第百八十三話 光焔
「すごい……」
「これが、神懸かりの力……」
柚月の神懸りを目の当たりにした朧達。
朧も、九十九も、あっけにとられているようだ。
力を感じているのだろう。
神懸りの力を。
「……」
柚月の神懸りを見て、光焔は、呆然と立ち尽くしている。
そして、なぜか、悲しそうにうつむき、こぶしを握りしめた。
――柚月、やるぞ。
「わかった」
柚月は、光黎と共に神の光を発動する。
神聖なる力を宿して。
神の光は、瞬く間に、和ノ国全体に広がった。
神の光を浴びた九十九達。
すると、まがまがしい気が完全に消滅した。
「妖気が、消えた……」
「本当に、戻ったのですね」
透馬も、夏乃も、感じているようだ。
妖達の中から、妖気が消え、神の力がよみがえったのだと。
神の力は微弱ではあるかもしれない。
だが、九十九達は、妖から、式神に戻ったのだ。
もう、柚月達を傷つけることもない。
命を奪うこともない。
人々を助ける存在に戻ったようだ。
「どう?美鬼?」
「はい。感じます。不思議な気分です」
瑠璃は、美鬼に尋ねる。
美鬼は、まだ、力が、体に馴染んでいないようだ。
不思議な感じがするらしい。
それでも、はっきりと、わかった。
自分は、妖ではなく、式神に戻ったのだと。
「陸丸達は?」
「あっしらも、なんだか、不思議な気分でごぜぇやす。体が、軽くなった気分でっせ!」
朧は、高清に問いかける。
妖と人が融合した存在・妖人である彼らにも、変化が起きているはずだ。
高清達も、感じ取っているらしい。
体が軽くなったような気分になっているようだ。
つまり、式神と人が融合した存在なのだろう。
もう、妖人ではなくなったのだ。
朧は、嬉しそうだ。
共に旅をしてきた高清達も、救えたのではないかと感じているのかもしれない。
「これで、静居を止められる」
「そうだな」
柚月と朧は、確信を得た。
これで、静居を止められると。
綾姫達も、同じことを思っているようだ。
しかし……。
「まだ、なのだ」
「光焔?」
「どうした?」
光焔は、まだだと呟く。
まだ、静居を止められないというのだろうか。
柚月達は、困惑した様子で、光焔へと視線を向ける。
光黎と笠斎は、光焔が、何かに気付いたと察し、悲しそうな表情を見せる。
柚月達は、不安に駆られた。
光焔は、どうしたのだろうかと。
「今のままでは、対抗できないのだ。まだ、光黎が、不完全なのだ」
「そ、そんな事……ないだろ?なぁ?光黎」
『……』
「光黎?」
光焔は、静居を止める事は難しいと柚月達に告げる。
しかも、光黎が、不完全なのだと。
おそらく、柚月が、神懸かりの力を発動させたときに、気付いたようだ。
まだ、光黎の力が、完全に戻っていない事に。
信じられず、困惑する九十九。
光黎に、問いかけるが、光黎は、答えようとしない。
無言のままだ。
まるで、光焔の言っている事が正しいと言っているかのように。
「じゃ、じゃあ、どうするんですか!?朧も、柚月も、力を目覚めさせたって言うのに!」
「そうじゃ、もう、打つ手はないのか?」
時雨も、春日も、戸惑いを隠せない。
柚月も、神懸かりの力を発動させ、朧は、九十九と千里を同時に憑依させた。
二人なら、静居を止めてくれると、確信を得たばかりだ。
打つ手はないのかと、あきらめてしまった柚月達。
静居を止められないのではないかと。
しかし……。
「あるのだ」
「え?」
「わらわが、光黎の所に戻ればいいのだ」
「それって、光焔ちゃんが、消えちゃうってことなんじゃ……」
光焔は、ある提案をする。
それは、自分が、光黎の所に戻り、融合する事だ。
だが、戻るという事は、光焔の存在が消滅してしまう事を意味するのではないかと、不安に駆られる初瀬姫。
光焔は、答えなかった。
それが、正解なのだろう。
「駄目だ!光焔!それだけは、させられない!!」
「朧……」
朧は、反論した。
光焔を消滅させたくなかったからだ。
光焔は、柚月達にとって大事な仲間。
家族だ。
ゆえに、光焔を消滅させるわけにはいかなかった。
「俺が、光黎と光焔を取り込めば、うまくいくんじゃ」
『できない。それこそ、負担がかかってしまう』
「じゃあ、朧の時みたいに、波長を……」
『波長を合わせるという事は、融合という事だ』
柚月と朧は、提案する。
光焔を消滅させないように。
だが、光黎と光焔を取り込めば、柚月の体に負担がかかってしまい、命を落とす可能性がある。
かといって波長を合わせるという事は、二人が融合しなければならない事を意味していた。
「お、おい。なんか、ほかに方法は、ねぇのかよ」
「そうだ。あるんじゃないのか?いや、このままでだって……」
「残念だが、もう、光焔が、戻るしかねぇ。あいつらは、それくらい強敵なんだよ」
九十九も、千里も、方法がないかと笠斎に問いかける。
いや、このままでも、静居を止められるのではないかと推測したが、笠斎も、今のままでは、静居に打ち勝つことはできないと考えているようだ。
創造主の力を奪い返したとしても。
それほど、静居と夜深は強敵なのだ。
ゆえに、光焔の消滅は、避けられない事を意味していた。
その時だ。
朧が、こぶしを握りしめ、体を震わせたのは。
「嫌だ。それだけは、絶対に嫌だ!」
朧は、自分の感情をぶつける。
光焔を消滅させたくないのだ。
なんとしてでも。
朧は、光焔の事を弟のように接していた。
だからこそ、光焔と共に生きたいと願っていたのだ。
「朧、ごめんなのだ。わらわの事、嫌いになったか?」
光焔は、朧に謝罪する。
嫌われたのではないかと感じて。
勝手な事を言ったから、朧が、怒っているように見えたのだろう。
だが、朧は、何も言わず、光焔を抱きしめた。
「嫌いになるわけないだろ?光焔が、大事なんだよ。だから、消えてほしくないんだ」
朧が、光焔を嫌うはずがなかった。
光焔の事を大事に思っているからこそだ。
朧は、涙を流し、嗚咽を漏らした。
光焔を消滅させたくない。
だが、光焔が、光黎に戻るしか、方法は残されていない。
何もできない自分が悔しくてたまらなかったのだ。
朧の姿を目にした柚月も、朧と光焔を抱きしめた。
「柚月……」
「消えないでほしい。ずっと、一緒にいたい。まだ、知らない事がたくさんあるだろ?戦いが、終わったら、お前に、教えてやりたいんだ」
柚月も、涙を流す。
光焔と共に生きたいと願っているからだ。
戦いが終わった後も、家族のように過ごしたい。
知らない事を教えてやりたい。
見たことない物を見せてやりたい。
柚月も、光焔の事を弟のように接していたのだ。
だが、光焔を大事に思っているのは、柚月と朧だけではない。
九十九達も、光焔の周りに集まり、涙を流し始めた。
光焔が、いなくなる事が、悲しかったのだ。
「ありがとうなのだ。皆、大好きなのだ。だから、わらわは、皆を守りたいのだ」
光焔は、涙を流し始める。
泣くまいと心に誓っていたのだが、柚月達の涙を目にして、こらえきれなくなったようだ。
自分は、こんなにも、愛されていたのだと、改めて感じて。
光焔も、柚月達が、大好きであり、だからこそ、光黎の元に還ると決意したのだ。
「わらわは、消えるわけじゃない。ずっと、光黎と一緒に生きるのだ。だから、安心してほしいのだ」
光焔は、柚月達に諭す。
自分は、消えるわけではないのだ。
光黎の元に還るだけ。
それは、光黎と共に生きることを意味しているのだ。
光黎が、いるなら、柚月達とも、共に生きていくことになる。
柚月達も、理解していた。
だが、会えなくなるのが、寂しかったのだ。
それでも、光焔は、決意したのだろう。
柚月達は、光焔を止める事ができないと悟り、光焔は、離れ、涙をぬぐった。
「決めたんだな?」
「うむ」
「本当に、それで、いいんだな?」
「うむ」
柚月と朧は、光焔に、確認するように問いかける。
光焔は、強くうなずいた。
迷いなどなかった。
柚月達のためなら、なんだってできる。
光焔は、覚悟を決めていたのだ。
「頼んだぞ、光焔」
「うむ」
「俺達も、光焔の事、大好きだからな」
「うむ」
光焔に自分の想いを告げる柚月と朧。
それは、九十九達も、同じ想いであった。
想いを受け取った光焔は、柚月達に背を向ける。
光黎の元に還ろうとしているのであろう。
「さらばなのだ……」
光焔は、声を震わせながら、柚月達に別れを告げ、歩き始めた。
ゆっくりと、流れる涙をぬぐいながら。
柚月達は、涙をぬぐい、光焔を見送った。
光焔は、光黎の元まで歩み寄った。
光黎は、とても、辛そうな表情を浮かべている。
光焔に、苦渋の決断をさせてしまったと、自分を責めているかのように。
『いいんだな』
「うむ。頼むのだ」
『わかった……』
光黎は、光焔に確認するように問いかける。
本当に、良いのかと。
光焔は、強くうなずいた。
後悔はしていない。
するわけがなかった。
光黎は、力を発動し、光焔は、光に包まれ、目を閉じる。
そして、そのまま、光黎の元へ還っていった。
「光焔……」
『すまない』
「大丈夫だ。俺達は」
『そうか……』
光黎は、柚月達に謝罪する。
光焔と会えなくなってしまった事を。
だが、柚月達は、光黎を咎めるつもりはなかった。
光焔が選んだ事だ。
だからこそ、尊重したいし、受け止めたい。
光黎は、柚月達は、強い心を持って戦ってきたのだと、悟り、光焔は、いい仲間達に出会えたのだと、改めて感じた。
しかし……。
『いい、実にいいぞ!美しい友情ごっこだったな!』
「本当、つまらない展開だね」
「この声は……」
死掩と村正の声がする。
しかも、光焔との別れをあざ笑うかのような言い方をして。
柚月達は、警戒し、あたりを見回す。
彼らは、どこから、あらわるのだろうかと。
すると、柚月達の目の前に、死掩、千草、村正が、現れた。
「やあ、お邪魔させてもらうよ」
村正は、無邪気な笑みを浮かべていた。