第八十九話 幻に打ち勝つために
獅子の姿をした妖は、唸り声を上げて威嚇する。
殺気を感じた九十九と千里は、警戒し、構えた。
「幻ってのは、こいつの事か?」
「らしいな。強力な妖気を感じる」
千里曰く、幻を発動していたのは、この妖のようだ。
強力な妖気が何よりの証拠だという。
幻を人を騙す術。
ゆえに、微弱な力では、幻を発動できても、見抜かれてしまう。
かつて、四天王であった緋零もそうだ。
幼い姿をしていながら、四天王と言う地位までに上り詰められたのは、単に、うまく、九十九達を利用したからではなく、それなりの実力があったからであった。
幻の術は彼にとって切り札とも言えたのであろう。
「柚月達をあの場においてきて正解だったな」
「だよな」
九十九と千里は、後ろで眠っている柚月と朧の身を案じる。
九十九達と彼らの距離は、遠くはないが近くもない。
ゆえに、自分達がいれば、妖が、柚月達の元へ近づくことは、容易ではないなだろう。
そう思うと、あの場所で眠らせておいて良かったと九十九と千里は、改めて、感じていた。
だが、妖は、雄たけびを上げ始める。
向こうは、九十九と千里を殺すつもりのようだ。
「気をつけろ。九十九」
「わかってるっての!」
九十九と千里は、警戒心を高め、妖が、勢いよく地面を蹴る。
九十九と千里も、妖の行動に反応し、地面を蹴り、妖に向かっていった。
妖は、爪を振り下ろすが、九十九と千里は、回避する。
それほど、速いというわけではなさそうだ。
だが、威力は、予想以上と言ったところであろう。
妖は、地面をたたきつけるが、地面がめり込んだのだ。
もし、同じようにたたきつけられたとしたら、ひとたまりもないだろう。
威力は劣るかもしれないが、速度はこちらの方が上回っている。
妖が、攻撃を終えた時点で、九十九は、跳躍し、構えていた。
「ふざけたことしやがって、焼き尽くしてやる!」
九十九は、九尾の炎を発動する。
このまま、一瞬で焼き尽くし、灰にするつもりだ。
おそらく、九十九は、怒りを露わにしているのだろう。
自分達は、この妖によって、幻にとらわれてしまいそうになったからだ。
続けて、千里が跳躍し、構えた。
「覚悟しろ」
千里は、闇隠しを発動する。
闇に覆われた妖は、そのまま、刃を受け、切り刻まれているだろう。
そう確信し、千里は、地面に着地し、次なる攻撃に備える。
もちろん、万が一の為だ。
だが、闇は強引に打ち砕かれ、妖が現れた。
それも、無傷のままで。
「ちっ。無傷かよ」
「幻の類かもしれないな」
「じゃあ、こいつは、幻かもしれないってことか?」
「いや、それ以上に厄介かもしれない」
「はぁ?なんだ、それ」
予想は、していたものの、無傷だとは思いもよらなかったであろう。
手ごたえはあったのだ。
だが、確実に仕留められるとは思っていない。
傷一つ付けられれば、十分であった。
そのはずなのだが、妖は、傷一つついていない。
九十九は、舌打ちをするが、千里が、冷静に判断する。
今目の前にいる妖は、幻以上に厄介であると。
だが、九十九は、理解ができず、首を傾げ、千里に問いかけた。
「あいつは、幻ではない。正真正銘の妖だ。だが、幻を発動できるという事は、一瞬のうちに、幻を作り、攻撃を回避している可能性がある」
「ふーん、まぁ、よくわかんねぇけど。俺らの攻撃が通用しねぇのは、その幻のせいってことだろ?」
「……そういうことになるな」
千里は、説明する。
一応、九十九にわかりやすく。
つまりは、妖は、九十九達が、攻撃を仕掛けた時、幻を生み出し、身代わりを九十九達に見せ、自分は、幻によって雲隠れし、九十九達に、身代わりを討伐させたという事だ。
と言っても、九十九は、あまり、理解していない。
幻により、攻撃が通用しなかったという事だけは、理解で来たようだが。
千里は、なんとなく、九十九が、理解しないだろうと予想していたようで、あきれることなく、静かにうなずいた。
「確かに、厄介だな」
「来るぞ、気をつけろ!」
「おう!」
幻と言うのは、本当に厄介なものだ。
かつて、九十九も、緋零の幻にほんろうされたことがある。
思いだすだけで腹立たしくなるほどだ。
妖は、雄たけびを上げながら、突進し始める。
九十九と千里は、警戒し、構える。
しかし、妖は、一瞬にして消えてしまった。
「っ!」
九十九と千里は、驚愕し、反応が遅れてしまう。
妖が幻を発動し、姿を消したことは、わかった。
だが、姿を見えなければ、反応する事は、困難を極めるであろう。
今は、気配を探るしかない。
九十九と千里は、集中し始めるが、妖は、九十九の後ろに回り込み、九十九に向かって突進した。
「ぐっ!」
「九十九!」
九十九は、吹き飛ばされ、樹に激突する。
体がきしみ、背中に強い衝撃が走り、九十九は、顔をゆがめた。
千里は、九十九の元へ向かおうとするが、妖が、千里の前に立ちはだかる。
妖は、前足を振り上げ、すぐさま、千里をたたきつけた。
「うっ!」
千里は、とっさに、刀を自分の頭よりも、上にあげ、防ごうとするが、防ぎきれず、たたきつけられてしまう。
地面は、めり込み、千里は、あざだらけになってしまった。
妖は、九十九や千里を殺そうとせず、突如、走りだす。
目的は、彼らだけではなかった。
「待て!そっちには、行くな!」
千里は、手を伸ばすが、妖は、遠のいていく。
妖が走りだした理由は、柚月と朧を目にしたからだ。
妖は、彼らを殺そうとしていた。
「柚月!朧!」
九十九も、妖の目的に気付き、妖を追いかける。
だが、妖に追いつくことができず、妖は、口を開け、柚月と朧を飲みこもうとしていた。
だが、その時だ。
二人の前に結界が張られたのは。
妖は、何度も、突進するが、その結界を看破できそうにないようだ。
九十九も、千里も、驚き、動揺した。
「水札?てことは……」
九十九は、目を凝らし、良く見ると。
その結界は、水札が使われている。
水札を使用するのは、一人しかいない。
と言う事は、九十九と千里は、綾姫が、ここへ駆け付けに来てくれたのだと、悟った。
「まったく、勝手な行動されると困るのよね」
「本当、迷惑」
九十九と千里の予想通り、綾姫と瑠璃が、柚月と朧の前に立つ。
それも、怒っているようだ。
九十九と千里が、勝手な行動をしたことを怒っているのだろう。
そして、柘榴達が次々と現れ、柚月達の前に立つ。
柚月と朧を守るために。
「お前ら、来てくれたのか」
「もちろん。当たり前でしょ?」
「仲間だから。でも、後でお仕置きする」
「ええ、そうね」
九十九は、綾姫達が来てくれたことを素直に喜ぶ。
綾姫達は、彼らの身を案じていたのだ。
それゆえに、勝手な行動を許そうとは思っておらず、瑠璃が、無表情でお仕置きすると宣言する。
綾姫も、楽しそうに、微笑んで、うなずいていた。
「もっと、やばそうだな」
「ああ」
覚悟はしていたが、相当怒っているようだ。
恐れおののく九十九と千里。
妖よりも、恐ろしいと感じながら。
「ほら、ぼーっとしてないで、手伝えよ!」
「こっちは、大変ですのよ!」
「わかってるって!」
柘榴達は、すでに戦闘態勢に入っている。
幻を駆使して戦う妖に多少ながらほんろうされているようだ。
透馬も初瀬姫も、九十九と千里に助けを求めている。
今は、猫の手も借りたいほどなのだ。
九十九と千里は、妖の元へと駆けていく。
自分を受け入れてくれてるのは、柚月と朧だけじゃないと感じながら。
全員で、かかっても、妖に傷一つ付けることができない。
それほど、幻と言うものは、厄介なのだ。
苦戦し、劣勢を強いられる九十九達。
だが、その時だ。
妖が、術を発動する直前、光焔が光を放ち、妖の目をくらませたのは。
妖は、暴れ始めるが、綾姫と初瀬姫が、結界を張る。
だが、妖は、その結界に向かって突進し始め、危機を感じた高清、春日、要が、妖を食い止めた。
続けて夏乃が、時限・時留めを発動し、妖の時を止める。
その隙に、景時、瑠璃、美鬼が、技を発動し、妖に攻撃を仕掛けた。
幻を発動する事すら、できなくなった妖は、技を受ける。
妖は、にらみ、唸り声を上げるが、まだ気付いていない。
柘榴と真登が、背後に回り込んでいた事に。
「残念、俺は、こっちだよ」
柘榴と真登が姿を現す。
柘榴が霧脈を発動をしていたのだ。
妖に気付かれないように。
「真登!」
「了解っす!」
真登が、牙天破を発動し、妖をひるませる。
ここで、和泉が麗線を、時雨が葉碌を駆使して、妖を捕らえ、透馬が聖生・岩玄雨を、和巳が聖生・色彩器を、発動し、妖の周りを宝器が取り囲む。
これで、妖は、逃げることすら不可能となった。
「今だよ!このまま、やっちまいな!」
「行くぜ、千里!」
「ああ!」
九十九と千里が、跳躍し構える。
そして、九十九が九尾の炎、千里が闇隠しを発動し、妖は、炎に焼かれ、闇に覆われて消滅した。
ようやく、九十九達は、妖に打ち勝つことができたのだ。
だが、本当に、苦労した。
今にして思えば、妖なのかも、疑わしいほどだ。
まるで、番人のようにも思えた。
それでも、幻に打ち勝つことができた。
これも、柚月と朧が、励まし、綾姫達が駆け付けてくれたおかげだ。
九十九と千里は、柚月と朧を背に抱えて、歩き始める。
樹海の乙女達に会うために。
その時であった。
「見事ね。さすがだわ」
「え?」
またもや、懐かしい声が聞こえる。
聞こえたのは、九十九だけではない。
綾姫達も聞こえたのだ。
憧れだったあの人の声が。
「やっぱり、すごいね!千里は」
「ええ、頼もしいわ」
活発な少女の声とおしとやかな少女の声が聞こえる。
もちろん、聞こえたのは、千里だけではない。
九十九達は、立ち止まってしまう。
彼らの前に、突如、三人の女性が、現れたからだ。
「うそ……だろ?」
「なんで……」
九十九と千里は、戸惑いを隠せない。
それは、綾姫達も同様だ。
彼らの前に立っていたのは、なんと、椿、茜と藍であった。
幻は打ち消したはず。
そのはずなのに、彼女達は姿を現したのであった。




