第百五十六話 嫉妬に狂った黄泉の神
夜深の提案に葵は、動揺する。
確かに、光黎に頼めるなら、頼みたい。
だが、光黎は、自分達、人間を嫌っているようなそぶりを見せていた。
本当に、彼は、自分に協力してくれるだろうか。
葵は、不安に駆られていた。
「光の神に、頼むの?」
「ええ。貴方も見たでしょう?光の神の力を」
「うん」
葵は、確認するように、夜深に尋ねる。
夜深は、うなずき、問い返した。
光の神の力は、強力だ。
もし、彼が、仲間になってくれるのであれば、葵と契約を交わすのであれば、どんなに心強いであろうか。
確かに、葵も、光黎に頼みたい。
彼の力が、必要だとも感じている。
しかし……。
「けど、光の神は、協力してくれないのでは……」
「貴方なら、説得できるわ。きっとね」
「夜深……」
不安に駆られる葵に対して、夜深は、優しく、背中を押す。
葵なら、光黎を説得できると。
夜深に励まされた気がして、葵は、心が穏やかになった。
本当に、光黎を説得できるのではないかと感じて。
「光の神は、まだ、この近くにいるわ。まぁ、探しに行くのは明日の方がいいかもしれないわね」
「うん、ありがとう、夜深。静居の事、頼んでいいかな?」
「ええ」
「それじゃあ、お休み」
「お休み」
光黎に会うなら、明日の方がいいと夜深に提案され、葵は、うなずいた。
葵は、体を休め、万全の体調で光黎に会う為に、休むことにし、静居の部屋を去った。
その時だ。
夜深が妖艶な表情を浮かべ、静居に迫ったのは。
「静居、起きてるんでしょ?もう、あの子は、いなくなったわよ」
静居の耳元で囁く夜深。
夜深は、静居が起きている事に気付いているようだ。
静居は、ゆっくりと目を開けるが、夜深をにらんでいる。
相当、怒っているように、夜深は、思えた。
「あら、怒ってるみたいね」
「当たり前だ。なぜ、葵に力を与えた」
静居が、怒っている理由は、自分の許可なしで、葵に力を与えた事だ。
葵を巻き込みたくなかった。
だからこそ、葵が、聖印を授かる事を反対したのだ。
静居に睨まれても、動じない夜深。
怒っている表情も愛おしく思えたからだ。
「貴方を守るためよ。このままだと、貴方は、死んでしまうわ」
「そういう事にしておいてやろう」
夜深は、静居を守るためだと言い訳をする。
静居は、言い訳である事を見抜いてはいたが、それ以上、咎めるつもりはないようだ。
ため息をつきながら、ゆっくりと目を閉じ、再び、眠りについた。
――やっぱり、あの子の事、大事なのね。でも、貴方の本性を知ったら、どうするのかしら。見ものだわ。
夜深が、葵に聖印を与えた本当の理由は、葵を戦いに巻き込むためだ。
静居は、夜深とある計画を立てている。
それは、葵にとって受け入れられないものであろう。
葵が、計画の事を知れば、静居を拒絶するはずだ。
夜深は、葵と静居の仲を引き裂こうとしていた。
――力を手に入れたものは、きっと、真実へたどり着いてしまうはず。静居は、渡さないわよ。葵。
聖印を手に入れ、戦いに身を投じるという事は、自ずと、真実に迫ってしまう。
夜深は、そう、推測しているのであろう。
だからこそ、葵に聖印を与えたのだ。
夜深は、嫉妬していた。
静居に愛されている妹・葵を。
翌朝、葵は、目覚め、すぐさま、身支度を整え、屋敷を出る。
光黎に会いに行くことは、静居には、告げていない。
反対されるとわかっていたからだ。
そのため、葵は、夜深にだけ、光黎に会いに行くと告げ、夜深は、承諾した。
「近くって言っても、どこにいるんだろう」
葵は、あたりを見回す。
夜深は、近くにいるはずだと言っていたが、光黎は、どこにいるのか、詳しいことは、わかっていないようだ。
気配を消しているらしい。
どのように、探せばいいのか、悩んでいた。
その時であった。
「葵?」
「瀬戸」
「どうしたんだ?」
「私は、ちょっと、用事があって……。瀬戸は?」
瀬戸が葵に声をかけ、葵は、振り向く。
瀬戸は、葵が、何をしているのか、気になったようだ。
葵は、用事があると話し、なぜ、屋敷の外にいるのかと瀬戸に尋ねた。
「葵を見かけたから」
「そう、なんだ」
瀬戸が、屋敷を出た理由は、葵を見かけたからだ。
もちろん、妖達が侵入していないか、調べる為、見回りをしていたらしい。
そこで、偶然、葵を見かけたのだろう。
葵は、鼓動が高鳴りそうになる。
瀬戸は、いつも、自分を気にかけてくれる。
こんなにうれしいことはない。
いや、うれしい以上の感情が葵の心を満たしているのを感じていた。
その感情は、何かは、不明だが……。
「外は、危ない。屋敷へ戻ろう」
「私は、戻らない。いや、戻れないんだ」
「なぜだ?」
「……実は」
瀬戸は、葵に屋敷へ戻るよう促す。
だが、葵は、首を横に振ると、瀬戸は、問いかけた。
葵は、答えるべきか、ためらっていたが、瀬戸は、葵の目をじっと見つめている。
やはり、瀬戸に嘘はつけない。
そう、悟った葵は、屋敷を出た理由を語り始めた。
夜深から、聖印を授かった事、そして、光の神・光黎と契約するために、光黎を探そうとしていた事。
もちろん、光の神が、人間を嫌っている可能性がある事も告げて。
「そっか、そういう事だったんだ」
「うん。だから、光黎を探さないと」
葵から話を聞いた瀬戸は、納得した様子を見せる。
葵が、どこへ向かおうとしているのかと心配でならなかったのだろう。
「光の神か。あそこにいるかもしれない」
「あそこ?」
「うん。神聖山って知ってる?」
「知ってる。神がいるって言われてるところだったね」
「神聖山は、光の神が住む山とも言われてるんだ。もしかしたら、いるかもしれないな」
瀬戸は、光黎は、神聖山にいるのではないかと推測したようだ。
なぜなら、神聖山は、光の神が住んでいたという言い伝えがある。
鳳城家の者は、信じてはいなかったが、瀬戸は、信じていたようだ。
夜深の姿を目にし、葵から光黎の事を聞き、確信を得たのだろう。
「わかった。ありがとう。行ってみるよ」
「待って」
「ん?」
葵は、神聖山に向かおうと瀬戸に背を向ける。
だが、瀬戸は、思わず、葵を呼び止めてしまった。
葵は、振り返り、首をかしげる。
何か、話したいことでもあったのだろうかと。
「私も、行く。一人じゃ危ないしな」
「でも……」
「私も、光の神に会いたい。駄目だと言っても、ついていくぞ」
「本当に、強引だな。貴方は」
瀬戸は、葵についていくと言いだす。
葵は、断ろうとするが、瀬戸は、断られても、ついていくと、またもや、強引な事を言いだした。
葵は、あきれてしまうが、どこか、居心地がいい。
それも、笑ってしまうほどにだ。
葵は、承諾し、瀬戸と共に神聖山へ向かった。
葵と瀬戸は、神聖山にたどり着き、山頂を目指す。
光黎が、どこにいるかは、不明だ。
葵は、神聖山にたどり着いた時、感じ取った。
暖かな力を。
そのため、光黎は、神聖山にいると葵は、確信していた。
「だいぶ、登ったな」
「うん。光黎は、どこにいるんだろう……」
葵と瀬戸は、山頂付近まで登ってきている。
だが、光黎の姿は見当たらない。
自分達の存在を感じ、姿を消してしまったのだろうか。
不安に駆られた葵であった。
しかし……。
「私に何か用か」
「光黎」
光黎の声がして、葵は、振り向く。
自分達の背後に光黎は、いたのだ。
おそらく、葵達が、神聖山にたどり着いた時、姿を消したのだが、気になって声をかけたのだろう。
気になった理由は、不明だが。
まさか、背後にいたとは、思いもよらず、葵は、驚くが、光黎に会えたことがうれしくて、思わず、笑みを浮かべる。
光黎は、戸惑うが、ため息を吐き、冷酷な瞳で、葵達をにらんだ。
ここで、瀬戸は、光黎は、本当に、人間を嫌っているのだと、悟った。
「何しに来た」
「私と契約してほしい」
「契約?」
冷たく言い放つ光黎であったが、葵は、契約してほしいと堂々と懇願する。
光黎は、眉をひそめるが、葵の右手の甲へと視線を向ける。
昨日までなかった聖印が、目に入ったのだろう。
「なるほど、あの男と同じ力を手に入れたか」
光黎は、葵が、夜深から聖印を授かった事を悟ったようだ。
ゆえに、光黎は、なぜ、葵が、自分と契約してほしいと懇願したのか、理解した。
「お願いだ。協力してほしいんだ。私は、兄を、人間を、和ノ国を守りたい」
「断る。人間を助けるつもりなどない」
「どうして!!」
葵は、自分の想いを光黎に告げるが、光黎は、冷たく、断る。
なぜ、自分達、人間を助けるつもりはないのだろうか。
なぜ、自分達、人間を嫌っているのだろうか。
葵は、理解ができず、光黎に問いただした。
「人間は、傲慢で、強欲だ。自分の事しか考えない愚かな生き物だ。和ノ国が、このような状況になったのも、人間のせいだ」
「え?」
光黎は、葵の質問に答える。
それも、葵をにらんで。
人間の事を傲慢で、強欲だと思い込んでいるようだ。
確かに、葵も、理解している。
自分の利益になる事しか、考えない者もいると。
葵は、否定したいところではあったが、嫌と言うほど、見てきたのだ。
さらに、光黎は、和ノ国は、人間のせいで、状況が変わってしまったと告げる。
だが、葵も、瀬戸も、見当がつかない。
人間が何をしたというのか。
和ノ国は、以前は、どのような状況だったのか。
「とにかく、立ち去るがいい。私に関わるな」
「まって!!」
光黎は、葵達の前から姿を消そうとする。
葵は、光黎を呼び止めようとした。
だが、その時だ。
突如、葵達の前に、妖達が、現れたのは。
「あ、妖!?」