第百五十一話 未来を見る神の目
翌朝、葵は、目覚め、いつものように、静居の元へ向かう。
だが、部屋に入ると、静居の姿はない。
珍しい事もある物だ。
静居は、いつも、葵を待ち、今日の予定を告げるというのに。
何かあったのではないかと不安に駆られる葵。
だが、それを悟られないように、奉公人や女房達に尋ね回った。
「え?静居様ですか?」
「うん、見かけてないかなって思って」
「申し訳ございません。今日は、見ていません」
「そう、ありがとう」
やはり、誰も見かけていないようだ。
葵は、屋敷内全てを見て周ったが、静居の姿は見つけられず、女房や奉公人達も、どこにいるか知らないという。
朝早く出かけてしまったの言うのであろうか。
――どこに行ったんだろう。誰にも、行先を告げていないのかな……。
静居が、誰にも告げずに、出かけるという事は、珍しい。
今まで、無かった事だ。
もし、一人で出かけるというのであれば、まず、葵に告げ、両親や奉公人や女房に告げるはずだ。
静居は、皇城家の次期当主なのだから、危険な目に合うかもしれない。
ゆえに、何かあった時の為に、必ず、告げるよう父親・千草から、言いつけられていたのだ。
静居の身に何かあったのだろうか。
葵は、不安に駆られ、屋敷を出ようとする。
その時であった。
「葵」
「母様……」
「どこへ行くの?」
静居と葵の母親、皇城舞耶が、葵に声をかける。
屋敷から出ようとする葵を見て、不安に駆られたのだろうか。
心配そうな表情で葵に問いかけた。
「外です。静居の姿が見当たらないので」
「葵にも告げていないの?」
「はい」
葵は、偽ることなく、正直に答える。
舞耶は、驚いた様子を見せた。
やはり、珍しいことなのだろう。
静居が、誰にも告げずに、屋敷を出たというのは。
「どうしたのかしらね……」
「……わかりません。ですが、静居は、見つけます」
「お願いね」
「はい」
舞耶は、ますます、不安に駆られてしまったようだ。
当然であろう。
静居が、どこへ行ってしまったのかは、誰にも、わからない。
葵でさえもだ。
だが、葵は、静居を見つけてくると約束する。
そうすることで、少しでも、舞耶の不安を取り除こうとしているようだ。
葵の言葉を聞いた舞耶は、不安が取り除かれたのか、少し、落ち着きを取り戻した。
「気をつけていってくるのよ」
「はい。行ってきます」
舞耶に分かれを告げ、屋敷を出た葵は、皇城家の敷地外から出た。
舞耶の前では、冷静さを保っていたのだが、それも、感情を押し殺してだ。
葵は、不安に駆られていた。
静居の身に何かあったらどうしたらいいのかと。
葵は、慌ててだし、走り始めた。
その時であった。
「葵」
「せ、瀬戸……」
瀬戸の声が聞こえ、葵は、振り向く。
すると、瀬戸が、慌てた様子で、葵の元へ駆け付けた。
追いかけてきてくれたのだろうか。
「どうした?そんなに慌てて」
「静居が、いなくなったんだよ。だから、探しに行こうと思って」
どうやら、瀬戸は、慌てて敷地外へと飛びだした葵を見て、慌てて駆け付けてくれたらしい。
何かあったのではないかと悟ったのだろう。
葵は、心を落ち着かせるように、息を吐いて、答える。
静居が、いなくなったと。
「そうか、私も、手伝おう」
「いや、貴方の手を煩わせるわけにはいかないよ」
「しかし……」
瀬戸は、静居を探す事を手伝うと言ってくれた。
なんて、優しい人だろうか。
城家の中では、珍しいと言っても過言ではない。
城家のほとんどが、皇城家を軽蔑してきたのだから。
瀬戸は、葵の事を一族として、認めてくれているような気がした。
だが、瀬戸の手を煩わせるわけにはいかない。
もし、この事が鳳城家に知られたら、瀬戸も、咎められてしまうであろう。
そう思うと、瀬戸に手伝わせるわけにもいかず、葵は、断った。
だが、瀬戸は、心配してくれているようだ。
しかし……。
「瀬戸!」
「父上……」
鳳城家の当主であり、瀬戸の父親が、怒鳴り声を上げて瀬戸の名を呼ぶ。
葵は、一瞬、びくっと体が跳ね上がった。
何も悪いことをしているわけではない。
だが、罪悪感に苛まれそうになったのだ。
瀬戸は、冷静さを保ちながら、振り向いた。
瀬戸の父親は、冷酷なまなざしで、葵と瀬戸をにらみつけていた。
「何をしている?」
「静居殿が見当たらないそうなので、葵殿と一緒に探しに行こうかと」
父親は、瀬戸を問いただす。
鳳城家の次期当主であろう者が、皇城家の人間と関わっているというのが、気に入らないのであろう。
葵は、瀬戸が、どう答えるのか、気になった。
正直に答えるのだろうか。
そうなったら、どうなるかは、目に見えていた。
だが、瀬戸は、冷静に正直に答えた。
静居がいなくなったため、葵と共に探しに行くと堂々と宣言して。
「皇城のものなど、どうでもいいだろう。ましてや、あの気味悪い若造など、放っておけばいい」
「父上!!」
父親は、怒鳴る事も、咎める事もしなかったが、静居の事を罵ったのだ。
兄弟である葵の前で。
葵の心は傷つき、うつむいてしまう。
そんな葵を見た瀬戸は、怒りを露わにした。
許せるはずがないのだ。
同じ一族だというのに、なぜ、そのようなことが言えるのか、理解できずに。
「なんだ?違うのか?誰もいないのに、誰かと話しているらしいじゃないか。神と話しているとでもいいたいのだろう?神などいないというのに」
「……」
父親は、さらに、静居を侮辱する。
確かに、静居は、誰もいないのに、誰かと話しているかのように呟いている。
だが、葵は、神と対話をしているのだと、信じていた。
傍から見れば、神などいない。
幻聴だと言いたいのであろう。
瀬戸は、何も言えなかった。
彼も、神などいないと、思っているようだ。
葵は、絶句し、言葉が出てこなかった。
「行くぞ、瀬戸」
「お、お待ちください、父上!!」
「行ってください。瀬戸」
「葵……」
父親は、瀬戸を連れていこうとした。
それでも、反発する瀬戸。
だが、葵は、耐え切れなくなり、瀬戸に行くよう告げた。
それも、悲しそうに。
「もう、私達に、関わらないほうがいいです」
「……ごめん」
「ふん、わかればよい」
葵は、自分達と今後関わらないほうがいいと告げる。
瀬戸は、謝罪し、葵に背を向けた。
自分の言動が葵を傷つけてしまったのだと、悟って。
二人のやり取りを見ていた瀬戸の父親は、平然としながら、歩き始める。
瀬戸は、葵から遠ざかるように歩き始めた。
一人、取り残された葵は、こぶしを握りしめた。
「私に、力があれば……」
葵は、常に思っていた。
もし、自分にも力があれば、静居を侮辱されずに済んだのにと。
悔しくて、悔しくてたまらない。
怒りでどうにかなりそうだ。
その時であった。
「っ!!」
葵は、突然、ふらついてしまう。
すると、ある場面が頭の中をよぎった。
それは、獄央山から大量の妖達が、発生し、瞬く間に、屋敷に侵入し、城家の者、女房や奉公人が無残にも殺される姿であった。
「い、今のは……」
葵は、荒い息を繰り返しながらも、心を落ち着かせる。
先ほどのは、未来で起こる事だと察した。
葵は、未来を見る力がその身に宿っていたのだ。
皇城家の人間は、「神の目」と呼んでいる。
だが、葵は、その力が嫌いだった。
なぜなら、静居を支える力ではないから。
今日までは。
葵は、恐怖をぬぐうように、頭を振り、獄央山を見る。
獄央山から、妖は、出現していない。
だが、遠い先の未来ではない。
すぐ起こる事ではないかと、葵は不安に駆られた。
「葵!!」
「せ、瀬戸。なぜ……」
瀬戸は、葵の元へ駆け付ける。
それも、息を切らして。
なぜ、瀬戸が自分の元へ戻ってきたのか、理解できない。
葵は、戸惑いながらも、瀬戸に問いかけた。
「君が、心配で来たんだ。やっぱり、探しに行こう」
瀬戸は、葵が心配で駆け付けに来てくれたようだ。
しかも、父親を振り切ったのだろう。
どこまでも、自分の事を気にかけてくれる。
葵にとっては、うれしい事だ。
だが、そうも言っていられなかった。
「駄目だ」
「え?」
葵は、首を横に振り、瀬戸は、戸惑ってしまった。
断られたと勘違いしているのであろう。
だが、そうではない。
葵は、不安に駆られた様子で、瀬戸を見た。
「瀬戸、ここから、逃げた方がいい」
「え?何?どうしたの?」
葵は、瀬戸に逃げるよう告げる。
妖達がここへ到達する前に、瀬戸達を逃がさなければならない。
そう、判断したのであろう。
だが、瀬戸は、何があったのか、わからないため、困惑している。
葵は、神の目の事を瀬戸に告げるべきか迷っていた。
また、軽蔑されるかもしれない。
信じてもらえないかもしれない。
どうすればいいのか、葵は、葛藤していたが、心を落ち着かせるために、息を吐く。
決意したのだ。
瀬戸に、全て、話すと。
瀬戸を守るために。
「お、落ち着いて、聞いてほしいんだ。実は……」
葵は、瀬戸に説明する。
大量の妖達が、現れ、屋敷へ侵入し、人々を殺すと。
しかし……。
「いやあああああああっ!!」
「っ!!」
女性の叫び声が聞こえる。
葵と瀬戸は、振り返ると、目を見開き、体を震わせていた。
なんと、大量の妖達が、獄央山から出現したのだ。
葵が見た未来が、現実となってしまった瞬間であった。