第三十五話 姫達の逃亡先
夜深は静かに、静居が戻ってくるのを待ってくる。
夜深は、静居が、綾姫達の所に行ってくるというのは、知っているのだ。
もちろん、自分も、様子を見に行くつもりであった。
いや、彼女達を見下しに行くつもりだったといった方が正しいだろう。
だが、静居は、一人でいくと、言い張ったのだ。
理由を問いかけても、決して答えず。
綾姫たちの元へ向かってしまったのだ。
そのため、夜深は、静居が戻ってくるのを待つしかなかった。
――遅いわね……。
待てども待てども、静居は、戻ってこない。
すぐに戻ってくると、推測していたのだが。
夜深は、徐々に苛立ちを見せ始めた。
――まさか、本当に、自分のものにするつもりなのかしら……。
夜深は、なぜ、静居が、綾姫たちの元へ向かったのか、知っていた。
静居は、綾姫と瑠璃を気に入っている。
そのため、彼女達を自分のものにしようと企んでいたのだ。
夜深は、静居の企みを知っているがゆえに、綾姫と瑠璃に嫉妬し、静居に対して、苛立っていた。
不安に駆られた夜深は、立ち上がる。
もう、待てなくなったのだ。
自分も、綾姫達の元へ向かい、静居の様子をうかがおうとしていた。
だが、その時であった。
「いたか!?」
「い、いえ……」
「早く、探しだせ!」
隊士達の声が聞こえる。
それも、焦燥に駆られているようだ。
誰かを探しているらしい。
夜深は、気になったのか、部屋から出て、状況を探ろうと試みた。
「何かあったの?」
「よ、夜深様、実は……」
夜深は、隊士達に、問いかける。
何が、あったのかを。
隊士達は、恐る恐る夜深に説明し始める。
綾姫達が、部屋から逃亡したことを。
静居の叫びを聞いた隊士達が、駆け付け、静居から二人が、逃亡したことを聞かされ、探していたのであった。
血相を変えて。
その話を聞いた夜深は、不敵な笑みを浮かべていた。
夜深は、静かに、静居が捕らえられてしまった部屋へたどり着く。
静居は、何とかして、術を解こうと、もがいている様子であった。
どうやら、苦戦しているらしい。
それほど、複雑に術が編み込まれていたようだ。
そんな術さえも解けない静居に対して、夜深は、憐れんでいた。
「夜深……」
「無様な格好ね。だから、私も行くって言ったのよ?」
夜深は、静居をののしる。
静居に後悔させてやるためだ。
自分を残して、一人で行った事を。
自分もついていけば、このような事は、起こらなかったと思い知らせてやりたかった。
「私以外の女を自分のものしようとなんて、考えるから、罰が当たるのよ」
「早く、解け。お前なら、できるだろ?」
「あらやだ、怖い顔。言われなくても、解放してあげるわよ」
夜深は、術を解こうとせず、静居を見下ろしたまま、罵り続けるが、静居も、綾姫と瑠璃に逃げられたことと、謀られた事で苛立っているのだろう。
夜深をにらみつけ、術を解くよう命じる。
それも、淡々と。
だが、夜深は、詫びる事もせず、不敵な笑みを浮かべて、術を解き始めた。
「私を謀るとはいい度胸だ。あの娘たちは、殺す。あ奴らの目の前でな」
術から解放された静居は、立ち上がり、綾姫と瑠璃に対して、憎悪を燃やしている。
それほど、屈辱的だったのだろう。
綾姫達に騙され、逃げられたことに。
そのため、柚月達の前で、殺すと決めたのだ。
「協力してあげる。貴方をたぶらかす女は、私一人で十分よ」
夜深は、妖艶なまなざしで、静居に迫り、協力すると告げる。
まるで、静居は、自分のものだと宣言するかのように。
綾姫達が、静居から逃げ出したとは、知らない柚月達は、隊士達の視線から、逃れるように、移動している。
建物の裏に隠れながら。
今すぐにでも、本堂に、乗り込みたいところだが、その機会がまだない。
それどころか、隊士達が増えてきているような気がしていた。
しかも、誰もが、血相を変えて。
「まだ、見つからないのか!?」
「も、申し訳ございません……」
「絶対に見つけろ!静居様の元へ差し出すのだ!」
「はっ!」
隊士達は、再び、捜索を再開し始め、その場から去る。
まるで、誰かを探しているようだ。
隊士達が、増えたのは、そのためであろう。
「騒がしくなってきたな」
「まさか、もう、矢代様が……」
朧は、不安に駆られる。
隊士達が、探しているのは、自分達ではないかと。
矢代が、術を解き、隊士達に知らせた可能性が高い。
あの術をすぐに、解いてしまうとは、朧にとっても、予想外のようであった。
「可能性は高い。俺達が、変装している事も、知っているだろう」
柚月は、冷静に推測する。
矢代が、隊士達に、自分達が、聖印京に乗り込んだことを報告しているのであれば、変装している事も、隊士達は、知っているかもしれない。
もはや、見つかるのも時間の問題のようだ。
「このまま、乗り込むか?」
「ああ、遠回りしてな。その方がいいだろう」
朧は、柚月に、問いかける。
このままでは、綾姫達を救出する前に、自分達も、捕らえられてしまうだろう。
そうなっては、ここへ、潜入した意味がない。
残された選択肢は、限られている。
迷っている時間はない。
そんな状況の中で、柚月は、瞬時に判断した。
遠回りして、なるべく、隊士達に気付かれないように、乗り込むことを。
このまま、突っ込めば、最短で乗り込めるが、捕らえられる確率が高い。
であれば、慎重に、動き、乗り込んだほうがいい。
柚月は、そう判断した様であった。
「うん。そうだな」
朧も、納得し、柚月達は、さっそく、移動しようとする。
だが、その時であった。
「まだ、見つからんのか!相手は、女二人だぞ!」
「も、申し訳ございません!」
別の部隊の隊士達が集結する。
しかも、隊長らしき人物が、声を荒げて、問いただし、隊士達が、必死になって頭を下げているようだ。
「絶対に、見つけ出すぞ!静居様は、機嫌を損ねているらしい。見つけなければ、私達が……」
「はい」
隊士達は、再び、散り散りになって捜索を開始した。
静居に処罰される前に、捕らえようとしているようだ。
柚月達は、隊士達の様子をこっそり、覗きながら、聞いていたのであった。
「女二人ってことは……」
「綾姫と瑠璃が、脱出したという事か!」
女二人と聞いた柚月達は、隊士達が、誰を探しているか、察した。
隊士達が、血眼になって探しているのは、自分達ではなく、綾姫と瑠璃だ。
おそらく、彼女達は、本堂を出て、逃走したのだろう。
柚月は、そう、推測したのであった。
「でも、二人は、どうやって、見つからないように、逃げたのでしょうか?」
「おそらく、綾姫の術だ。綾姫は、術で、姿を見えなくしたのだろう」
餡里は、ある疑問を持ったようで、柚月に、問いかける。
北聖地区は、多くの隊士達が、綾姫と瑠璃を捕らえる為に、出動している。
この状況下で、隊士達に見つからずに、本堂から逃げ出すのは、至難の業のように思える。
だが、柚月は、綾姫が、術を使って、自分達の姿を消して、移動しているのだろうと説明した。
だからこそ、彼らは、見つけ出せないのだ。
柚月の説明を聞いた餡里は、納得した。
――だとしたら、綾姫達が、向かった場所は……。
柚月は、思考を巡らせる。
綾姫達は、どこへ向かったのだろうかと。
考えられる場所は、一つしかなかった。
「兄さん、二人は、聖水の泉に向かったんじゃないか?水の神を復活させるために」
「うむ、その可能性が高いであろう」
朧と光焔は、聖水の泉へ向かったと推測しているようだ。
綾姫達が、戻ってきた理由は、神復活の為に必要不可欠な宝玉を手に入れたからであろう。
となれば、水の神を復活させるために、聖水の泉へ向かうはず。
もしかしたら、桜の神を復活させる準備も、しているかもしれない。
水の神を復活させることができれば、隊士達が来ようとも、水の神の力で、防ぎきることができるはずだ。
柚月も、同じことを思っていたようで、静かにうなずいた。
「柚月、どうする?」
「……俺達も行くぞ。ここからなら、近くの門から抜けて、千城家の裏門から入れば、合流できるはずだ」
「うん」
光焔は、柚月に尋ねる。
柚月の答えは、決まっていた。
もちろん、綾姫と瑠璃と合流するために、聖水の泉へ向かうと。
近くの門から一度外に出て、千城家の裏門から入れば、誰かに遭遇することなく、綾姫達と合流できる。
柚月は、そう、考えていたようだ。
朧も、同意見のようであり、柚月達は、すぐさま、門から外に出て、千城家の裏門へ向かった。
綾姫と瑠璃は、千城家の屋敷へ潜入し、聖水の泉へたどり着いていた。
もちろん、柚月達の読み通り、自身に結界を張って、姿を消した為、隊士達に、見つかることなく、ここまでこれたのであった。
「誰もない」
「ええ、今なら、水の神を復活させられるはずだわ」
綾姫と瑠璃は、慎重に周辺を見回すが、誰もいない。
どうやら、隊士達も、聖印一族も、ここにはいないようだ。
綾姫は、安堵し、今のうちに、水の神を復活させようと決意していた。
「行くわよ、瑠璃」
「うん」
綾姫は、宝玉を懐から取り出し、聖水の泉へ投げ入れようとする。
だが、その時であった。
綾姫と瑠璃の背後から術が発動され、綾姫達の元へ迫ってきたのは。
「っ!」
綾姫と瑠璃は、術に気付き、綾姫は結界を発動して、瑠璃は、扇で、打ち払う。
誰かに気付かれてしまったのか。
あるいは、待ち伏せしていたのであろうか。
どちらにせよ、戦いは、避けられないようだ。
綾姫と瑠璃は、構える。
だが、彼女達の前に出てきた人物は、二人にとって衝撃的であった。
「神は、復活させぬぞ。綾姫、瑠璃」
「勝吏様、月読様……」
なんと、綾姫と瑠璃の前に現れたのは、勝吏と月読であった。




