第七十四話 将軍達の裏切り
獣じみた男は、雄たけびを上げ続ける。
まるで、力を放出しているようだ。
このまま、暴れまわろうとしているだろう。
それほど、獣じみた男は、戦いに身を投じる事を待ちわびていたかのようだ。
空巴達は、獣じみた男を警戒する。
彼が、人間だとは、とても思えない。
だが、妖とも思えなかった。
「ほらほら、興奮しないの!」
少年が、怖気づくことなく、かかとで、獣じみた男をつつく。
その一つの行動だけで、獣じみた男は、見る見るうちにおとなしくなったのだ。
あっけにとられる神々達。
少年は、明らかに鬼の妖だが、獣じみた男を制御できるとは思いもよらなかったのだろう。
「ごめんね。神様」
少年は、空巴達に謝罪する。
だが、無邪気に笑みを浮かべたままだ。
神々を恐れている様子はなかった。
まるで、自分が神と対等であると思っているかのように。
『お、お前は、何者だ?』
「さあ、誰でしょう?」
空巴が、少年に問いただすが、少年は、問い返す。
答えるつもりはないようだ。
少年は、勢いよく、獣じみた男から飛び降り、宙に浮き始める。
空を飛ぶ鬼など、聞いたことがない。
いや、彼は、本当に鬼なのだろうか。
それすらも、疑わしく感じた空巴達であった。
「コロス……ゼンイン!」
獣じみた男が、空巴達に襲い掛かる。
だが、空巴が、泉那と李桜の前に出て、獣じみた男を手をつかみ、強引に、押し返そうとするが、獣じみた男は、引き下がろうとしない。
空巴は、天空海闊を発動し、獣じみた男の皮膚を切り裂く。
獣じみた男は、すぐさま、後退するが、ただ、唸り声を上げている。
体中を切り刻まれても、平然としていられるようであった。
空巴は、少年の様子をうかがう。
少年は、ただ、笑みを浮かべるばかりだ。
参戦するつもりはないようだ。
ただ、傍観者として、獣じみた男の様子をうかがっていた。
だが、こちらとしては、好都合だ。
彼の戦力は未知数。
ここで、少年が、戦いに参加すれば、こちらが、圧倒的に不利な状況となってしまうだろう。
空巴は、今は、獣じみた男の戦いに集中するしかなかった。
『ここは、私が、やる!泉那と李桜は、夜深を頼む!』
『わかったわ!』
夜深の事を泉那と李桜に任せ、泉那達は、夜深と再び対峙する。
泉那は、明鏡止水、李桜は、百花繚乱を発動するが、夜深は、それをいとも簡単に、切り裂いてしまった。
『一人減ったから、楽になったわね!』
一人減っただけだというのに、夜深は、余裕の笑みを浮かべている。
反対に、泉那と李桜が、追い詰められたような表情を浮かべていた。
やはり、それほど、夜深の力は、絶大なのであろう。
夜深は、容赦なく、二人に襲い掛かり、彼女達は、攻防を繰り広げ始めた。
静居は、ただ、一人、空を見上げている。
夜深と獣じみた男の戦いを観戦しているようだ。
と言っても、彼女達を身を案じているわけではない。
勝利を確信しているようだ。
静居は、口をゆがませ、戦場へと視線を移す。
戦場は、もはや、血の海とへと変わり、無数の死体が横たわっている。
それほどの命が、失われてしまったのだ。
静居の思惑に巻き込まれて。
「さて、そろそろ、か」
静居は、何かを悟ったのか、そう呟いた。
何が、始まろうとしているのだろうか……。
篤丸の部下達は、苦戦を強いられていた。
当然だ。
今まで、篤丸が、召喚した空懸ける馬のおかげで、生きながらえたようなものだ。
静居軍の隊士達は、容赦なく、次々と篤丸の部下を切り裂いていく。
心臓を貫かれ、首を斬り落とされた者達もいる。
残虐すぎる。
あれほど、人を守ろうとしていた彼らが、いとも簡単に操られ、残酷な手口で、人々の命を奪ってしまうのだから。
静居と言う男は、それほど、恐ろしく、残忍なのだろう。
部下が、命を落としても、篤丸は、術を発動し続けた。
「あ、篤丸将軍、た、助けて……」
部下の一人が、篤丸に助けを求める。
だが、その直後、彼は、胴体を切り裂かれ、命を散らした。
それでも、篤丸は、振り返る事も、顔色一つ変える事も、しない。
まるで、部下を斬り捨てるかのようであった。
「無理だよ。僕は、やるべきことがあるからさ」
篤丸は、彼らの悲鳴を聞いても、動じる事はなかった。
助けようともしせずに。
篤丸は、あたりを見回す。
どうやら、術を発動しているのは、篤丸だけではない。
おそらく、将軍達、全員、術を発動しているのだろう。
「ふう、やっと、皆、完了したみたいだね。さあ、始めようか!」
全員の術を感知した篤丸は、術を空へ向けて解き放つ。
すると、今度は、大幣から、空懸ける馬を召喚させるが、その馬が、なぜか、空へと飛びあがっていく。
まるで、術に吸い込まれるように。
馬が、術と融合し、さらには、満英が発動した術と召喚された鳳凰も融合し、篤丸が、発動した術とさらに融合した。
その時だ。
その術は、黒く変色し、まがまがしい柱へと変わってしまったのは。
「え?」
「こ、今度は何だ?」
和泉も、透馬も、異変に気付き、空を見上げる。
三つの黒くてまがまがしい柱が、出現していたからだ。
どうやら、春見、藤代、蛍、世津が、あの柱を出現させたらしい。
一体、何が始まろうというのであろうか。
「やっと、始まったでごわすな」
牢屋に閉じ込められていたはずの濠嵐が、牢屋から脱出し、戦場に向かっていた。
黒くまがまがしい柱を見上げながら。
彼は、脱獄したのだ。
部下を利用して、殺して。
全ては、この時のためだ。
黒くまがまがしい柱の出現に成功したと確信を得た濠嵐は、不敵な笑みを浮かべていた。
撫子は、愕然としながら、空を見上げている。
何かを悟ったようで、全身を震え上がらせていた。
「あれは、まさか……。妖を犠牲にして、神々を復活させようとしとるんどすの?」
撫子は、あの柱が、何を意味しているのか、知っていた。
あの柱は、神々を復活させるための、儀式だ。
それも、夜深についていた神々の。
神々を復活させるには、多くの命と強力な力を持つ妖の命が必要であった。
彼らは、この為に、戦場に身を投じ、多くの命を奪ったのだ。
神々を復活させるための生贄として。
「あの子らは、あてを裏切っとったんどすか!?」
撫子は、察してしまったようだ。
裏切っていたのは、濠嵐だけではない。
七大将軍、全員が、裏切っていたのだと。
「帝は、気付いたかもしれんでごわすな。だが、もう遅い!」
濠嵐は、撫子が、篤丸達まで、裏切っていた事に気付いたのではないかと勘繰る。
だが、時すでに遅し。
彼らは、神々を復活させようとしているのだ。
彼らが、裏切った理由は、生き延びるためだ。
撫子についていても、静居の脅威からは、逃れられない。
それゆえに、濠嵐に促されて、撫子を裏切ったのだ。
そして、静居の密命で、神々を復活させようとしていた。
「この時の為に、我らは、人と妖を殺し続けた!」
「これで、平皇京は、僕達のものだ!」
「ごめんね、帝。裏切っちゃって」
満英、篤丸、蛍は、狂気の笑みを浮かべながら、宣言する。
大戦に身を投じ、多くの命をためらいなく奪ってきたのは、神々を復活させるため。
召喚した妖達に人々や妖を殺させることで、命を奪ったのだ。
全ては、平皇京を手に入れるためだ。
そのためなら、帝である撫子を裏切ったとしても、気にも留めない。
自分達が、無事ならそれでいいのだ。
そう思っていた篤丸達であった。
しかし、彼らは悲劇に見舞われる。
なんと、黒くまがまがしい柱の範囲が広がり、篤丸達までも、巻き添えにし始めたのだ。
「な、何!?なんか、おかしいぞ!?どうなってやがるんだい!?」
「か、体が……吸い込まれていく……どうして、ですか!?」
「まさか、僕達は……利用されたの!?」
春見、藤代、世津は、戸惑いを隠せない。
抵抗し、もがこうとするが、体が動かせないのだ。
それどころか、柱の中心に吸い込まれそうになっていく。
回避する手段はない。
「こ、こんな、はずでは……」
巨大化した柱を目にした濠嵐は、愕然とする。
あれでは、篤丸達まで、巻き込まれた事が目に見えて分かったからだ。
濠嵐は、知らなかった。
篤丸達まで、巻き添えにされたなどと。
いや、彼らは、助かると静居から聞かされていたのだ。
ゆえに、彼らに命じたのだ。
妖を生贄にして、神々を復活させよと。
「い、嫌だ!嫌だ!助けて、濠嵐!話が違うじゃないか!」
篤丸は、涙ながらに濠嵐に向かって叫ぶ。
自分達は、助かると聞いていたから、実行しただけの事だ。
まさか、自分達まで、生贄にされるとは、知らされていない。
静居は、篤丸達まで、捨て駒として斬り捨てたのだ。
神々を復活させるための生贄と見なして。
ゆえに、濠嵐と篤丸達、七大将軍を利用したに過ぎなかった。
「嫌だあああああああっ!!!」
篤丸達は、泣き叫びながら、吸い込まれ、跡形もなく消滅した。
その直後だ。
爆発が起こり、三柱の神々が、姿を現したのは。
「あれは……神々?」
「うそでしょ?」
高清も、和巳も、愕然として、空を見上げている。
なんと、神々が復活したのだ。
それも、夜深についていた神々であろう。
姿は、はっきりとは、見えないが、目に映っているのは、神々だという事だけはわかった。
その理由は、三柱の神々は、まがまがしい気を放っているからだ。
それゆえに、柘榴達は、悟ってしまったのだ。
あの神々は、自分達の味方ではないと。
『まさか、復活を遂げてしまったのか!?』
『しかも、人や妖の命を生贄にして……』
『まずいわね……。まさか、こんなことになるんて……』
空巴達も、同様に愕然としている。
まさか、神々が復活するとは、思ってもみなかったのであろう。
彼らも、封印されていたのだ。
光の神の力によって。
だが、神々は、復活してしまった。
静居の思惑通りに事が進んでしまったのであった。
『ようやく、目覚めたわね。待っていたわ』
夜深は、妖艶な笑みを浮かべながら、神々の前に現れる。
再会を喜んでいるかのように。
三柱の神々も不敵な笑みを浮かべ、復活を喜んでいた。




