの男に密着されるのは、想像以上に怖かった。
気色悪いはずなのに、イヤなはずなのに、声が出せなかった。
出てくるのは涙だけ。
そして、その涙は痴漢をより喜ばせる材料でしかなかった。
――いやだ。誰か、助けて!
悲痛な叫びも出せずに、痴漢の手が、触れてはならない場所に触れようとした。
そのときだった。
「痴漢です。誰か、手を貸してください」
嫌悪の対象でしかなかった男性に、一人だけ、例外が生まれた瞬間だった。
助けた本人からすれば、当たり前のことをしただけだったのかもしれない。
けれど、私にとって、あのときの彼はヒーローそのものだった。
最初に芽生えたのは、純粋な感謝の気持ち。
それが、どんどんドキドキへと変わっていった。
彼と、お話してみたい。
彼のことが、もっと知りたい。
そして、私のことを知ってほしい。
一方的に恋い慕うだけでは、もう我慢できないほどに、私は彼に夢中になってしまっていた。
だから伝えるんだ。
この気持ちを。
「すー、はー」
深呼吸して心を落ち着かせる。
いくのよ亜衣。
いまこそ女を見せるときよ!
「あ、あの……待って! ゆ……瀬賀くん!」
声をかけちゃった!
もう後には引けない。
つい苗字で呼んでしまったけど、私の中ではすでに下の名前で定着している“悠莉”くんが、私の声で振り返る。
中性的な顔立ち。
無愛想な表情。
こちらの心を見透かすようなジト目。
人を寄せ付けないオーラを纏った、クールな印象が強い少年。
それが悠莉くん。
学園の女子たちは彼のことを「せっかくかわいい顔をしているのに、なんか話しかけづらい」と、よく言っている。
確かに、悠莉くんはあまり集団と群れるタイプじゃない。
孤高の存在というやつだ。
でも、私は知っている。
一見、他人には無関心そうだけど、私を痴漢から助けてくれたように、その仏頂面の裏には勇気と優しさがある。
そんな悠莉くんと、目が合う。
それだけで心臓が喉から出そうになる。
でも喉から出すべきなのは、告白の言葉だ。
ここからが正念場だ。
「え、えぇと。その、ね?」
でも、うまく言葉が出ない。
どうしよう。
顔がどんどん熱くなっちゃう。
「僕に、何か用?」
悠莉くんが喋った!
私に声かけてくれた!
たったこれだけのことで、舞い上がるように嬉しくなってしまう。
夢にまで見た瞬間。
私はいま、悠莉くんと面と面で向き合っているんだ。
ああっ悠莉くん。
好き。
好き好き好き。
どうしようもないくらい好き。
いますぐ、この思いを伝えたい。
でも口が動かない。
どうして、こう肝心なところで臆病になるんだろ。
「あの、その、私……すぅ、はぁ」
もう一度深呼吸をしつつ、何とか言葉を繋げようとする。
逃げちゃダメよ亜衣。
ここまで来たら言うのよ。
「ハァ、ハァ……悠莉、きゅん。わ、わちゃしぃ……」
噛み噛みだ。
恥ずかしい。
しかも、つい「悠莉くん」って名前で呼んじゃってるし。
ええい! でもここまで来たら勢いだ!
ゆっくりと歩み、悠莉くんとの距離を縮めていく。
「ハァ、ハァ……悠莉くん。私ね、ハァ、ハァ……ずっと、あなたのこと見てたの」
ひと言を紡ぎ出すだけでも必死で、呼吸が荒くなる。
それでも、彼に向かって進む足だけは止まることはなかった。
「フゥ、フゥ……私、もう、この気持ちを、フゥ、フゥ、抑えられないの」
知ってほしい。
私がどれだけ、あなたを思っているのかを。
男嫌いだった私を、どれほど変えてしまったのかを。
母はよく言っていた。
恋をしてみなさいと。
そうすれば人生が変わるからと。
いい歳してお父さんのことを未だに恋する乙女のように愛している母の言うことなんて、ただの惚気話としか思ってこなかった。
でも真実だった。
恋って、本当に素敵。
実際、私の世界は180度変わってしまった。
こんなにも、人のことを好きになるなんて。
その人のことを思えば思うほど、幸せな感情が溢れてくる。
これで、もし彼と付き合えたら、いったいどれほどの幸せを感じられるんだろう。
それこそ、結婚とか、したら。
頭の中で、有名な行進曲が鳴りだす。
気が早いにも程がある。
まだ告白すらしていないのに。
でも、私の心はそんな未来を夢見ている。
彼となら、そこまで進みたいと思っている。
それぐらい、私の思いは本気だ。
「悠莉くん。どうか、私と……」
この告白が、そんな未来への第一歩になる。
そう信じて、口を開こうとした。そのときだった……
頭の中の行進曲はかき消すほどの炸裂音が、周囲に鳴り渡った。
「え? え?」
耳をつんざくような音。
記憶が正しければ、これは確かそう。
防犯ブザーである。
主に小学生が周りに危険を知らせるために持つ防犯道具。
同時に不審者を動揺させるための装置。
それを鳴らしているのは、他ならない。
悠莉くんであった。
……いやいや! なにしてるの悠莉くん!?
なんでこの場面で防犯ブザーを!?
焦燥感を煽る音によって、たちまち周囲の人たちが反応を示しだす。
「おいおい何の騒ぎだ?」
「あの男の子が防犯ブザーを鳴らしてるわ。もしかして、誘拐!?」
「大変だ! JKがハァハァと息荒くしながら、男の子目掛けてにじり寄っているぞ!」
「どう見ても事案です!」
「美人なのになんて残念なJKなんだ!」
うおおおおい!
なに勝手なこと言ってくれてんのよ!
どう見ても一途で初心なJKが初恋相手に告白しようとしている微笑ましい場面でしょうが!
「身の危険を感じています。助けてください」
悠莉くんまでなに言ってるの!?
「やはり小学生の男の子がJKに襲われかけているのか! おまわりさーん!」
「違いますから! 彼こんな見た目ですけど高校生ですから! 私たち同級生ですから!」
そう。
私の初恋相手は、私の身長よりもずぅっと、小っちゃい。
どう見ても小学生にしか見えない、ショタっ子だった。