第百四十一話 誰も知らない彼の事
静居と夜深を倒すことを決意した柚月達。
柚月の出生を知るため、鳳城瀬戸について調べることとなった。
柚月の父親である瀬戸なら、何か知っているはずだ。
彼の身に宿った力について。
なぜ、光焔を取り込むことができたのかを。
空巴は、静居の行方を探るため、聖印京を離れ、李桜は、平皇京を守るため、結界を張り、泉那は、聖印京を守るために、結界を張った。
これで、聖印京も平皇京も人安心と言ったところであろう。
後は、謎を解くだけだ。
初瀬姫は、書庫にて、鳳城瀬戸に関する書物を読み漁っていた。
どれも、出鱈目な暗号で記録されているため、高清、春日、要達に手伝ってもらって。
しかし……。
「うーん、無いですわね……」
「これでも、なさそうじゃ」
正直に言って、鳳城瀬戸に関する書物は、一切ない。
千年前の記録を読み漁ってもだ。
前後の書物にも、載っていない。
初瀬姫も、春日も、お手上げ状態のようだ。
「お主らは、見つかったか?」
「駄目でござる」
「やはり、詳しい事は、載っていないでごぜぇやす」
春日は、高清と要に尋ねるが、彼らも、瀬戸に関する書物を見つけていないらしい。
なぜ、瀬戸に関することが一切載っていないのだろうか。
静居が、記録を消し去ったのか、あるいは、記録に残さなかったのか、どちらかだと言えるが……。
「鳳城瀬戸、一体どのような方なのかしら……」
「さあの……わしらも、初めて聞いたからの」
瀬戸の事は、高清達でさえも、知らなかったらしい。
勝吏の手紙でその名を知ったのだ。
もし、裏切り者であるならば、この書庫にある書物に記録されている。
そう、確信し、初瀬姫と共に調べていたのだが、予想に反して、彼に関する記録は、見つからなかった。
「裏切り者、と言う事はわかったでござるが、それ以上、詳しい事は、わからぬでござるなぁ」
「そうですわね……」
瀬戸に関してわかった事は、鳳城家の当主であり、聖印一族を裏切ったという事のみだ。
それも、聖印一族に関する書物から、やっと、見つけられたわけであり、それ以上の事は、記されていない。
瀬戸の事を知るには、まだ、時間がかかりそうだ。
それでも、彼らは、あきらめてはいなかった。
柚月の為だ。
柚月は、過酷な状況に陥りながらも、懸命に、生きようとしている。
ゆえに、初瀬姫達も、柚月の為に、瀬戸の事を調べようと、書物を読み漁った。
綾姫は、夏乃から、話を聞いている。
勝吏の手紙の内容を知った時、夏乃は、父親から、柚月のことについて、尋ねてみたのだ。
その結界を綾姫達に話しているらしい。
柘榴も、真登も、呼ばれ、話を聞いていた。
「それじゃあ、なつなつのお父さんも、知らないってことか」
「はい。勝吏様に頼まれて、時の封印を解いたようです」
夏乃曰く、夏乃の父親は、勝吏に、封印を解くように、命じられただけであり、柚月が、封印されていたとは、知らされていなかったようだ。
ゆえに、夏乃の父親は、心底、驚いたらしい。
まさか、柚月が、封印されていたとは、思いもよらなかっただろう。
「柘榴、なつなつは、お止めください。何度も、言ったでしょう」
「え~、いいじゃん」
「よくありません」
夏乃は、柘榴に、「なつなつ」と呼ぶのをやめるよう、促す。
どうやら、なつなつは、「夏乃」の事らしい。
またもや、奇妙な呼び方をする柘榴に対して、あきれている夏乃であったが、柘榴は、やめるつもりはないらしい。
たまに、自由奔放になる柘榴に対して、夏乃は、ため息をついていたが、綾姫がなだめた。
気持ちは、痛いほど、わかるのだが。
「けど、どうやって、封印を維持したんだろう」
「そうよね。千年も、封印を維持できると思えないわ」
柘榴は、気になっていたことがあったようだ。
それは、万城家が、千年も時の封印を維持できたことだ。
時限・時留めは、時を止めることができる。
だが、それは、範囲も限られており、長時間の発動は難しい。
ゆえに、どのような方法で千年もの間、時を止めていたというのであろうか。
綾姫も、思考を巡らせたが、答えは出てきそうになかった。
「夏乃、その事については、何か、聞いていますか?」
「父上から、聞いた話なのですが、柚月様は、本堂の地下の奥に封印されていたそうです」
美鬼は、夏乃に尋ねる。
封印を解いたとなれば、封印について、少しでも、何か知ったことがあったのではないかと。
そこから、鳳城瀬戸、または、柚月のことに関して何かわかるのではないかと、考えたのだろう。
夏乃は、美鬼の問いに静かに答えた。
柚月は、本堂の地下に封印されていたらしい。
それも、奥に。
「地下ってことは、千里が封印されていた場所よりも、奥ってことっすか?」
「そうみたいですね。鳳城家の地下から、行ったと聞いております」
本堂の地下と言えば、かつて、千里が、封印されていた場所だ。
あの場所よりも、奥に柚月が封印されていたということになる。
しかし、あの場所から奥に通じる道はない。
行き止まりだったはずだ。
どうやって行けば、たどり着けるかは、不明なため、夏乃も、父親から聞かされたときは、半信半疑だったという。
だが、父親が言うには、鳳城家の地下から、柚月が、封印されていた場所に向かったらしい。
柚月は、本当に、本堂の地下に封印されていたようだ。
誰もが、そう思っていた。
「何者かが、術により、封印を維持した形跡があったようです」
「じゃあ、万城家の聖印を発動し続けていたって事?」
「はい。ですが、誰が、どのように維持していたのかは、わからなかったようです」
さらには、千年も封印が維持されていたのは、術によるものらしい。
つまりは、万城家の聖印・時限・時留めを発動し続けていたことになる。
一体、誰が、そのようなことをしていたのだろうか。
受け継いできたのか、それとも、別の方法で、千年も、維持してきたのか。
父親曰く、勝吏の命令に従い、聖印を発動しただけで、封印が解けたのだというから、相殺されたのかもしれない。
「相当の術の使い手ってことだね」
「強い聖印を持っていたのもあるかもしれませんね」
わかった事は、相当の術の使い手、あるいは、強い聖印の持ち主だという事だ。
そうでなければ、つじつまが合わない。
だが、それ以上の事は、綾姫達も、不明であった。
情報が少なすぎるのだ。
瀬戸に関しても、柚月に関しても、時の封印のことに関しても……。
「もう少し、何かわかればいいんだけど……」
もう少し、情報が集まれば、自ずと答えは見えてくるはず。
だが、今は、その情報を集める事さえも、一苦労だ。
綾姫達は、正直、途方に暮れていた。
景時、透馬、和巳、和泉、時雨は、蓮城家の屋敷で調べている。
蓮城家の屋敷には、妖に関する書物、歴史、医学などの書物が取り揃えてある。
もしかしたら、何か、見つかるかもしれないと思い、調べていたのだ。
しかし……。
「さすがに、残ってなさそうだな」
「うん、でも、柚月君のお母さんって誰なんだろうね」
「名前も、知らないみたいだしなぁ」
やはり、瀬戸に関する情報は載っていないらしい。
それどころか、柚月の本当の母親の名も、知らないのだ。
勝吏でさえも知らなかったという事は、彼女のことについては、伝えられていないのだろう。
彼女は、何か、秘密をかけ変えていたようだ。
「裏切り者扱いされたってことは、何か重大な秘密を知ったのかもしれないねぇ」
「そ、それで、静居が、歴史の闇に葬られたってことですか?」
「かもしれない」
瀬戸に関することは、裏切り者である事以外は、一切載っていない。
なぜ、裏切り者扱いされているのかも。
おそらく、重大な秘密を知ったが故の事なのだろう。
静居に関することではないかと、踏んでいるようだ。
ゆえに、彼に関する記録は、一切、処分されたとみて間違いないだろう。
静居なら、やりかねない。
自分を守るためなら、卑劣な手を使う男なのだから。
「うーん、やっぱり、あの人に聞いてみるしかないかな」
「あの人って、誰だい?」
「人って言うか、妖なんだけどね」
「な、なるほど、あの方ですね!!」
景時いう「あの人」とは、誰のことなのだろうか。
和泉は、見当もつかないようで、景時に尋ねた。
景時は、妖に尋ねようとしているらしい。
それを聞いた時雨は、「あの人」とは、誰なのか、わかったようだ。
透馬、和巳、和泉は、まだ、わかっていないようで首を傾げた。
景時は、誰に聞こうとしているのだろうか。
景時は、透馬達を連れて、光城に赴く。
そして、光城で床に臥せっている笠斎の元を訪れた。
景時が言っていた「あの人」とは、笠斎の事だったのだ。
景時は、笠斎に、鳳城瀬戸について問いかけた。
「へぇ。それで、わしに聞こうと思ったのか」
「貴方は、神や妖についても知ってたからね。聖印一族についても、わかるんじゃないかって」
笠斎は、神や妖について、熟知している。
いや、知り過ぎているくらいだ。
ゆえに、景時は、聖印京の歴史を深く知っているのではないかと思い、尋ねたという。
「なるほどな。だが、わしは、何も知らんのだ。その男については」
「そっかぁ……」
「知っておるのは、光の神くらいだからな」
笠斎は、鳳城瀬戸について知らないようだ。
笠斎さえも、知らないとなると、お手上げ状態だ。
光の神が、知っていると言うが、その光の神は、どこにいるかも不明である。
ゆえに、景時達も、手詰まり状態であった。
月読は、勝吏の部屋で遺品整理をしていた。
たった一人で。
女房達が手伝うと告げたのだが、月読が断ったのだ。
一人でやりたいと。
「こんなものも、持っていたのか、あの人は……」
月読は、小包から勝吏の遺品を手にして眺めている。
扇、書物と言った必需品から、月読からもらった文なども入っている。
大事にしてくれていたのだと、月読は、改めて感じ取っていた。
その時だ。
月読が何かを感じ取ったのは。
「ん?これは……」
月読は、小包の底に触れる。
底には、術印が刻まれていた。