第四十六話 明枇が信じた理由
明枇が、戻ってきた理由を告げた途端、炎尾は、険しい顔をし始める。
まるで、九十九に対して、嫌悪感を抱いているかのように。
「九十九……。あの忌々しい男の息子か」
――私が愛した人の息子です。
炎尾は、八雲の事を忌々しい男と罵る。
八雲に対して、いい印象を抱いていないようだ。
それもそうであろう。
明枇は、八雲を愛したがゆえに、里を出たのだ。
炎尾は、八雲が、自分から明枇を奪ったと思い込んでいるのであろう。
それゆえに、八雲の子である九十九に対しても、憎んだ様子を見せたのだ。
だが、それでも、明枇は、八雲の事を愛した男と告げた。
「あの男のせいで、掟にそむいて、あの男を愛したせいで、お前は、里を追いだされたのだろう!あの男のせいで、お前は、命を落としたに過ぎないのだぞ!」
炎尾は、罵倒し始める。
明枇が、里を出た後のことまで、知っているようだ。
里を追いだしたのは、炎尾ではあるが、それは、明枇が、掟にそむいたからだ。
それゆえに、明枇は、里を出た。
そして、命を落としたのだ。
もし、明枇が、八雲と出会わなければ、里で静かに暮らしていたに違いない。
明枇が、命を落とすこともなかった。
炎尾は、そう思っているのだろう。
――……私は、後悔していません。
「何?」
明枇は、炎尾に告げる。
後悔していないと。
八雲を愛したことも、里を出た事も、命を落とした事も。
だが、炎尾は、怒りを露わにする。
理解できないのだ。
なぜ、明枇は、後悔していないのかが。
――八雲様と出会い、九十九と過ごした日々は、私にとっては、大事な日々です。ですから、後悔など決してしません!
明枇は、後悔するはずがなかった。
幸せだったからだ。
八雲と九十九と過ごした日々は、かけがえのない日々だ。
故郷を追われても、得たものはある。
もちろん、なくしてしまったものもあるが。
それでも、明枇は、彼らと出会えてよかったと、今も、心の底から思っていた。
「久しぶりに帰ってきたかと思えば、戯言を……」
炎尾は、明枇に反論するが、どこか、寂しそうだ。
それ以上は、何も言わなかった。
明枇の話を聞く気になったのかもしれない。
炎尾は、うつむきながら、ため息をつき、明枇へと視線を向けた。
「それで、九十九を復活させるために来たとはどういう意味だ?あの男は、消滅したのだろう?」
炎尾は、明枇に問いかける。
九十九が、消滅してしまった事も、知っていたようだ。
それゆえに、どうやって、復活させるというのであろうかと、疑問を抱き、明枇に尋ねたようだ。
――方法はあります。九尾の命火を分け与えてほしいのです。
「九尾の命火だと?」
明枇は、炎尾に説明する。
九十九を復活させるために、九尾の命火を分けてもらおうと考えていたようだ。
おそらく、九尾の命火は、中央の灯台に灯っている白銀の炎の事であろう。
そこから、強い力を感じるのだ。
妖気と言うより、聖印に近い力を。
「九尾の命火」と言う言葉を聞いた炎尾は、ピクリと眉を動かした。
――はい、九尾の命火があれば、あの子は、復活します。ですから……。
「ならぬぞ!」
明枇が、懇願しようとする前に、炎尾が、声を荒げて、反対する。
明枇は、思わず、体を跳ね上がらせ、身を硬直させてしまった。
炎尾の様子をうかがっていた柚月達も、警戒し始める。
それほど、彼の顔は、鬼のように、恐ろしい顔をしていたのだ。
「あの男の為に、たまもひめ様のお力を奪うつもりか!そのような事、させるつもりはない!」
――奪うのではありません!ほんの少しだけ、分け与えていただきたいのです。どうか……。
「ほざけ!」
炎尾は、声を荒げる。
どうやら、九尾の命火は、「たまもひめ」の力によって灯されているようだ。
それを、明枇が奪おうとしていると思い違いをしているのだろう。
明枇は、心を落ち着かせながら、説得を試みる。
だが、興奮しているのか、炎尾は、怒りを露わにし、九尾の炎を明枇に向けて発動してしまった。
白銀の炎が、明枇に迫る。
その時だ。
柚月が、前に出て、八咫鏡で、九尾の炎を防いだのは。
「なっ!」
炎尾は、驚愕し、凝視する。
まさか、人間である柚月が、明枇を守るとは、思ってもみなかったのであろう。
なんとか、八咫鏡で九尾の炎を防いだ柚月。
だが、八尺瓊勾玉で、九尾の炎を吸収しなかったようだ。
もし、九尾の炎を吸収したら、炎尾は、間違いなく、力を奪われたと勘違いしてしまうだろう。
柚月達は、力を討罰つもりなど毛頭ないのだ。
それゆえに、八咫鏡で防ぐしかなかった。
だが、防ぎきれなかったがために、柚月は、体にやけどを負ってしまった。
――柚月……。
明枇が、心配そうな表情を浮かべて、柚月を見る。
それでも、柚月は、引き下がるつもりはない。
自分も、説得しなければならないと、感じたのだろう。
そうでなければ、炎尾も、妖狐達も、人間を認めるはずがなかった。
「話を聞いてください。九十九を復活させなければ、和ノ国は、滅んでしまうのです!彼の力が、必要なんです!」
「人間の言葉など信じるつもりなどない!」
柚月は、説得を試みる。
だが、炎尾は、形相の顔で、柚月をにらみつけ、感情に任せて、再び、九尾の炎を発動した。
柚月達は、九尾の命火を利用していると勘違いしてしまったのだろう。
炎尾は、柚月達を信じるつもりは、毛頭ない。
このまま、焼き殺すつもりだ。
柚月は、瞬く間に、九尾の炎に、包まれてしまった。
「くっ!」
炎に包まれ、再び、火傷を負った柚月は、顔をゆがめる。
再び、九尾の炎を発動されてしまったら、重度のやけどを負ってしまうだろう。
だが、柚月は、ひるむつもりはなかった。
ただ、炎尾や妖狐達と話をしたかったのだ。
自分達の想いを伝えたくて。
「兄さん!」
柚月の危機を察した朧達は、柚月の元へと集まる。
綾姫と初瀬姫が、聖印能力を発動して、柚月のやけどを治し始める。
朧達は、柚月と明枇を守るために、二人を囲んだ。
もちろん、武器を手に取り、構えるつもりはない。
朧達も、ただ、炎尾達と、話がしたい。
それだけだった。
「なぜ、その刀を抜かぬ?その鏡で、私を倒せると思うておるのか?」
「あなた方は、俺達、人間を信用できないのは、分かります。ですが、俺達は、貴方達を傷つけるつもりはありません!あなた方と話がしたいのです!」
「戯言を!」
炎尾は、柚月に問いかける。
なぜ、刀を抜こうとしないのか。
彼らは、戦うつもりなどないのだろうか。
炎尾は、理解できず、混乱してしまう。
柚月は、もう一度、説得を試みる。
炎尾達と話がしたいと。
だが、炎尾は、柚月の話を信じるつもりはなく、再度、九尾の炎を発動し、今度は、朧達が、柚月を守る。
武器を手にすることなく。
しかし、綾姫が、とっさに、結界を発動し、炎を防ぎきる。
そうしなければ、朧達は、重度のやけどを負っていただろう。
「娘をたぶらかした人間の言う事など信じるか!お前も、明枇も、全員、焼き殺してくれるわ!」
炎尾は、怒りに任せて、何度も九尾の炎を発動する。
初瀬姫も、結界を発動させ、炎を防ぎきる。
柚月も、前に出て、八咫鏡で、炎を防ぎきろうとしていた。
しかし、炎尾は、容赦なく、九尾の炎を発動し続ける。
その時だ。
光焔が、光を発動し、炎尾の九尾の炎を打ち消した。
柚月達を守るために。
「光焔!」
「光焔?この者が……」
光焔の名を聞いた炎尾が、急に、動きを止める。
炎尾は、知っているようだ。
光焔の正体を。
「落ち着くのだ。ここで、殺しては、明枇の本心を聞くことは、二度とできなくなるぞ」
「……」
光焔は、落ち着いた様子で、炎尾を諭す。
炎尾は、ただ、黙ったまま、光焔へ視線を向けた。
複雑な感情を抱いた様子で。
そして、炎尾は、ため息をつき、明枇に問いかけた。
「明枇よ、なぜ、人間を信じられる?」
――彼らは、私をたぶらかしてなどおりません。彼らは、信じられます。私の息子を……九十九を仲間として、受け入れてくれたのだから。あの子が、あの子の愛する子を……柚月と朧の姉である椿を殺したとしても!
明枇は、語り始める。
なぜ、人間を信じられるのか。
彼女も、最初は、人間を、聖印一族を信じてなどいなかったのだ。
だが、朧は、九十九を友として受け入れてくれた。
最初、九十九を憎んでいた柚月も、九十九を理解し、彼を仲間として認めてくれた。
たとえ、二人の最愛の姉・椿を九十九が殺してしまったとしても。
柚月達は、それすらも受け入れ、九十九を何度も救ってくれたのだ。
それを、九十九のそばで見てきたからこそ、明枇は、柚月達を信じたのであった。
――だから、私は、信じたのです!この子達を……。
明枇は、炎尾に強く伝えた。
自分の本心を。
炎尾は、黙って、聞いていた。
まるで、彼は、葛藤しているように、柚月達は、思えてならなかった。
「確かに、俺達の願いの為に、大切な九尾の命火を奪われると考えているのでしょう。ですが、俺達は、九十九に会いたい。そして、守りたいんです!人も、妖も。俺たちの手で!」
柚月も、炎尾に伝える。
九十九に会いたいと。
全てを守りたいのだと。
柚月達の想いを聞いた炎尾は、静かに目を閉じ、深く考え、ゆっくりと目を上げて、柚月達へと視線を向けた。
「愚かな者よ。お前も、明枇も」
――お父上……。
「よいだろう。九尾の命火をお前達にくれてやる。だが、柚月、お前に試練を課す」
「試練?」
炎尾は、柚月達の事を愚か者と言いつつ、彼らを認める。
感じ取ったのだろう。
柚月達の強い想いを。
だが、炎尾は、柚月に試練を課すと言い放った。
明枇は、炎尾に尋ねる。
柚月になんの試練を課すというのであろうかと、不安に駆られて。
「そうだ。あそこにある九尾の命火をお前の手で取ってみせるがよい」
炎尾は、中央の灯台に置かれてある九尾の命火に目を向ける。
なんと、柚月に、素手で九尾の命火をとってみろと告げたのであった。