第百六十一話 失望
「えっと、久しぶりだね。元気にしてたかな?」
「そ、そうだな。葵は?」
「私も、元気だ。少し、忙しいくらいだよ」
「武官になったから、当然だろう」
再会を果たしたというのに、会話がどこかぎこちない。
嬉しいはずなのに、寂しさを感じる葵。
おそらく、瀬戸の様子がおかしい事に気付いたからであろう。
彼は、暗い表情を浮かべている。
本堂から出てきたという事は、静居と謁見したのだろう。
その時に何かあったに違いない。
「静居に用があったの?」
「そうだ。けど……」
葵は、瀬戸に静居に話が会ったのではないかと確認するように問いかける。
瀬戸は、うなずくが、口ごもってしまった。
何かあったのは、確かなようだ。
葵と光黎は、そう確信した。
「何かあったんだな」
「ああ」
「話を聞かせてくれる?」
光黎は、瀬戸に問いかけると瀬戸は正直にうなずく。
葵は、話を聞かせてほしいと懇願し、瀬戸は、静かに語り始めた。
「実は、西地方に妖が出現したんだ。それも、鬼だ」
「鬼か……」
「最近、鬼は、妖達を支配し始めたという噂があったな」
瀬戸曰く、西地方に鬼が出現したらしい。
瀬戸は、討伐隊として、地方に出撃することがあったため、そのような話を聞いたのだろう。
鬼は、妖の中で最強であり、凶悪な一族であると葵も聞いたことがある。
最近になって、鬼が出現したという噂も聞いていた。
しかも、鬼の一族が、妖達を支配し始めたという話も、光黎は聞いたことがあるらしい。
おそらく、自分達に対抗するためであろう。
なぜなら、妖達は、聖印一族により、討伐され、数が減っていたのだから。
鬼の一族は、ここで、妖達を支配し、自分達を滅ぼそうとしているのかもしれない。
「平皇京は、なんとか、無事みたいだ。でも、いつ、滅ぼされるかわからない。だから、静居……静居様に、援護を要請しようとしたのだが……」
西地方と言えば、帝が治めている。
ゆえに、平皇京もいつ、襲われるか、わからない。
瀬戸は、静居に援護を要請したようだ。
ここで、葵は、瀬戸が、なぜか、静居の事を様づけで呼びなおした事が気になった。
以前までは、静居と呼び捨てだったのに。
静居が、聖印寮の大将となった事を意識しているからなのか、それとも、別の理由があるからなのか。
葵には、見当もつかなかった。
いや、今は、それどころではない。
瀬戸が、静居に懇願した後、どうなったかだ。
「静居は、なんて?」
「西地方に配属させる余裕はないって」
「そんな、鬼が出現したのに!」
なんと、静居は、瀬戸の要請を却下したらしい。
西地方に隊士を配属させる余裕はないと。
葵は、愕然とした。
まさか、静居が、西地方の人々を突き放すような言い方をしたとは、思いもよらなかったのであろう。
だが、瀬戸を疑っているわけではない。
彼の表情からして、静居が言ったことは間違いないだろう。
そう思うと、葵は、怒りを抑えきれなかった。
「私が、説得する。だから、大丈夫だ」
「だ、だが……」
「私も、共に行こう」
「ありがとう」
葵は、自分が静居を説得すると瀬戸に告げる。
瀬戸は、躊躇したが、光黎が共に静居の元に行ってくれるようだ。
共に説得してくれるのであろう。
それは、葵にとって心強い。
葵にとって、光黎は、良き相談相手であり、相棒なのだから。
「……頼んでいいか?」
「うん」
「ありがとう、葵」
「それじゃあ、行ってくるよ」
瀬戸は、ためらいながらも、葵に託すことにした。
自分では、どうにもならない。
だが、弟の葵なら、静居を説得してくれる。
そう推測したのだ。
葵は、うなずき、瀬戸に背中を向けて光黎と共に本堂へ入っていった。
「まさか、葵に会うなんてな……」
瀬戸は、葵と会ったことに驚きを隠せなかったようだ。
実は、瀬戸は、葵と会うことを避けていた。
葵が警護隊の武官であり、自分は、討伐隊の隊長だからと言う理由ではない。
聖印一族に関わる深い理由があるのだ。
「葵は、知らないのだろうか。私達の事を……」
瀬戸は、寂しそうにつぶやく。
葵は、知らないようだ。
自分達、鳳城家に関することを。
静居から、知らされていないのかもしれない。
瀬戸は、そう、推測した。
葵は、怒りを露わにしながら、本堂へ入り、静居の部屋へと到達して、御簾を上げた。
「静居」
「ん?どうした、葵」
「光黎まで、何かあったのかしら?」
葵が、突如、部屋に入ってきたことに、静居は、少なからず驚いているようだ。
しかも、光黎までいる。
夜深も、珍しいことがあったと思ってはいるが、驚いている様子はない。
ただ、妖艶な笑みを浮かべている。
光黎は、返答もせず、夜深をにらむように見ているだけであった。
「今、瀬戸に会ったんだ」
「そうか。それで?」
葵は、瀬戸に会った事を静居に報告した。
だが、静居は、葵を冷たくあしらうかのように問いかける。
葵が、何を話しに来たのか、察したからであろう。
ゆえに、あえて、冷たい態度をとってみせたのだ。
葵が、説得しようとも、答えは、同じだと。
「西地方に鬼が出現したというのは、聞いてるの?」
「聞いた。だが、配属する必要性はない」
「なぜ!!」
葵が、珍しく声を荒げる。
静居の心情が理解できないからだ。
鬼が出たのであれば、対策をとらねばならないというのに。
「平皇京には、帝がいる。七大将軍もいるんだ。問題ないだろう」
「そういう問題ではないと思うが?」
「あら、そうでもないんじゃない?」
帝と七大将軍には、妖が封じ込められた宝器を授けているのだ。
その妖達は、強力であるが、扱いが難しい。
だが、彼らは、うまく使いこなせている。
ゆえに、聖印隊士や一般隊士が、いなくとも、妖達を退けてきたのだ。
静居は、その事を知っている為に、隊士達を送り込まなくても、大丈夫であろうと見込んだようだ。
だが、光黎が、珍しく反論する。
相手は、鬼だ。
妖、最強の一族。
一匹仕留めるだけでも、容易ではないのだ。
だからこそ、光黎は、反論したのであろう。
だが、夜深は、大丈夫なのではと言い返し、光黎は、ため息をついた。
話にならないと思っているのであろう。
「じゃあ、もし、帝達の身に何かあったら?平皇京が滅んだらどうするの?」
葵は、静居に問い詰める。
もし、平皇京が滅んだら、それこそ、和ノ国が滅ぶ可能性がある。
静居は、帝と連携を取りながら、妖達と戦ってきたのだから。
帝が、都にいる一般人も、妖達と戦いたいと申していると静居に話してくれたため、静居は、一般人も、隊士に所属させたのだ。
ゆえに、戦力は拡大した。
葵は、その恩を忘れたことはない。
今こそ、恩を返す時だと思っているのであろう。
しかし……。
「お前は、何もわかっていない」
「え?」
「私達の苦労を忘れたか?帝のせいで、我々は、ひどい仕打ちを受けてきた。もし、帝が、鬼に殺され、平皇京が滅んだのならば、それは、天罰が下っただけだ」
静居は、自分達が、聖印一族になる前の事を覚えている。
帝が、自分達の身分を低くしたがために、上級貴族から冷ややかな目で見られてきたのだ。
帝が、自分達の能力を恐れたがゆえに。
静居は、帝が、鬼に殺されたとしても、天罰が下っただけだと吐き捨てた。
帝を恨んでいたようだ。
葵の知らないところで。
「そうよ。これは、仕方のない事だわ。貴方も、そう思うでしょ?」
「どうだろうな。私は、お前とは違う」
「あら、残念」
夜深も、帝が鬼に殺されるのは、仕方がない事だと思っているようだ。
彼らの行いを知っているからなのだろう。
光黎にも、問いかけるが、光黎は、否定する。
それでも、夜深は、にらむことなく、妖艶な笑みを浮かべたままであった。
「葵、お前なら、わかってくれるな?」
静居は、葵に問いかける。
葵なら、自分の気持ちを理解してくれるであろうと。
しかし……。
「失望したよ」
「何?」
静居の予想とは裏腹に、葵は、静居を冷たく突き放した。
静居に失望したのだ。
静居は、眉をひそめた。
怒りを感じたのだろう。
「私は、静居に憧れてたんだ。強くて、優しくて、完璧な静居に。確かに、帝は、私達、聖印一族にひどい事をしたかもしれない。けど、それで、彼らを見捨てるのはおかしいよ」
葵も、帝からひどい仕打ちを受けた事を忘れているわけではない。
だが、恨んでいるわけではないのだ。
それは、静居も同じだと思っていたのだが、違っていたようだ。
どんなことがあったにせよ、帝や平皇京に住む人々を見捨てていいわけがない。
ましてや、自分達の私情をはさめば、彼らを巻き込んでしまう。
関係ない人達まで、命を奪われることになってしまうのだから。
葵は、それが、許せなかった。
「私は、全てを守るために、この聖印を授かった。だから、私が、全て守る!」
葵は、静居の前で、堂々と宣言した。
何があっても、全てを守ると。
「もう、静居には、頼らない。私が、何とかするよ。私が、勝手にやったことだから、何かあったとしても、私が、責任を取るよ」
「私も、協力しよう」
「ありがとう、光黎」
葵は、静居に背を向けて、決意した。
静居に頼らなくとも、鬼を討伐する事を。
平皇京の人々を守る事を。
もし、平皇京の人々が守れなかったとしても、責任を取るつもりのようだ。
これも、静居を巻き込まないための配慮なのだろう。
光黎も、協力すると告げ、葵はお礼を言い、静かに部屋を出た。
「いいの?引き留めなくて」
「勝手にすればいい。無謀な事だ」
「そうね」
この時、静居は、葵に対して、憤りを感じていた。
初めて、自分に反論した葵を憎らしいと思うほどに。