第百七十四話 守りたいと願って
赤い月は、静まった。
妖達は、浄化され、人々の怪我は、癒された。
獄央山から、光が発動されたからだ。
なぜ、光を発動されたのかは、誰にも分らない。
だが、光城にいた成平達だけは、わかっていた。
光黎が、発動したのだと。
成平達は、赤い月が出現した時、すぐさま、聖印京へ戻ろうとしていた。
だが、妖達に囲まれ、戻ることができなくなり、戦い続けていたのだ。
神の光が、発動され、成平達は、無事であったが、光城が、力を失ったかのように、急降下し、聖印京よりも、遠くへと不時着してしまった。
翌朝、成平達は、意識を取り戻した。
幸い、奇跡的に、軽症であり、皆、無事であった。
「うう……皆さん、無事ですか?」
「うん、平気……」
「何が、起こったんだ?」
成平は、亜卦達に声をかける。
美柑、古河助は、頭を横に振り、あたりを見回す。
どうやら、自分達が、いるのは、外のようだ。
光城から、振り落とされたというのだろうか。
何が起こっているのか、状況が把握できない成平達。
しかし……。
「みなさん、見てください!光城が!!」
多々が、何か、気付いたようで、指を指し、叫ぶ。
成平達は、振り向くと、目を見開き、驚愕した。
なんと、光城が、天利堂に戻ってしまったのだ。
しかも、地に落ちた状態で。
「力を、失ったってこと?」
「全然、わからないんだが……」
亜卦も、摩芭喜も、まったく、理解できない。
なぜ、力を失ってしまったのだろうか。
光城が、力を失ったという事は、光黎が、消滅した可能性が高い。
または、空巴、泉那、李桜が、力を失ったかのどちらかだ。
空巴達も、光城に力を送ってきたのだから。
昨日、何があったというのだろうか。
葵達は、無事なのだろうか。
成平達は、不安に駆られていた。
「ねぇ、成平、奏と光焔は、無事なの?」
「はい。今は、眠っているようですが……」
角は、成平に問いかける。
奏と光焔は、無事なのか、不安になったようだ。
成平は、奏を、摩芭喜が光焔を抱きかかえている。
二人とも、無事のようだ。
光城が、墜落した衝撃で、今は、眠りについている。
二人が、無事である事がわかり、安堵した角であった。
「どうするの?」
「まずは、聖印京へ行きましょう。瀬戸達が、無事であるかを確かめたいですし」
「そだね」
美柑は、成平に問いかけた。
これから、どうするのか。
成平は、まずは、聖印京へ、戻り、どうなっているのかを確かめる必要があると、決断した。
亜卦達も、うなずく。
家族の事が心配なのだろう。
なにより、聖印京へ戻った葵と瀬戸、光黎の事も、心配だ。
彼らが、無事だといいのだが。
成平達は、葵達が、無事である事を祈りながら、聖印京に戻った。
しかし、聖印京に戻った成平達は、絶句する。
なぜなら、聖印京は、変わり果ててしまっていたからだ。
「これは……」
成平達は、呆然と立ち尽くした。
聖印京は、血で染められ、人々は、生気を失ったかのように、呆然としている。
命を失った者もいるようだ。
妖達が、凶暴化したのと関係があるようだ。
成平達は、情報を求め、一度、鳳城家を訪れる事にした。
だが、その時だ。
成平の父親と偶然、再会を果たしたのは。
「おお、成平か……」
「父上、これは一体……」
成平の父親は、成平の元に歩みよる。
成平達は、父親の元へと駆け寄り、尋ねた。
何が、起こったのかを……。
「妖達が、凶暴化してな。多くの命が、奪われた。だが、光に照らされて消滅したのだ」
「光、やはり……」
父親が言うには、赤い月が、現れた途端、妖達が、凶暴化したのだ。
ゆえに、聖印京は、戦場と化した。
しかし、突如、獄央山から光が放たれたのだ。
その光により、妖達は、消滅し、赤い月は、静まり、聖印京に結界が張られた。
戦いは終結したが、傷跡は大きいようだ。
成平は、察した。
あの光は、神の光であると。
「成平よ、瀬戸は、知らぬか?」
「い、いえ。一緒では、なかったのですか?」
父親は、成平に瀬戸の居場所を問いかける。
だが、成平は、一緒ではなかったため、知らないのだ。
聖印京にいると思っていたのだが、そうではないのだろうか。
「実は、瀬戸は、行方不明なのだ。それに……」
「それに?」
瀬戸が、行方不明であるらしい。
だが、それだけではないようだ。
父親は、口ごもってしまう。
瀬戸の身に何かあったのだろう。
成平は、不安がよぎった。
「……瀬戸が、静居様を、殺そうとした」
「え!?」
父親は、衝撃的な言葉を口にする。
なんと、瀬戸が、静居を殺そうとしたというのだ。
真実を知らない成平達は、絶句する。
あの瀬戸が、静居を殺すはずがないと思っているからだ。
理由もなしに。
「そ、そんな……何かの間違いでは……」
「だが、静居様は、深手を負っていたのだ。危うく、命を落とすところだったらしい」
成平は、瀬戸が、静居を殺そうとしたなどと、受け入れられず、否定する。
だが、父親が言うには、静居は、深手を負ったらしい。
静居は、葵と瀬戸に刺された傷をわざと癒そうしなかったのだ。
瀬戸を処刑するために。
「瀬戸は、裏切り者として、始末されるというのだ。だが、私は、瀬戸を死なせたくない」
「私もです。瀬戸を見つけ次第、聖印京から、逃がします」
「ありがとう」
父親は、瀬戸を捕らえるつもりはない。
瀬戸を見つけ次第、聖印京から逃亡させるつもりなのだろう。
かくまう事も、検討していたが、それでは、いつか、見つかってしまう。
だからこそ、逃がす事を決意したのだ。
成平も、同じ気持ちであり、瀬戸を守る事を決意した。
成平の決意を聞いた父親は、感謝の言葉を述べた。
それほど、瀬戸を大事に思っているのだろう。
父親と別れた成平は、呆然とした。
「瀬戸、一体、どうして……」
成平は、思考を巡らせるが、見当もつかない。
なぜ、瀬戸は、静居を殺そうとしたのか、理解できないからだ。
だが、その時であった。
――成平、聞こえるか?
――瀬戸!?どこにいるのです?葵様達は、無事なのですか?
どこからか、瀬戸の声が聞こえる。
術で、声を送っているようだ。
成平も、術で、声を送り、瀬戸に問いかける。
今、瀬戸は、どこにいるのか。
葵と光黎は、無事なのか……。
――鳳城家の地下だ。そこに私はいる。
――なぜ……。
瀬戸は、葵と光黎の事に関して、答えることはなかった。
だが、自分の居場所だけは、答えたのだ。
なんと、鳳城家の地下にいるらしい。
鳳城家の当主のみにしか教えられていない場所だ。
成平も、次期当主として、教えられていた為、知っていた。
だが、なぜ、瀬戸は、そこにいるのだろうか。
一体、何があったのだろうか。
成平は、瀬戸に問いかけた。
――全て、話す……。どうか、奏を連れて、地下まで……。
――わかりました。
瀬戸は、全て、話すため、奏を連れてきてほしいと、懇願する。
成平は、やはり、何かあったのだと、悟り、うなずいた。
成平は、亜卦達と共に、鳳城家の地下へと行き、最深部へ向かう。
最深部にたどり着くまでに、地面に血がついていた。
おそらく、瀬戸の血であろう。
瀬戸は、やはり、地下にいるようだ。
だが、血の量からすると重傷と言っても過言ではない。
成平達は、最深部にたどり着くと、瀬戸が、三種の神器を抱えて、血を流して倒れているのを成平達は、発見した。
「瀬戸!!」
成平達は、瀬戸の元へと駆け寄る。
瀬戸は、体中、傷を負い、血を流している。
しかも、今まで術を発動し続けていた為、息も弱弱しい。
今にも、息絶えてしまいそうだ。
亜卦は、治癒術を発動し、瀬戸の治療を開始した。
「ひどい怪我です」
「なぜ、何があったのですか!?」
「静居が、殺そうとしたんだ……。和ノ国を滅ぼすために」
「え!?」
成平は、瀬戸に問いかけた。
昨日、彼らの身に何があったというのだろうか。
葵や光黎は、どうなってしまったのか。
瀬戸は、弱弱しい呼吸を繰り返しながら、成平達に告げた。
静居が、自分達を殺そうとしたのだと。
成平達は、驚愕する。
なぜ、静居が、そのような事をしたのだろうか。
見当もつかなかった。
「全てを話そう」
瀬戸は、昨日の事を全て話した。
静居の野望や彼を止めるために、葵、光黎と共に死闘を繰り広げた事。
そして、夜深を封印するために、葵と光黎が、封印の核となった事。
葵が、命を落とした事を……。
「そんな……静居様が……」
亜卦は、愕然とした。
まさか、静居が、和ノ国を滅ぼそうとしていたとは、信じられないのであろう。
角達も信じられない様子だ。
静居は、自分達に力を与えてくれたというのに、利用するためだったとは。
「それは、本当なのですね」
「そうだ……」
「……私は、瀬戸を信じます」
「ありがとう。成平……」
静居の真実に関しては、成平にとっても、衝撃的だったが、成平は、瀬戸を信じる事を決めたようだ。
兄である瀬戸が、嘘をつくはずがない。
葵と光黎が、いないのも、うなずける。
亜卦達も、うなずき、瀬戸を信じたようだ。
瀬戸は、成平達にお礼を告げた。
「お願いがあるんだ……。静居に、奏の事が知られてしまったら、あの子は、殺されてしまう。だから、奏を守りたい」
「はい」
「だから、奏を封印する」
瀬戸は、成平達に懇願した。
奏を静居から守るために、封印したいと。
「ふ、封印って……」
「この子の事は、静居に知られてはならない。だから、気付かれないように、封印するしかなんだ」
「で、ですが……」
自分の子供を封印すると聞かされた成平は、動揺する。
確かに、奏の存在が、静居に知られてしまったら、殺されてしまうだろう。
だが、封印までしなくてもよいのではないかと、成平は、思ってしまった。
瀬戸の心情を読み取れなかったのだ。
「わかっている。だが、いずれ、夜深は、復活する。けど、この子は、静居と夜深を止めるかもしれないんだ。それまでは、眠らせてあげたい」
「わかりました」
夜深が復活すれば、静居は、動きだす。
そして、再び、和ノ国を滅ぼそうとしているであろう。
だが、奏は、二人を止める力を持っているようだ。
瀬戸は、そう感じているのだろう。
息子に託さなければならないのは、瀬戸も辛いところだ。
だが、瀬戸は、奏の事を信じている。
だからこそ、その時が、来るまで、奏を封印しようと決意したのだ。
成平は、瀬戸の心情を読み取り、承諾した。
瀬戸の願いを叶える事を。
「古河助、皇城家の聖印を隠す事は、できないだろうか。そうすれば、葵の子だとは、知られずに済むかもしれない」
瀬戸は、古河助に依頼する。
奏の皇城家の聖印の身を隠してほしいと。
皇城家の聖印を奏が、その身に宿していると、静居に、知られれば、奏が葵の子だと悟られてしまう。
ゆえに、皇城家の聖印のみを隠さなければならないと瀬戸は、考えたようだ。
陰陽術を得意とする古河助なら、それが、できるのではないかと、推測していた。
なぜなら、古河助は、妖を欺けるために、術で、自分の聖印を別の家の聖印に変化させたことがあったからだ。
もちろん、視覚のみだが。
「やってみる」
「ありがとう……」
古河助は、陰陽術を発動し始める。
すると、みるみるうちに、皇城家の聖印は、消え、鳳城家の聖印のみが、残ったのだ。
この術は、のちに聖印隠しと言われるものであり、古河助は、その術で、奏の皇城家の聖印を隠す事に成功した。
「できたぞ」
「ありがとう。すまないな」
瀬戸は、古河助にお礼を言う。
これで、奏は、皇城家の人間だと悟られることはないだろう。
瀬戸は、そう、確信し、安堵していた。
「角、頼みたいことがある。この子の時を止めてくれないか?」
「時を?」
「そうだ」
「けど、時を止め続ける事は、俺には、できないよ……」
瀬戸は、角に万城家の聖印を発動して、奏の時を止めてほしいと懇願する。
だが、角は、難しそうな顔をしていた。
瀬戸の願いを叶えてやりたいが、夜深が、いつ、復活するかは、不明だ。
その時まで、奏の時を止めるのは、不可能であった。
「案ずるな。私が、封印の核になる」
「ど、どうやって……」
不安に駆られる角に対して、瀬戸は、自分が封印の核となる事を告げた。
つまり、封印を発動し続けるというのだ。
だが、どうやって、やるつもりなのだろうか。
聖印や術では、不可能だ。
ましてや、鳳城家の聖印では。
「成平。私を殺せ」
瀬戸は、衝撃的な言葉を口にした。
自分を殺せと成平に命じたのだ。