第百三十五話 再会を果たした母と娘
柚月達は、勝吏、虎徹と死闘を繰り広げている。
柚月の光刀と勝吏の雷刀が何度もぶつかり合った。
火花を散らして。
光焔の援護もあって、追い詰められていなかった。
「ほう、少しは、まともに戦えるようになったではないか」
「あの時は、本気を出していませんでしたからね」
「光焔をわざと捕らえさせるためにか?」
「……そうです」
柚月が、本気を出さなかったのは、相手が、勝吏出会ったからと言う事もあるが、光焔をわざと捕らえさせるために、力を抜いていたのだ。
それが、自身に傷を負うことになっても。
だが、今は、聖印を発動させ、勝吏と向き合い、死闘を繰り広げている。
たとえ、勝吏を傷つけてでも、勝たなければならないと覚悟を決めているからだ。
「ですから、父上、俺は、本気で戦います!」
「来るがいい!!柚月!!本気を見せてみろ!」
柚月は、ついに、光速移動で間合いを詰める。
勝吏は、反応できず、柚月は、刀を振るった。
勝吏の腕は、斬られ、血が流れる。
柚月は、本当に、覚悟を決めているようだ。
勝吏は、そう、感じ取り、柚月に襲い掛かった。
朧も、虎徹と死闘を繰り広げている。
虎徹が、異能・重鉄を発動し、全身を鉄と化し、朧に殴りかかるが、朧は、それを回避しながら、虎徹を切り裂こうとする。
九十九と千里を傷つけないためだ。
だが、虎徹の皮膚は、固く、はじかれてしまった。
「千里、大丈夫か?」
――……も、問題ない。お前は、大丈夫か?
「うん」
朧は、千里の身を案じる。
虎徹の異能・重鉄は、一撃が重い。
朧は、身をもって体験している。
神刀に変化した千里でさえも斬れないという事は、相当なのだろう。
千里は、大丈夫だと言うが、どこか、苦しそうだ。
衝撃を受けたからなのかもしれない。
ここは、千里を元に戻すべきかと迷ったが、虎徹に対抗するには、彼らの力が必要だ。
ゆえに、朧は、千里を握りしめ、彼らと共に戦うことを改めて決意した。
しかし……。
――朧!来るぞ!!
九十九が、気配、いや殺気を感じたのか、朧に告げる。
すると、虎徹が、朧に向かって、生里を振るい、朧は、とっさに、後退し、それを回避する。
憑依化のおかげで、免れたのだ。
「よけたか。さすがに、憑依は厄介だなぁ」
「九十九達を憑依させないと、師匠に勝てませんからね」
「そうか」
虎徹は、ため息交じりに呟く。
朧の憑依は、虎徹の異能に対抗できる。
いや、かろうじてと言ったほうがいいかもしれない。
それほど、虎徹は驚異的だというのだ。
さすがは、柚月と朧の師だ。
そんな彼とこのような形で対峙しなければならないのは、非常に、辛く、残念な事だ。
朧は、改めて、静居に対して、怒りを覚えた。
「だが、残念だが、お前さんは、負けるよ」
虎徹は、自分が勝利すると確信を得ているらしい。
今の朧では、自分の異能に通用しないと言いたいのであろうか。
虎徹は、生里を振るい、朧が、餡枇と千里で対抗する。
餡枇を前に出して、生里をはじこうとするが、その衝撃は重く、はじかれてしまい、生里が、朧の首を捕らえようとしていた。
一方、柚月も、光速移動で、勝吏を斬りつけようとするが、なぜか、勝吏は、柚月の光速移動に反応し、防ぎきってしまった。
おそらく、静居が、力を与えているのであろう。
勝吏は、柚月の草薙の剣をはじき、雷渦が、柚月の体を捕らえた。
「柚月!朧!」
光焔が、神の光を発動し、勝吏と虎徹は、目がくらみ、後退した。
だが、正気を取り戻した様子はない。
やはり、今は、神の光も通用しないという事だ。
それでも、柚月達は、光焔に助けられた。
光焔が、いなければ、自分達は、命を奪われていたかもしれないのだから。
「すまない」
「助かった」
「う、うむ……」
「やはり、一筋縄ではいかないか……」
「けど、やるしかない。だろ?」
「ああ……」
光焔に、助けられた柚月と朧。
だが、これで、わかったことがある。
自分達の聖印能力は、勝吏と虎徹に通用しない。
それは、静居が、力を与え、強化しいるからであろう。
静居は、夜深の力を送っているに違いない。
ゆえに、勝吏も、虎徹も、危険が及んでいる可能性がある。
そう思うと、柚月達は、戦い、勝吏と虎徹を取り戻すしかなかった。
柚月達は、勝吏達に向かっていく。
勝吏達は、不敵な笑みを浮かべて、柚月達に襲い掛かった。
撫子と牡丹も、月読、矢代と死闘を繰り広げている。
ほぼ互角の戦いだ。
どちらかが、劣勢を強いられているわけではない。
だが、撫子は、牡丹の事が気がかりなようで、矢代から目をそらしてしまう。
矢代は、その隙をついて、撫子に襲い掛かるが、撫子は、とっさに、神薙で、防ぎきった。
「ちょっと、よそ見してんじゃないよ。あんたの相手は、あたしだよ」
「わかっております……。ですが……」
矢代に指摘されてしまう撫子。
撫子も、わかっていた。
矢代の相手をしなければならないと。
だが、妹の牡丹の事が気がかりなのだ。
牡丹の相手は、月読。
椿の育ての母親だ。
母親同士の対立は、撫子も心を痛ませていたのであった。
牡丹は、月読と死闘を繰り広げている。
どちらも、引けを取らない。
牡丹は、一度、月読から距離をとった。
月読は、冷酷な瞳で、牡丹をにらんでいた。
「なぁ、月読はん。いつまで、洗脳されてるつもりなんや?」
「静居様の為に、命を捧げてるだけだ。洗脳されてなどいない」
「それを、洗脳されてるって言うんやで?」
牡丹は、月読にいつまで、操られているつもりだと疑問を投げかけるが、月読は、洗脳されているつもりはないと言い切った。
牡丹は、反論するが、月読は、黙ったままだ。
反論するつもりなどないのだろう。
このやり取りは、不毛だと言いたいのだろうか。
「元に、戻り。あの子が、椿が、悲しんどるで」
「もう、椿はいない。殺されたんだ、妖狐に。お前も、知っているだろう」
「知っとるよ。でも、あんさんは、まだ、知らんのや」
「何がだ?」
牡丹は、月読に元に戻るよう、説得を試みる。
椿の為を想って。
だが、月読は、椿は、殺されたのだから、いないと言いきってしまう。
彼女は、まだ、知らないのだ。
椿が、妖に転生した事を。
ゆえに、牡丹は、まだ、月読は、何も知らないのだと告げ、月読は、眉をひそめて、問いただした。
苛立ちを隠せないようだ。
「椿に会えるんやで」
「椿に?」
ついに、牡丹が、明かす。
椿に会えるのだと。
月読も戸惑っていたが、矢代も戸惑っているようだ。
矢代も、椿の相談相手をよくしていた。
ゆえに、椿に会えると聞き、戸惑いを隠せないのだろう。
矢代も、戸惑う。
「ば、馬鹿な……。椿は、死んだんだ。いや、私が、殺したんだ!!」
「あんさん、ずっと、責めとったんやなぁ……。自分の事……」
月読は、体を震わせ始める。
椿が死んだのは、九十九が殺したからだと思っていないからだ。
椿が、自身の出生に気付いていたと知り、九十九と椿の過去を知り、責め続けていたのだ。
自分が、椿の運命を狂わせてしまったのだと。
牡丹は、月読が、自分を責め続けた事を始めて気付いた。
「嘘だ!!嘘だ嘘だ嘘だ!!」
月読は、半ば泣き叫ぶように、体を震わせる。
だが、その時だ。
月読が、感情に任せて、術を発動し、牡丹に襲い掛かろうとしていた。
「あきまへん、牡丹!!」
術が、牡丹に迫ろうとしている。
術と言うよりも、鋭利な刃のようだ。
このままでは、牡丹が切り裂かれてしまう。
そう思った撫子は、牡丹を助けに行こうとするが、矢代に遮られてしまう。
術が、牡丹に迫ろうとしていた。
しかし……。
――やめて!!
「っ!!」
何者かが、牡丹の前に、術を発動し、月読が発動した術を相殺させた。
牡丹と月読は、衝撃を受けたかのように、目を見開いていた。
なんと、彼女達の前に現れたのは、椿であった。
「つ、椿……なぜ……」
――妖に転生したんです。今は、そちらに行けないから、術の力を使って見えるようにしてるだけですけど……。
「なぜ、なぜ、妖に……」
椿が姿を現したことに戸惑いを隠せない牡丹。
椿は、姿を見えるように術を発動したのだと答えた。
一種の幻影術のようなものなのだろう。
今、彼女は、黄泉の乙女として、生きている。
ゆえに、樹海からは、出られない。
もちろん、遠くからでも、術は発動できるらしく、そのおかげで牡丹は、救われたのだ。
月読は、体を震わせていた。
なぜ、椿が、妖に転じてしまったのか、理解できないからだ。
彼女の運命を狂わせてしまったのだと、改めて、思い知らされるほどに……。
――決まってます。会いたかったから。
「え?」
――皆に、もう一度、会いたかったから。だから、妖に転生したんです。
椿は、妖に転生した本当の理由を明かす。
もちろん、柚月達を助けたいと思ったのは、嘘ではない。
だが、本当の理由は、柚月達に会いたかっただけなのだ。
月読も、牡丹も、戸惑いを隠せない。
まさか、会いたいからと言う理由で妖に転生したとは、思いもよらなかったのであろう。
椿は、微笑み、話を続けた。
――お母様、元に戻ってください。私、お母様に戻ってほしいの。大好きなお母様に……。牡丹お母様も、それを願ってる。だから……。
「椿……」
「つく……よみ……」
椿は、想いを月読と牡丹に告げる。
月読から、ひどい仕打ちを受けた。
だが、それでも、母親である事に変わりはない。
育ての母親だったとしてもだ。
だからこそ、椿は、月読を心の底から愛していたのだ。
今なら、そう思える。
月読は、椿に想いを伝えられ、涙を流した。
そして、矢代も。
妹が、自責の念から解放されたと感じ、涙を流したのだ。
そして、二人は、解放された。
静居と夜深の呪縛から解き放たれたのだ。
牡丹も、初めて、「お母様」と呼ばれ、涙を流した。
これほど、うれしいことはないのであろう。
「二人が、意識を取り戻した……。解放、されたんどすなぁ……」
撫子も涙を流していた。
椿の想いが、彼女達に伝わったからなのであろう。
二人が、解放され、椿は、微笑んでいた。
涙を流しながら。
「すまなかった。牡丹」
「ええで。よく、戻ってくれました。あんさんも、矢代はんも」
月読は、頭を下げる。
傷つけてしまった事を悔いているようだ。
自力で、解放されたからなのか、操られていた記憶が残っているのだろう。
牡丹は、月読を咎めるつもりなどなかった。
月読も、矢代も、悪くないのだから。
それどころか、戻ってくれたことを心の底から喜んでいた。
「ありがとう、椿……」
――はい。あの子達をお願いします。
牡丹は、椿にお礼を言う。
椿は、うなずき、柚月達の事を託し、消えていった。
術が解かれたのであろう。
椿に託された撫子達は、涙をぬぐった。
今は、泣いている場合ではない。
聖印京を取り戻さなければならないと感じて。
「行くで。柚月はん達を助ける為に!」
撫子達も、本堂へと向かった。
柚月達を助ける為に。
そして、聖印京を取り戻すために。