第百二十話 第二次聖妖大戦
柚月達にとっては、予想外の展開だ。
まさか、静居が、攻めてくるとは、予想もしなかったであろう。
本来なら、聖印京から獄央山にたどり着くには、何日もかかるのだが、おそらく、静居は、神々、そして、妖達の力を使って、移動しているはずだ。
これは、柚月の推測だが、静居は、柚月達が、大戦を仕掛ける事を知り、逆手に取って、大戦を仕掛けようとしているのであろう。
空巴曰く、死掩達も、千草も、村正も、静居と共に進軍しており、平皇京の隊士達も、進軍しているとのこと。
このままだと、囲まれてしまう。
柚月達は、すぐさま、出撃する必要があった。
「ほう、あっちから仕掛けてきやがったか。だが、好都合だな」
笠斎は、焦燥に駆られた様子は見せず、逆に、好都合だと言ってのける。
その表情は、余裕と言わんばかりだ。
笠斎は、どうやって、乗りきるつもりなのであろうか。
「空巴、静居達が、獄央山付近まで来たら、知らせてくれ!こっちも出撃する」
「ちょ、ちょっと待て。そんな事したら、囲まれてしまうぞ!」
笠斎は、逆に、静居達が獄央山付近まで、迫ってくるまで隊士するようだ。
柚月は、慌てて、反論する。
柚月の言う通り、もし、待機などしていたら、すぐにでも、囲まれてしまう。
そうなれば、追い詰められたも同然だ。
ここは、すぐにでも出撃する必要がある。
柚月は、そう言いたいのであろう。
「だろうな。だがな。問題ねぇんだよ」
「けどな……」
笠斎は、囲まれたとしても、問題ないと発言する。
策があるのだろう。
それでも、柚月は、不安に駆られていた。
本当に、大丈夫なのかと。
だが、その時だ。
朧が、柚月の肩に手を置いたのは。
朧は、笠斎の様子を察したらしい。
柚月とは違い、落ち着いた表情を見せていた。
「兄さん、笠斎に任せて大丈夫みたいだよ」
「え?」
「皆を見てみなよ」
朧は、笠斎の案を受け入れていいと発言する。
朧に促され、柚月は、妖達の表情を伺う。
皆、不安に駆られた様子はない。
それどころか、余裕のようだ。
おそらく、妖達は、笠斎からすでに作戦の事を聞かされているのであろう。
ゆえに、妖達は、誰も、笠斎に反論しようとしない。
信じ切っているのだ。
笠斎の事を。
「わかった。任せるぞ」
「おうよ」
柚月も、朧達と同様に、笠斎に任せることにした。
きっと、笠斎なら、命を奪わずとも、大戦を乗り切ってくれると。
静居が、どのような策を仕掛けたとしてもだ。
柚月達は、笠斎に従い、神々と戦うのみ。
「頼んだぜ。空巴」
『了解だ』
笠斎は、改めて、空巴に頼む。
空巴は、承諾し、一度、会話は途切れた。
静居の動向を探り始めたのだろう。
彼らが、獄央山付近まで、たどり着くまで。
「静居が、向かってるってことは、今は、俺達を見抜くことは、できないよな?」
「ええ、そうね」
柚月は、ある事に気付く。
それは、静居が、自分達の様子を見られないという事だ。
進軍しているという事は、見ている暇などない。
ただただ、獄央山に進むのみであろう。
ならば、今なら、作戦を立てられるはずだ。
いや、見抜かれていたとしても、柚月達にとっては、どうってことはなかった。
「よし、なら、誰が、どの班に着くか話そう」
柚月は、話し始める。
誰が、どの班に着くか。
朧達は、静かに、聞いていた。
柚月の話を聞き終えた朧達は、反論せず、受け入れた。
いや、むしろ、納得しているようだ。
さすが、柚月と言う者もいた。
果たして、柚月は、どのように分けたのであろうか。
作戦を立てているうちに、空巴から静居が、獄央山まで迫ってきているとの報告を受ける。
柚月達は笠斎達と共に、深淵の門を潜り抜け、獄央山の前にたどり着いた。
今回、撫子達は、光城で待機してもらっている。
理由は、危険だからと言うのもあるが、それでは、撫子達は、納得するはずがない。
ゆえに、柚月は、撫子達には、もしものことがあれば、自分達をすぐに、光城まで、運んでほしいためと告げたのだ。
撫子が所持する神薙には治癒能力が備わっている。
牡丹が所持する日輪に宿っている獅子なら、柚月達を光城へと運んでくれるであろう。
そう説明すると、撫子達は、納得してくれたようで、承諾してくれた。
遠くからではあるが、東から聖印隊士、西から平皇京の隊士達が、迫ってきている。
しかも、聖印隊士は、妖を引き連れているではないか。
本来なら、窮地に陥っている状態であろう。
だが、どういうわけか、柚月達は、焦燥に駆られた様子はない。
なぜなら、笠斎の事を信じているからであった。
「まさか、ここまで迫らせるとはね~」
「本当、かなり、追い詰められた状態ですわね。これ」
静居達が、迫ってきているのが見えるというのに、景時も、初瀬姫も、不安に駆られた様子を見せていない。
景時は、いつものように、にこやかな表情を浮かべている。
初瀬姫は、景時の態度を咎めようともしない。
あきれてはいるものの。
切羽詰まった状態ではないという事なのであろう。
「まぁ、策はあるって言うんだから、任せれば?」
「けどさ。どうやって、突破しろって言うんだい」
和巳は、久々に、お得意の片目を閉じて、語りかける。
だが、和泉は、ため息交じりに返答した。
それもそのはず、東から聖印隊士、西から平皇京の隊士達が攻めてきている。
もはや、取り囲まれたも同然だ。
しかも、死掩達の姿は見えても、静居達の姿は見当たらない。
隊士達の背後にいるのであろう。
高みの見物と言ったところだろうか。
自分達が、殺されるのを見届けるつもりなのだろう。
「なに、任せろ。心配いらねぇさ」
笠斎は柚月達の前に出る。
現状を目の当たりにしても、焦るどころか、笑みを浮かべているようだ。
この大戦は、自分達が勝利すると確信を得ているのだろうか。
「柚月、わしが合図したら、神々の所へ向かってくれ。わしも、向かう」
「わかった」
笠斎は、柚月に指示する。
何やら仕掛けるつもりのようだ。
もしかしたら、笠斎は、この状況を望んでいたのかもしれない。
柚月は、うなずき、笠斎に従う事とにした。
静居は、隊士達を進軍させる。
神々や妖達の力を借りて、時間をかけずに、すぐに、到達できた。
柚月達が、深淵の界から出ずに、隊士来ているとは予想外ではあったが、こちらとしては好都合がいい。
柚月達が、逃げ場を失えば、後は、殺すのみなのだから。
「あらあら、ここまで、来ちゃったわね」
「そうだな。だが、問題ない。あいつらを一気に殺す!」
夜深は、笑みを浮かべて、静居に語りかけるが、静居は、歯を食いしばり、形相の顔を見せ始めた。
それも、こぶしを握りしめ、体を震わせながら。
自分の目的を柚月達に利用され、一矢報われたのが、屈辱的だったのだろう。
怒りを抑えきれないようだ。
「怖い顔してるわね。よっぽど、悔しかったのね。まぁ、その気持ち、わかるけど」
静居の様子をうかがっていた夜深は、静居の心情を察する。
夜深も、あの場にいたからだ。
黄泉の乙女に真実を明かされ、利用された。
ゆえに、静居は、黄泉の乙女にとって、一番大事な柚月を殺したい。
黄泉の乙女を絶望の底に陥れたいと願っているのだと、夜深は、心情を読み取っているのだ。
――あの女、あたしの静居に……。
黄泉の乙女に憎悪を抱いているのは、静居だけではない。
夜深もだ。
夜深にとって、静居は、相棒と言う存在ではない。
愛情いや、それ以上の感情を抱いている。
彼を独占したいと願うほどに。
その静居を黄泉の乙女は、ほんろうした。
夜深は、許せないのだ。
全てを奪ってやりたいと思うほどに。
「アイツハ、イルノカ?」
「うーん、どうなんだろうね。ねぇ、静居、いるの?」
千草は、遠くを見渡そうとしている。
彼が、探しているのは、柚月であろう。
葵によく似た男である柚月を。
村正は、千草の肩に乗って、覗き込むが、人ばかりで見えない。
静居なら、勘付いているのではないかと予想し、静居に問いかけた。
「……いるみたいですよ。ですが、こちらの指示があるまでは、動かないでください」
「……ワカッタ」
静居は、柚月がいるとわかっているようだ。
だが、そうなれば、千草は、すぐさま、柚月の元へ飛びかかり、殺そうとするかもしれない。
いや、千草は、隊士達を巻き込む可能性がある。
それでは、せっかくの戦力を削ぎ落してしまう。
たとえ、捨て駒だったとしても、貴重な戦力だ。
ゆえに、静居は、千草に、指示があるまで待機するよう命じ、千草は、唸りながらも、承諾した。
『主、いかがいたしましょうか?』
「あなた達も、待機して。空巴達が来たら、彼らの相手でも仕上げなさい」
幻帥は、夜深に尋ねる。
夜深は、死掩達を待機させた。
確かに、柚月達を確実に殺さなければならないが、それは、隊士達がやってくれるだろうと推測している。
問題なのは、空巴達だ。
もう、封印はできない。
ゆえに、厄介だ。
彼らの相手も死掩達にはしてもらわなければならない為、待機するよう命じた。
『いい、実にいい!封印できぬのなら、殺してしまおうぞ!』
『ケケケ!いいねぇ、その方が、楽しめそうだ!』
戦魔も、死掩も、笑みを浮かべている。
空巴達を殺すつもりだ。
完全に、消滅させれば、もう、自分達を止める事はできない。
柚月達なら、尚更だ。
ゆえに、死掩達は、空巴達が、来るのを待つことにした。
「さて、そろそろ、始めるか」
静居は、前に出る。
大戦を始める為に。
夜深達は、不敵な笑みを浮かべていた。
「行くぜ、おめぇら!!」
笠斎も、前に出る。
大戦に勝つために。
自分達の未来を守るために。
柚月達は、うなずき、構えた。
「かかれ!」
「暴れてこい!!」
静居と笠斎が、同時に、叫ぶ。
こうして、第二次聖妖大戦が、幕を開けた。