第百四十六話 幻を打ち消すほどに
幻帥の本体と分身が一気に柚月達に襲い掛かる。
柚月達は、分かれて、各個撃破となったが、相手は神だ。
しかも、それぞれの個体が、同じ戦闘の力を持っている。
ゆえに、何人もの幻帥が、一度に現れたと言っても、過言ではないのだ。
柚月達は、苦戦し、劣勢を強いられていた。
「これ、まずい状況、だよね……」
「これでは、皆、全滅してしまう……」
「どうしたらいいのだ……」
柚月、光焔、柘榴、真登、春日、初瀬姫、時雨、透馬が、幻帥の本体と死闘を繰り広げていたが、戦力が分散され、連携がうまく取れない。
幻帥の幻術にかかっているわけではないが、幻帥に斬りかかるが、空を切ったような状態だ。
斬りかかる直前に、幻帥は、幻影を生み出し、回避してしまうのだ。
まるで、分身と相手をしているような感覚に陥る。
このままでは、全滅してしまう。
柘榴も、春日も、光焔は戸惑いを隠せず、柚月達は、不安に駆られていた。
――本体を倒さないことには、どうにもならないっすよ!!
「けど、こんなんで、倒せると思う?」
――そ、それは……。
柘榴に憑依した真登は、本体を倒さなければ、長期戦になり、全滅も免れない。
そう感じているのであろう。
だが、この状況では、幻帥に打ち勝つ方法が、見いだせないのだ。
柘榴は、冷静な反応で、真登に問いかける。
真登は、口ごもり、答えることができなかった。
「こやつは、分身を倒しても、生みだすはずじゃ……なんとかせねば……」
今は、朧達が、幻帥の分身の相手をしてくれている。
幻帥は、二柱しか、分身を生み出せないようだ。
だが、分身を倒しても、幻帥は、分身を生み出してしまうであろう。
本体を討伐しなければ、勝ち目はない。
柚月は、神威空浄・光刀を発動し、光速移動で、幻帥に斬りかかるが、幻帥は、斬られる直前に、幻帥を生み出し、回避してしまう。
しかも、幻帥は、柚月の背後に回った。
「柚月!危ない!!」
透馬が、とっさに叫び、柚月が振り向く。
だが、回避する間もなく、幻帥が、錫杖を刀に変えて、柚月を貫こうとしていた。
その時だった。
泉那の幻が、幻帥に向かっていき、幻帥は、とっさに回避したのは。
そのおかげで、柚月は、助かったのだ。
誰が、柚月を助けたのか、全員、気付いており、柚月達も、幻帥も、振り向いた。
「あ、あれは……もしかして……」
「んもう、遅いですわよ!!」
「本当だぜ」
透馬は、驚きを隠せず、初瀬姫は、腰に手を当てて怒っているようだ。
時雨も、やれやれと感じながらも、嬉しそうに呟く。
それほど、苦戦していたという事なのだろう。
だが、同時にほっとしているはずだ。
なぜなら、泉那が、復活したのだ。
綾姫と瑠璃のおかげで。
「ごめん、待たせたわね」
『ごめんなさい。けど、綾姫達を怒らないであげて』
綾姫と泉那は、謝罪しながら、駆け付ける。
瑠璃は、朧達の方へ加勢しに行ったようだ。
綾姫達も焦燥に駆られていたのだ。
早くしなければ、柚月達が、全滅してしまうと。
だが、冷静さを保ちながら、治療に取り掛かったため、泉那の傷は、ふさがった。
時間は、かかってしまったものの、彼女達のおかげで、完全に復活を遂げた泉那は、柚月達を守るように、前に出た。
『ほほう、復活なさいましたか』
『ええ』
幻帥は、笑みを浮かべながら、泉那に語りかける。
神が、増えたところで、状況は変わらないと言いたいのであろう。
こちらは、三柱の神が、相手なのだから。
だが、泉那は、焦燥に駆られた様子を見せない。
冷静さを保っているようだ。
たとえ、不利な状況であったとしても。
『ですが、貴方は、私に勝てません。先ほども、私の分身を前に、敗れたではありませんか』
『そうね。でも、彼らとなら、負ける気がしないわ』
先ほど、泉那が幻帥に敗れたのは、幻帥が、変幻出没で二柱の分身を生み出し、泉那は、それに、ほんろうされてしまったからだ。
だが、今回は、柚月達がいる。
連携をうまくとれば、分身さえも、打ち破り、幻帥に勝てるはずだ。
そう、確信しているのであろう。
『あなただけで、私を倒せないとは』
『なんとでもいいなさい。過信すぎても、足元を救われるだけよ』
『負け犬が!』
幻帥は、神である泉那が、人間の力を借りて、自分に勝とうとしている事をあざ笑っているようだ。
だが、罵られても、冷静さを保っている泉那。
彼女に対して、幻帥の方が怒りを露わにしたようだ。
自分が、泉那と人間に負けるはずがない。
これは、戯言だと。
幻帥は感情任せに、泉那に襲い掛かった。
『これなら、どうかしら?』
『やりますね。さすが、と言ったところでしょうか?』
泉那は、明鏡止水で幻を生み出す。
幻達が一斉に現れ、二柱の分身へと向かっていく。
これで、朧達の状況は変わるだろう。
そして、柚月達にとっても、状況が変わっていくはずだ。
泉那が、味方となってくれるのだから。
「泉那、助かった」
『私こそ、助かったわ。ありがとう』
柚月は、泉那にお礼を言う。
彼女のおかげで柚月は、救われたのだ。
もしかしたら、命を落としていたかもしれない。
だが、それは、泉那も、同じ。
柚月達が、駆け付けてくれたからこそ、殺されずに済んだのだ。
「今度こそ、幻帥を倒すのだ!!」
「そうだな!!」
柚月達は、構える。
今度こそ、幻帥を討伐するために。
柚月達は、泉那と共に、向かっていった。
『甘い!!』
幻帥は、衝撃波を発動する。
だが、泉那が、鏡花水月を発動して、泉の盾を生み出し、衝撃波を防ぐが、それでも、防ぎきれず、衝撃波は、分散されながらも、柚月達に襲い掛かろうとした。
柚月も、八咫鏡と八尺瓊勾玉を駆使して、衝撃波を跳ね返し、吸収した。
さらに、続けざまに、光焔が、神の光を発動する。
神の光を浴びた幻帥は、目がくらみ、目を閉じてしまう。
その隙に、柚月が、神威空浄・光刀を発動するが、幻帥は、とっさに回避する。
どうやら、幻を生み出す間もなかったようだ。
やはり、泉の神がいてくれるだけで状況は変わる。
心強いと感じる柚月達であった。
「甘いのは、お前の方なのだ!わらわ達は、負けるはずがないのだ!!」
『ちっ!!』
神が参戦した所で、状況が変わるわけがない。
勝つのは、自分だ。
そう、確信していた幻帥は、追い詰められている。
光焔の言う通り、甘かったのだ。
たかが、人間ごときと思ったのであろう。
連携さえ、崩せるはずだと。
幻帥は、錫杖を刃と化し、柚月達に斬りかかろうとする。
だが、幻帥は、背後から、槍で貫かれてしまう。
何が、起こったのか、状況を把握できな幻帥。
なんと、柘榴が、霧脈を発動して、姿を消し、幻帥の背後に回っていたのだ。
「残念。見えなかったね」
――神でも、柘榴の霧脈は、有効みたいっすね!!
『私を欺けるとは!!』
柘榴の霧脈は、神でさえも、欺けてしまう。
いや、幻帥は、気付いていなかったのだろう。
柘榴が、姿を消したことさえも。
それほど、過信していたのだ。
一人増えようが、負けるはずがないと。
ほんろうされた幻帥は、怒り任せに、錫杖を柘榴に向けて、振り下ろした。
しかし……。
「こいつでどうだ!!」
「まだまだ、行くぞい!!」
透馬が、聖生・岩玄雨を、春日が、空鳥乃羽を発動し、無数の岩玄と刃と化した羽が、幻帥に向かって降り注ぐ。
幻帥は、岩玄と羽を全て切り裂くが、時雨が、跳躍し構える。
先ほどのは、おとりだったのだ。
それに、気付いた幻帥は、とっさに、回避しようとするが、時雨の葉碌が、幻帥の錫杖に巻きついた。
「こいつで、終いだ!!」
『ちっ!!』
時雨が、木葉乱舞を発動する。
刃と化した葉が、幻帥を切り刻む。
幻帥は、錫杖を振り回し、強引に、葉碌から逃れるが、劣勢を強いられたようなものだ。
泉那が、加勢しただけで、状況が一変してしまうのだから。
『私をなめるなぁ!!』
「なめてないわ。皆、全力よ!!」
幻帥が、感情任せに、錫杖を振り上げ、柚月達を薙ぎ払おうとするが、綾姫が、結界・水錬の舞を発動し、防ぎきる。
もちろん、泉那が、力を送ってくれたおかげで、防ぎきれたのだ。
これで、幻帥は、衝撃波を発動しても、柚月達に傷を負わせることは不可能に等しいであろう。
今の綾姫が発動した結界は、今までで、一番強力なのだから。
「行って!!」
「ああ!!」
柚月、光焔、そして、泉那が、幻帥に向かっていく。
先陣を切ったのは、泉那だ。
水を全身に纏って、懐に飛び込み、幻帥を貫く。
その名は、背水之陣と言う。
幻帥は、うずくまるが、これで、終わるはずがない。
光焔が、草薙の剣にふれ、神の光を送り込む。
柚月は、光焔と共に、神威空浄・光刀を発動した。
『ぐはああっ!!』
「分身が……」
ついに、幻帥が、絶叫を上げ、片膝をつく。
柚月達は、幻帥を追い詰めたのだ。
追い込まれたがために、幻帥が、生み出した分身も、瞬く間に消滅し、朧達は、難を逃れた。
ここまで、追い込めば、幻帥を消滅に追い込むことができる。
誰もが、そう思っていた。
しかし……。
『こ、こうなれば、お前を!!』
「兄さん!!光焔!!」
幻帥は、力を振り絞り、柚月と光焔に向かって衝撃波を放った。
朧達は、柚月達を助けようと駆け付けに行くが、幻帥は、変幻出没を発動して、二柱の分身を生み出し、彼らの行く手を阻んだ。
柚月は、光焔を連れて、光速移動で、回避しようとするが、衝撃波はどこまでも、追ってくる。
このままでは、光焔を巻き添えにしてしまう。
危機を感じた柚月は、光焔を強引に後ろへ押し出し、八咫鏡を手にした。
防ぎきるつもりだ。
しかし、綾姫が、とっさに柚月の前に立ち、結界・水錬の舞を発動しようとするが、衝撃波をもろに受けてしまい、柚月と共に吹き飛ばされた。
「綾!!」
柚月は、綾姫を抱きかかえる。
綾姫は、重傷を負い、意識を失ってしまった。