第百三十九話 勝吏
「うっ!!ぐぅっ!!」
「父上!!」
「息子をかばったか。愚かだな」
勝吏は、苦悶の表情を浮かべる。
柚月は、目を見開いて、驚いていた。
誰が、予想できたであろうか。
勝吏が、柚月をかばうなど。
あの状況で、誰も柚月を助けられなかったというのに。
勝吏は、口から血を吐く。
それでも、静居は、容赦なく、勝吏を見下し、刀を引き抜こうとした。
しかし、勝吏が、静居の腕をつかんだ。
「なっ!!」
静居は、驚愕し、動揺した。
強引に、引き離そうとしたが、勝吏は、決して、放さない。
たとえ、激痛が勝吏を襲ったとしてもだ。
「これで、勝ったと思うなよ?静居!!」
「き、貴様!!」
勝吏は、笑みを浮かべて、静居に告げる。
何かをしようとしているかのようだ。
静居は、悪寒に背筋が走り、引き離そうとするが、勝吏は、放すわけもなく、振り向いて、柚月達の方へと視線を向けた。
「柚月!!今だ!!」
「はい!!」
「柚月!!」
勝吏が、静居を捕らえた理由は、静居に一矢報いるためだ。
だが、静居を刺しても、再生してしまう。
それでも、柚月なら、できるであろうと、勝吏は、信じていた。
柚月は、草薙の剣を手にする。
そして、光焔は、草薙の剣にふれ、神の光を発動した。
神の光が、草薙の剣に流れ込む。
神の光で、静居の再生能力を打ち消そうとしているのだろう。
柚月と光焔は、同時に、畳を蹴り、静居に向かっていった。
「「おおおおおおおおっ!!」
柚月と光焔は、雄たけびを上げながら、静居に向かっていく。
それも、光の速さで。
柚月は、異能・光刀を発動したのだ。
静居は、勝吏を押しのけ、無理やり、引き抜き、防ぐ。
勝吏は、仰向けになって倒れ込むが、その間に、柚月と光焔が、静居に突きを放った。
『静居!!』
夜深が、静居を助けようと術を発動しようとするが、九十九と千里が、夜深に斬りかかる。
夜深は、二人の刀をはじいたがために、術を発動する事ができなかった。
静居は、深淵を前に出し、防ぎきろうとする。
だが、草薙の剣が、深淵とぶつかり合った時、深淵にひびが入り、真っ二つに割れた。
柚月と光焔は、静居を草薙の剣で貫いた。
「ぐっ!!」
静居が、苦悶の表情を浮かべる。
それでも、柚月は、決して、草薙の剣を引き抜こうとしなかった。
「これで、終わりだ!!」
「がはっ!!」
柚月は、静居を貫いたまま、神威空浄・光刀を発動する。。
静居の体に激痛が走り、静居は、血を吐いた。
柚月は、草薙の剣を引き抜き、光焔を守るように、後退する。
静居は、前のめりになって倒れかかるが、夜深がすぐさま、静居を支えた。
『静居……』
「し、深淵が……」
夜深は、不安に駆られた様子で、静居を見る。
静居は、真っ二つに折れた深淵を目にし、手を震わせた。
深淵が、折れた為、深淵・楽園が、発動できないのだ。
ゆえに、静居は、再生能力を失った。
柚月達は、静居に向けて刀を向ける。
静居達は、今度こそ、追い詰められてしまった。
「て、撤退するぞ!!」
『わかったわ!!』
追い詰められた静居は、ついに、撤退を決意する。
夜深は、静居を抱え、術を空に向けて発動する。
暴れまわっている千草と村正に撤退を伝えるためであろう。
術を見た村正は、千草に伝え、千草は、村正を抱えて、聖印京から飛び去った。
彼らと死闘を繰り広げていた空巴は、息を切らしながら、安堵する。
人間とは言え、全ての聖印をその身に宿していた千草は、人間とは思えないほどの力であり、驚異的であったからだ。
夜深は、静居と共に姿を消す。
これで、聖印京は、解放されたのだ。
しかし……。
「父上!!」
「父さん!!」
「勝吏様!!」
柚月達は、勝吏の元へと駆け付ける。
勝吏は、弱弱しい呼吸を繰り返している。
すでに、撫子が、神薙の力を発動して、治療に取り掛かっているが、傷口が塞がらず、血が止まらなかった。
「今、助けるのだ!!」
「もう、良い。私は、もうじき死ぬ」
「何をおっしゃっているのですか!!あなたは、死なせません!!」
光焔も、光を発動し、治療に取り掛かる。
何度も、神の光を発動し、体はとうに限界を超えている。
それでも、光焔は、決して、弱音を吐くことなく、勝吏を助けようとしたのだ。
だが、勝吏は、死を覚悟している。
月読は、勝吏にあきらめるなと叱咤した。
「違うんだ。あきらめてるわけじゃない。わかるんだ。静居は私に呪いをかけた。死の呪いを……」
「そんな……」
勝吏が、死を覚悟していたのは、あきらめたからではない。
感じ取っていたからだ。
静居が、勝吏を貫いた時、死の呪いをかけた事を。
ゆえに、勝吏は、静居に一矢報いる為に、力を振り絞って、静居を捕らえたのだ。
月読は、愕然とし、畳の上に手をつく。
もう、勝吏は、助からないのだと悟って。
それでも、光焔と撫子は、治療を続け、牡丹は、祈った。
勝吏が、助かるようにと。
「柚月、朧、月読、お前達に、話したいことがある」
勝吏は、意識が朦朧としながらも、柚月達に語りかけた。
「お前達を巻き込んですまなかった。椿の事も……」
「俺は、巻き込まれたなんて思っていません!」
「俺もです!!」
勝吏は、謝罪した。
後悔しているのであろう。
息子達を危険な目に合わせた事を。
そして、椿の運命を狂わせてしまった事を。
普通の青年として、普通の女性として、過ごさせたかった。
勝吏は、それを願っていたのだ。
だが、聖印をその身に宿し、彼らは、戦いに身を投じることになってしまった。
それも、何度も、傷つきながら。
柚月も、朧も、巻き込まれたなどと思っていない。
自分の意思で決めたからだ。
「優しいな。お前達は……」
勝吏は、柚月達に微笑みかける。
救われた気がしたからであろう。
柚月達は、咎めようとはしなかったから。
「柚月、お前に話さなければならないことがある」
「何でしょうか……」
「お前は……私と月読の、本当の子ではないのだよ」
「え?」
「にい、さんが?」
勝吏は、衝撃的な言葉を柚月に告げる。
柚月は、勝吏と月読の子ではないのだと。
つまり、朧と同じように、二人とは血がつながっていないというのだ。
柚月も、朧も、呆然としてしまった。
その場にいた九十九達も。
「な、何をおっしゃってるんですか、勝吏様!柚月は、私と勝吏様の子です!!私が、生んだんです!!今でも覚えてます!!」
「そうだぞ。俺も、柚月が生まれたことを知ってる!皆に祝福されただろう!」
月読は、動揺を隠せず、声を震わせながら、反論する。
柚月は、自分と勝吏の子だと。
月読は、おなかを痛めて、柚月を生んだのだ。
その感動は、今でも、覚えている。
自分の子が、生まれたのだ。
忘れるはずがない。
虎徹も、動揺しながらも、反論した。
柚月は、鳳城家の跡取りとして、聖印一族から、祝福されたのだ。
それなのに、なぜ、勝吏は、柚月は、自分達の子ではないと告げたのだろうか。
柚月達には、理解できなかった。
「その通りだ。月読、虎徹。でもな、本物の柚月は、生んだ後すぐになくなったんだよ」
「え?」
勝吏は、さらなる真実を告げる。
本物の柚月は、生まれた後に亡くなってしまったと。
月読は、信じられなかった。
柚月が、亡くなったなど、記憶にない。
柚月は、目の前にいるのだから。
柚月達は、言葉を失った。
状況を把握できずに……。
「月読。私の小包の中に、手紙が入っておる。それを読んでみなさい。全て、わかるはずだ」
勝吏は、月読に告げた。
自分の部屋にある小包を開けるようにと。
その小包の中に、手紙が入っているようだ。
おそらく、柚月の出生に関することが記されているのであろう。
月読は、何も言えず、体を震わせた。
何が、真実なのか、理解できずに……。
「柚月、朧。お前達は、私達と血はつながっていない。だが、それでも、私は、お前達の事を息子だと思っている」
「それは、俺もです」
「そうですよ、父さん」
勝吏は、声を振り絞るかのように柚月と朧に告げる。
たとえ、血がつながっていなくとも、息子である事に間違いはないのだと。
それは、柚月も、朧も、同じだ。
血はつながっていなくとも、本物の家族になれる。
勝吏と月読の事を両親だと思っているのだ。
今も、変わらず……。
「月読……今まで、辛い思いをさせてすまなかったな……」
「そんな、私は……。貴方の妻で、幸せでした。今だって……」
勝吏は、月読に謝罪した。
月読に苦労をかけてしまったと思っているのだろう。
月読は、鳳城家に嫁ぎ、冷たい視線を浴び、陰口まで言われたことがある。
それでも、月読は、一度も、鳳城家に嫁いだことを後悔していなかった。
なぜなら、勝吏の妻で射られて幸せだったからだ。
月読は、その事を涙ながらに勝吏に告げた。
「ありがとう……愛してるぞ……」
勝吏は、最後に力を振り絞るように柚月達に告げる。
そして、一筋の涙をこぼして、ゆっくりと、目を閉じた。
「勝吏様?勝吏様!!」
「父上!!」
「父さん!!」
柚月達は、勝吏に呼びかける。
だが、勝吏は、目を開けようとしなかった。
勝吏は、息を引き取ったのだ。
柚月達は、そう、悟り、愕然とした。
「いやああああああああっ!!!」
月読は、泣き叫んだ。
それでも、勝吏が、目を開けることはなかった。