第百四十八話 父と子
口移しを終えた柚月は、綾姫から、離れる。
目覚めてほしいと願いながら。
すると、命の雫を飲んだ綾姫は、ゆっくりと目を開けた。
まだ、視界が定まっていないんか、ぼんやりとしているようだ。
「綾姫様!!」
「良かった……」
綾姫が目覚め、夏乃、初瀬姫は、涙を流す。
瑠璃も、安堵した様子を見せ、涙ぐんでいた。
憑依を解かれた美鬼、真登、九十九も、嬉しそうだ。
他の仲間達も、安堵したようで、笑みを浮かべていた。
一時は、綾姫が死んでしまったのではないかと不安に駆られたからであろう。
「私……生きてる?生きてるのね……」
「ああ。生きてる」
綾姫は、柚月に尋ねる。
一度は、死を覚悟していたからかもしれない。
柚月は、綾姫の問いに答えた。
一筋の涙を流しながら。
綾姫が助かってよかったと安堵しながら。
「ごめんなさい……」
「俺の方こそすまない。本当に、良かった」
綾姫は、柚月達に謝罪する。
心配をかけてしまった事と反省しているのであろう。
だが、柚月も、謝罪する。
自分をかばったが為に、綾姫が、危険な目に合ってしまったのだ。
柚月は、綾姫を抱きしめた。
彼らのやり取りを見ていた朧達は、嬉しそうだ。
心の底から、喜んでいるのだろう。
だが、その時だった。
奥の壁が、光り始めたのは。
「なんだ?」
「壁が……」
突如、壁が光り始めた事に対して、柚月達は、戸惑いを隠せない。
何が起こっているのだろうかと。
壁が、一瞬にして消え始め、成平が、現れる。
まるで、成平が、今まで、壁と化していたように。
成平が出現したと同時に、もう一つ部屋も、出現する。
柚月達を待っていたようだ。
「ま、まさか、鳳城成平?」
「その通りだ。ようやく、会えたな」
透馬は、戸惑いながらも、成平に尋ねる。
本当に、成平なのかと。
成平は、穏やかな表情でうなずいた。
どうやら、目の前にいる成平は、本物の成平のようだ。
幻帥が、化けていたわけでも、幻でもない。
魂だけの存在となった成平が、ようやく、柚月達の前に姿を現したのだ。
「ずっと、壁に変化してたって言うのかい?」
「我が兄を、守るためにだ。だが、お前達なら、幻帥を倒してくれる。そう、信じていたぞ」
「待って、我が兄って?」
和泉は、成平に問いかける。
消えてしまった壁は、成平が、変化していたのかと、確認するかのように。
成平は、うなずき、答えた。
幻帥が、ここを訪れた時、危険を察知して、壁に変化したようだ。
成平の兄を守るために。
だが、ここで、柚月達は、違和感を覚える。
成平が言う兄とは、誰のことなのだろうか。
その疑問を解消するために、和巳は、問いかけた。
「私は、鳳城瀬戸の弟だ」
「え?瀬戸の弟?」
成平は、自身は、瀬戸の弟だと答えた。
これには、さすがの柚月達も、驚きを隠せない。
まさか、瀬戸と成平が、兄弟だとは、思ってもみなかったようだ。
驚きと同時に柚月達は、ある疑問が浮かんできた。
「じゃ、じゃあ、なんで、お兄さんを……」
時雨が、おどおどした様子で尋ねる。
成平が、瀬戸の弟だというのなら、なぜ、成平は、瀬戸を裏切り者として、処罰したのだろうか。
守る事はできなかったのだろうか。
成平は、少し、ためらいながらも、静かに語り始めた。
「瀬戸は、私に告げたのだ。裏切り者呼ばわりされている自分を殺せば、英雄と称され、鳳城家は救われると。私は、止むおえず、瀬戸を殺した……。鳳城家の為に……」
成平が、瀬戸を処罰したのは、瀬戸が、自分を殺すよう、成平に懇願したからだ。
裏切り者を処罰すれば、英雄と称されると。
昔、鳳城家は、位が低く、大将にもなれないほどだった。
鳳城家の位を上げるべく、瀬戸は、裏切り者と呼ばれている事を利用して、死を選んだのだ。
殺されるくらいなら、鳳城家の為に、命をささげようとしていたのかもしれない。
「私は、後悔していた。兄を守るべきだったのに……」
「成平……」
成平は、ずっと、後悔していたのだ。
兄であるはずの瀬戸を守らなければならなかったのに。
鳳城家を優先させてしまったのだ。
罪を犯してしまったと思い込んでいる。
千年もの間、苦悩していたのだろう。
そう思うと、柚月達は心が痛んだ。
「だから、私は、瀬戸の魂とお前を守ると決めたのだ。お前を導くためにな。柚月」
「ありがとう。成平」
成平は、罪を償う為に、死して、魂だけの存在となった時、この地下で柚月と瀬戸を見守り続けていたのだ。
今度こそ、守ると決意して。
柚月は、瀬戸だけでなく、成平にも、守ってもらっていた事を知り、感謝の言葉を述べた。
「さあ、行くがいい。瀬戸は、この奥で眠っている」
「ああ」
成平は、柚月達を奥の部屋へといざなう。
奥で瀬戸が眠っていると。
柚月達は、うなずき、奥の部屋へと入っていくが、泉那だけは、とどまっていた。
成平も、柚月達が、部屋へ入ってくのを見守った。
「これで、やっと、罪を償える。さらばだ。瀬戸……」
成平は、天井を見上げ、目を閉じる。
すると、成平の魂は、光を纏い始めた。
まるで、消滅しようとしているようだ。
成平は、わかっていたのだろう。
自分の役目は、終わったと。
泉那も、それを知っていたからこそ、とどまったのだ。
成平の最後を見届ける為に。
瀬戸に別れを告げた成平の魂は、光の粒となって、消滅した。
彼の最後を見届けた泉那は、その場から消え去る。
再び、聖印京を守るために。
成平が消滅したことに気付いていない柚月達は、部屋の奥へ入ると眠りについている瀬戸の魂を目にした。
「この人が、鳳城瀬戸、なんだよな……」
「みたいだな」
瀬戸は、穏やかな表情で眠っている。
柚月と同じ、漆黒の髪であり、柚月よりも、背が高いようだ。
柚月に似ているところがあり、大人びた様子だ。
朧が、眠っている男性が、瀬戸である事を確認すると柚月は、うなずいた。
おそらく、感じているのだろう。
なぜかは、わからないが、わかるようだ。
親子だからかもしれない。
柚月は、瀬戸の魂に触れた。
すると、瀬戸の魂は、光り始めた。
「っ!!」
光り始めた途端、柚月達は、驚愕し、下がる。
何が起こっているのか、状況を把握できないようだ。
光が、止むと、瀬戸は、ゆっくりと目を開ける。
そして、瀬戸は、起き上がり、柚月達の前に立った。
柚月達は、ようやく、瀬戸に会えたのだ。
「ようやく、会えたようだな」
「貴方が、鳳城瀬戸?」
「そうだ。私に聞きたいことがあるのだろう?話してごらん」
瀬戸は、柚月に優しく語りかける。
まるで、父親のようだ。
瀬戸は、気付いているのであろう。
目の前にいる青年が、自分の子なのだと。
「俺の、母上の事が知りたいんだ。俺の母上は、誰なんだ?」
柚月は、瀬戸に問いかける。
自分の母親が何者何かを知りたいのだ。
鳳城家の人間だったのか。
あるいは、別の一族だったのか。
これは、勝吏でさえも、いや、鳳城家の当主でさえも、伝えられていないようだ。
「お前の母親の名は、葵。皇城葵だ」
「ええ!?」
「葵?」
柚月に問いかけられた瀬戸は、意外な人物の名を口にする。
なんと、柚月の母親は、皇城葵だというのだ。
これには、さすがの柚月も、朧達も、驚きを隠せない。
だが、光焔だけは、「葵」と呟いていた。
何かを感じ取ったかのように。
「こ、皇城葵は、静居の弟でごぜぇやすよ!!」
「何かの間違いじゃないの?」
「でも、同じ名だったって事もあり得るんじゃないのかい?」
高清も、和巳も、戸惑いながらも、瀬戸に問いかける。
皇城葵は、皇城静居の弟と歴史上では、語られている。
ゆえに、柚月の母親と言う事は、あり得ないのだ。
だが、和泉は、静居の弟と同じ名であった女性もいたのではないかと推測する。
柚月達は、瀬戸へと視線を向け、答えを待った。
「そうか。お前達は、知らないのだな。葵の事を」
「どういう事だ?」
「葵は、男装をしていたんだ。静居を支えるために。だから、歴史上では、弟となっている」
瀬戸は、葵について語り始める。
なんと、葵は、男装をしていたのだ。
兄である静居を支えるために。
ゆえに、歴史上では弟と記録されているが、葵は、正真正銘、静居の妹であり、柚月の母親なのだ。
しかし、なぜ、葵は、男装をしていたのだろうか。
女性である事を隠す理由が見当たらない。
「瀬戸。教えてほしいのだ。わらわは、葵の事、もっと知りたいのだ。わらわも知らなければならない気がするのだ」
「いいだろう」
光焔は、瀬戸に葵のことについて教えるよう懇願する。
気になっているようだ。
葵の名を聞いた時、光焔は、何かを思いだそうとしているのかもしれない。
葵の事を知れば、自身についても、正体を知る可能性があるのではないかと。
瀬戸は、うなずき、承諾した。
「私の術で、夢へといざなおう。そして、お前の力で、過去を見るんだ」
「俺が?」
「そうだ」
瀬戸は、術により、柚月達を眠らせ、さらに、柚月の夢の力を発動させることにより、葵の過去を見せようとしているようだ。
かつて、九十九と椿の過去を見た時と同じように。
彼は、柚月の力さえも、知っているらしい。
戸惑う柚月であったが、瀬戸は、冷静に答えた。
「わかった」
柚月は、承諾する。
彼も、知りたいのだ。
葵の事を。
瀬戸は、術をかけ始めた。
術をかけられた瞬間、柚月達の瞼が、重く感じた。
まるで、眠りにつくかのように。
そして、眠りにつく間際に、柚月は、夢の力を発動する。
葵の過去を見る為に。
自身の出生の秘密を知るために……。