第百六十九話 ひと時の幸せ
葵と瀬戸の想いが通じ合ってから、一年半の月日が流れた。
あの後、葵と瀬戸は、結婚することを決め、静居に報告。
静居は、快く二人を祝福した。
光城で二人は、過ごすこととなり、しばらくして、葵のおなかの中に子供を身ごもっていることが判明。
静居に相談し、特殊部隊の隊を一時的に抜けることとなり、隊長は瀬戸に任せることとなった。
そして、今日、元気な男の子が生まれたのだ。
亜卦、美柑、多々に見守られながら。
皇城家の聖印と鳳城家の聖印をその身に宿して。
当初は、驚いていたが、光黎曰く、二つの聖印を扱うことができ、強い力を宿しているらしい。
葵は、自分の子供は、和ノ国を守ってくれる。
そんな気がしていた。
「良かったですね。葵様、元気な男の子が生まれて」
「うん。本当に良かった」
「よく頑張ったな」
男の子が生まれたと聞いて瀬戸と光黎、そして、成平達は、葵の元へ集まる。
多々、美柑、摩芭喜は、葵達を祝福した。
「皆、ありがとう」
愛する者や相棒、そして、仲間達に祝福され、葵は、嬉しそうだ。
自分の子が、生まれてきてくれて本当によかったと、心の底から喜んでいた。
「目は、瀬戸君に似てるかなぁ」
「鼻は、葵に似てるよね~」
「大きくなったらどんな子になるんだろうな」
亜卦、角、古河助は、赤ん坊の顔を覗き込み、口々に言う。
成長したら、美男子に育つのではないかと思うほど二人によく似ているのだ。
今後の成長が楽しみになるであろう。
なにせ、二つの聖印をその身に宿しているのだ。
葵や瀬戸を超える聖印隊士になるのかもしれない。
そう思うと、葵は、楽しみで仕方がなかった。
「それにしても、瀬戸は、強引すぎます」
「何かあったのかな?」
「はい。私に鳳城家の当主をやれって」
「え?」
成平は、困った様子で、瀬戸を咎める。
なんと、瀬戸は、鳳城家の次期当主であったにも関わらず、その地位を成平に譲ったというのだ。
葵は、初耳であり、目を瞬きさせる。
亜卦達もそうだ。
そんな重要な事をなぜ、言わなかったのか。
そして、なぜ、成平に譲ったのか。
葵達は、一斉に、瀬戸に注目した。
「本当、なのか?瀬戸」
「ああ。私は、当主の座を降りることにした」
「なぜ?」
光黎は、瀬戸に尋ねるが、瀬戸は、堂々と葵達に報告した。
しかし、なぜ、降りることにしたのであろうか。
理由がわからず、理解できない。
成平が一番理解できないのであろう。
あきれた様子で、瀬戸を見ていた。
「決まってる。葵とこの子を守るためにだ。父上には、話をつけてある」
「本当、強引ですよね。葵様との結婚も、強引に進めたんでしょう?」
「ああ、だが、最終的には、承諾してくれたぞ。相手が、皇城家の娘だってわかった途端にな」
理由は、わかったが、それにしても、強引すぎる。
本来なら、許されない事だ。
勘当だと言われてもおかしくはない。
だが、父親には、強引に説得したようだ。
これには、成平も、あきれるばかりであった。
ちなみに、葵との結婚話も強引に進めたとか。
瀬戸曰く、最終的には、皇城家の娘である為、許してくれたとのこと。
聖印を受け継ぐために、家柄同士の結婚でなくてはならないという掟があったのだが、その掟すらも破ってしまった瀬戸。
想像もできないほどの破天荒ぶりだ。
葵も、苦笑し始めた。
「葵様の事は、言ってないんですよね?」
「もちろんだ」
成平は、瀬戸が、結婚相手が葵である事は父親にうっかりいっていないか、確認する。
瀬戸は、葵の事は話していないようだ。
皇城家の娘としか言っていないらしい。
よく、父親を説得できたなと、内心、不思議に思う成平であった。
「で、名前は、決めたのか?」
「うん、決めたよ。この子の名は、奏。鳳城奏だ」
「いい名だな」
「うん、ありがとう」
光黎は、赤ん坊の名を葵に尋ねると、葵は答えた。
瀬戸と二人で決めたらしい。
とても、いい名だ。
奏は、本当に愛されている。
光黎は、そう感じていた。
「では、この子に守り神を授けよう」
「え?」
光黎は、奏の為に守り神を生み出す。
その守り神とは、少年であり、白髪であり、肌は色白い。
人間とは思えないほど、美しかった。
少年は、ゆっくりと目を開けると海のように深い青色の瞳で葵をじっと見ていた。
「この子は……」
「私が、生み出した半身だ。名は、光焔。この子が、奏を守るだろう」
「よろしく頼むぞ」
「よろしく、光焔。ありがとう、光黎」
その少年は、光焔と名付けられ、奏の守り神として生きることとなったのだ。
光焔は、無邪気に葵達に挨拶する。
本当に、少年のようだ。
だが、これで、奏も寂しくはないだろう。
光焔が、いてくれるのだから。
葵は、そう、察し、心の底から、光黎に感謝した。
「葵様、明日、聖印京に戻られるんでしたね」
「うん、この子を静居に会せようと思っているんだ」
「楽しみだな。うん」
成平は、葵に尋ねる。
葵と瀬戸は、明日、聖印京に帰還する予定なのだ。
光黎も、同行することになっていた。
静居以外の皇城家の者と鳳城家者には、瀬戸と奏のみで、会うこととなっている。
葵の事が知られないように。
そのため、静居と会うのは、夜になっているのだ。
つまり、葵は、極秘で帰還することになっている。
と言っても、そろそろ、自身のことを明かすべきなのかもしれない。
奏の為にも。
葵は、そう、考えていた。
しかし……。
「っ!!」
突如、葵の鼓動が高鳴る。
その直後、葵は、神の目を無意識に発動したのだ。
葵が目にした未来は、夜空に血に染まったような赤い月が浮かび、妖達が聖印京に進軍する場面だ。
聖印京は、空巴、泉那、李桜が、守っている。
なのに、なぜ、妖達は、聖印京に侵入するのだろうか。
そして、あの赤い月は、何を意味しているのだろうか。
葵は、目を見開いたまま、呆然としていた。
「どうした?葵」
「いや、何でもない」
葵の異変に気付いた瀬戸達は、葵に問いかける。
だが、葵は、心を落ち着かせ、何でもないと答えた。
瀬戸達を不安にさせないためだ。
今、奏が生まれ、誰もが、穏やかな表情を見せている。
巻き込みたくないと葵は、判断し、未来の事を告げなかった。
――今のは、何だったんだろう……。
葵は、不安に駆られていた。
あの赤い月は、何だったのか。
いつ、出現するのか。
聖印京で何が起ころうとしているのか。
葵は、視線を奏での方へと移す。
どうか、奏が幸せでありますようにと今は、祈るしかなかった。
その日の夜、静居と夜深は、獄央山にいた。
しかも、獄央山の洞窟に入り、目を閉じ、集中させている。
何をしようとしているのだろうか。
二人は、ゆっくりと目を開け、笑みをこぼしていた。
「いよいよ、明日ね」
「ああ。ようやく、私達の願いが叶うのだな」
「ええ」
静居と夜深は、不敵な笑みを浮かべている。
何が、怒ろうとしているのだろうか。
二人は、何を企んでいるのだろうか。
それは、神のみぞ知ると言ったところであった。
翌日、葵達は、聖印京に戻ろうと、準備を進めていた。
しかし……。
「え?奏を連れていかないのか?」
「うん。ちょっと、気になることがあってね。今日は静居に相談しようと思ってるんだ」
「何かあったのか?」
「静居と会った時に話すよ」
「わかった」
突然、葵は、奏を連れていかないと瀬戸に告げた。
理由は、あの未来の事を恐れてだ。
奏を巻き込みたくない。
ゆえに、葵は、奏を光城に残すことにした。
何かあったのではないかと、不安に駆られる瀬戸は、葵に尋ねる。
だが、葵は、静居に相談したいことがあるため、その時に話すと告げた。
せっかく、故郷に帰るのだ。
あまり、心配させたくないのだろう。
瀬戸は、葵の心情を察したのか、それ以上、尋ねることはなかった。
「では、頼んだぞ、成平」
「お任せください」
瀬戸は、特殊部隊の事を成平に託す。
成平は、うなずいた。
「奏は、わらわが守るぞ」
「頼んだぞ、光焔」
「うむ!」
光焔は、前に出る。
奏を守ろうとしてくれているようだ。
奏には、良き守り神がついていてくれる。
いや、友と言っても過言ではないだろう。
葵達は、奏の事を成平に託して、光城を去った。
葵達は、聖印京へ帰還し、瀬戸が、自分の父親に挨拶しに行く。
もちろん、奏は、隊長が悪いという事にして。
その後、葵、光黎と共に、静居と夜深がいる本堂へ向かった。
しかし……。
「え?静居がいない?」
「はい、昨日から、お出かけになられて、今日、戻ってくるとは思うんですが」
なんと、静居が、朝からいないというのだ。
夜深もいないらしく、まだ、帰ってきていないらしい。
一体、どうしたというのであろうか。
話したいことがあったというのに。
あの赤い月に関して、何かわかったのだろうか。
葵は、一瞬、不安に駆られてしまった。
「ここで、待たせてもらっていいかな?」
「はい。もちろんです」
葵は、静居達が、帰ってくるまで、部屋で待つことにした。
しかし、待てども待てども、静居達は、帰ってこなかった。
夜になっても……。
「静居、遅いね」
「そうだな……」
静居達の事を心配し始めた葵。
やはり、赤い月の事に関して、知っており、何かあったのではないかと。
不安に駆られた葵を見て、瀬戸は、悟った。
葵は、静居が戻ってこない理由を知っているのではないかと。
「なぁ、葵、静居様に話したいことがあったんだろ?何を話そうとしてたんだ?」
「実は……」
瀬戸は、ついに、葵に問いかける。
静居に、何を相談しようとしていたのか。
葵は、ためらったが、意を決して話すことにした。
だが、その時であった。
「っ!」
光黎が、外を見て、愕然としている。
信じられないと言わんばかりの表情で。
「どうした?光黎」
「そんな、馬鹿な……」
瀬戸は、光黎に問いかけるが、光黎は、気が動転してしまっている。
彼が、そのような状態になるという事は、よほどの事だ。
葵と瀬戸は、慌てて、外を眺めた。
「え?」
外の様子を見た葵は、愕然としてしまう。
なぜなら、夜空に赤い月が出現したから。
血のように真っ赤に染まった。