第百八話 真の妖
光焔を静居の元へ差し出した後、勝吏達は、部屋を去る。
静居に命令されたわけでもなく。
まるで、操り人形のようだ。
光焔は、そう感じたが、振り返る間もなく、静居が、迫ってきている。
恐ろしく感じるほどに。
「わ、わらわをどうするつもりなのだ?」
光焔は、体の震えが止まらない。
恐怖で気が狂いそうだ。
静居が何を企んでいるのか、わからないからだ。
自分は、殺されてしまう。
そう予想していたのだが、静居の不敵な笑みからは、真意が読み取れない。
殺害以上に、恐ろしい事をするのではないかと思うほどに。
「あら、震えてるわ。怖がってるのね、可愛い」
震えている光焔を目にした夜深は、嬉しそうに微笑んでいる。
先ほどまで、忌々しいと憎んでいたのに。
怖がっていると知ると、愛おしく思えてきたのであろうか。
これでは、ますます、何を企んでいるのか、わからない。
静居は、何をしようとしているのだろうか。
「何、お前を殺しはしない」
「なら、なぜ、わらわを……」
静居は、光焔を殺すつもりはないらしい。
読み通りであったが、やはり、真意は、読み取れない。
光焔は、体を震わせたまま、尋ねる。
すると、静居は、下を向いて、体を震わせている。
笑っているのだ。
笑みを抑えきれなくなったのか、笑い始めた。
光焔は、ますます、意味が分からなかった。
「貴様には、妖になってもらう」
「妖?わらわは、妖だぞ?」
静居にしては、突拍子もない事を言いだす。
光焔を妖にすると言いだしたのだ。
だが、光焔は、妖だ。
正体を偽っているわけではない。
それなのに、静居は、自分を妖にすると宣言する。
気が狂っているわけではない。
静居は、いたって、冷静だ。
ゆえに、ますます、恐怖が押し寄せ、光焔は、困惑した。
「ふふ、そうよね。説明を付け加えるわ。貴方は、真の妖になってもらうのよ」
「真の?」
夜深が、説明を付け加える。
だが、「真の妖」と言うのは、どういう意味なのだろうか。
自分は、妖ですらないと言いたいのだろうか。
「貴様は、普通の妖ではない。いや、妖ですらないだろう」
「何を言って……」
静居は、光焔は、妖ではないと言い切る。
光焔は、混乱した。
自分が、妖ではないとしたら、一体、何者なのか。
ただでさえ、最近、自分の正体が、わからなくなってきたというのに、これでは、混乱するばかりだ。
「まぁ、そのことに関しては、貴方は、知らなくていいわ。だって、知る必要もないもの」
自分の正体について知りたいと願い、光焔は、問いただそうとするが、彼が質問する前に、夜深は、光焔の正体を明かすつもりはないと答える。
知る必要がないと言って。
静居と夜深の言葉が理解できず、光焔は、後ずさりし始める。
だが、静居と夜深は、光焔に迫る。
光焔を「真の妖」にするつもりなのだろう。
「そ、そんな事をしてどうするつもりなのだ!?」
光焔は、静居達に問いかける。
自分を「真の妖」にして、何をするつもりなのだろうか。
「決まっているだろう。柚月達に殺させる」
「なっ!」
静居は、残酷な言葉を光焔に告げる。
なんと、光焔を「真の妖」にする理由は、柚月達に光焔を殺させるためだ。
光焔は、絶句してしまう。
静居は、自分の手を汚さずに、光焔を殺そうとしているようだ。
しかし、回りくどいやり方をするのかが、わからない。
自分を殺すのなら、静居や夜深の手で殺せばいいものを。
「貴様を妖にして、別の姿で襲わせれば、柚月達は、貴様の正体を知らずに殺すはずだ」
「そして、殺したのが、貴方だとわかれば、あの子達は、絶望するでしょ?そうすれば、簡単に殺せるはずよ」
静居と夜深は、柚月達は、光焔が、別の妖に姿を変えたとは気付かずに、殺すだろうと推測する。
そして、その妖が光焔だと知った後、柚月達は、後悔し、絶望すると踏んでいるようだ。
彼らは、柚月達を絶望に陥れた上で、殺そうとしている。
本当に、狡猾な者達だ。
卑劣で、残虐。
この者たちが、聖印京を、和ノ国を掌握しようとしているなど、信じられない。
今度は、怒りで体を震わせた光焔。
抵抗したいところだが、静居と夜深が、迫ってくる。
このままでは、柚月達を傷つけてしまう。
そう悟った光焔であったが、夜深の魔の手が、光焔に迫った。
「い、嫌だ!いやなのだ!!」
「わがまま言わないの」
光焔は、首を横に振って、涙ながらに訴える。
だが、夜深は、妖気を作りだした。
妖達の源であり、破壊衝動の根源のようだ。
あれを光焔の中に入れられたら、たちまち、光焔は、妖気に覆われ、破壊衝動を抑えきれなくなるだろう。
光焔は、逃げ出そうとするが、夜深が容赦なく、迫り、光焔の腕をつかんだ。
「やめろなのだあああああっ!!!」
光焔は、泣き叫びながら、夜深を突き飛ばし、光を放つ。
その光は、まばゆく、静居、そして、夜深でさえも、くらんでしまうほどだ。
二人は、思わず、目を閉じ、ひるんでしまった。
「くっ!」
「この光……この光のせいね。忌々しい!!」
光のせいで、光焔の姿を見失ってしまう。
その光こそが、幾度となく柚月達を救い、静居と夜深の邪魔をしてきた力だ。
静居と夜深にとっては、忌々しいもの。
そう思うと、夜深は、憤りを感じ、力を使って、光をかき消した。
すると、光焔の姿は、見当たらなかった。
「逃げられたか」
「大丈夫よ。すぐに捕まえるから」
光焔が、部屋から出て逃げ出したと気付いた静居。
だが、夜深は焦燥に駆られ、怒りを露わにした様子でもない。
すぐにとらえると宣言したのだ。
気配を察知するつもりなのだろうか。
それとも、光焔が、どこにいるのか、すでに知っているのだろうか。
「頼んだぞ」
「ええ、任せて」
光焔の事は、夜深に託し、夜深は、一瞬にして、姿を消す。
静居は、隊士達を呼びつけることなく、座り、待つことにした。
彼は、確信を得ているようだ。
夜深は、光焔を妖にしてくれると……。
光焔は、廊下を走っていた。
隊士達が、光焔に気付き、捕らえようとするが、光焔は光を放って、隊士達の目をくらませる。
女房や奉公人とぶつかっても、ひるむことなく、走り続けた。
ただ、ひたすらに……。
――早く、早く、逃げなければ!!
光焔は、静居達に追いつかれないように、走り続けた。
彼らにとらわれたら、妖にされてしまう。
そうなれば、自分は、静居達の操り人形と化してしまうのだ。
それも、姿を変えて。
柚月達を絶望に落としたくない。
光焔は、ただ、一心不乱に走り続けた。
静居と夜深の魔の手から逃れようと。
――外に出れれば、光城に戻れるはずなのだ!
光焔が、目指しているのは、出口だ。
本堂から出れれば、光城に戻ることができるはず。
本堂は、入り組んでおり、出口に到達するまでに、時間がかかった。
だが、走り続けると、奥から光が見えてくる。
出口だ。
もう少しで、出られる。
そうすれば、柚月達の元へ戻れるのだ。
そう確信した光焔は、出口まで、突っ走った。
だが、その時だ。
夜深が、一瞬にして現れ、光焔の前に立ち、行く手を阻んだのは。
「っ!!」
光焔は、思わず、立ち止まってしまう。
まさか、夜深が、自分の前に立ちはだかるとは思ってもみなかったのであろう。
いや、油断していたのだ。
出口に出れれば、逃げ切れたも同然だと確信して。
光焔は、恐怖で、体を震わせた。
逃げ道を失ってしまったがために……。
「残念だったわね。神である私には、効かないわ」
光焔は、まばゆい光を静居達に向けて放ったが、あれは、単なる目くらましではない。
静居と夜深をひるませるためだ。
光によって、攻撃を仕掛けたと言ってもいいだろう。
だが、夜深は、一瞬にして、その光を打ち消したのだ。
その光が、効果を発揮する前に。
神である夜深には、効かないという事だ。
光焔は、絶望しかけるが、それでも、手に力を込める。
まだ、逃げ切れると信じているようだ。
おそらく、光を放ち、目をくらませようとしているのであろう。
出口は、もうすぐだ。
一瞬だけでいい。
一瞬だけ、隙を作れればと。
しかし、夜深は力を発動する。
すると、幻帥、戦魔、死掩が、光焔の前に姿を現した。
「光焔を捕らえなさい!」
『承知』
夜深に命じられた死掩達は、光焔をすぐさま、捕らえる。
光焔は、死掩達にがっしりと腕や胴体をつかまれてしまったのであった。
「放せ!放せなのだ!!」
光焔は、もがき、抵抗しようとするが、死掩達は、解放してくれない。
最後まで、あがこうとするが、それも、もう、無理のようだ。
夜深が、妖艶な笑みを浮かべながら、妖気を生み出す。
今度こそ、光焔を妖にする為に。
光焔は、涙を流し始めた。
「さようなら、光焔」
夜深は、妖気を光焔の中に無理やり押し込む。
すると、光焔は、鼓動が高鳴るのを感じた。
それも、苦しくなるほどの。
これが、破壊衝動なのだと光焔は、悟った。
光焔は、必死に、破壊衝動を抑える。
だが、抑え切れるはずもなかった。
なぜなら、夜深が、もう一つ妖気を作りだし、無理やり、光焔の中に押し込めたのだから。
その直後、光焔は、目を見開き、体を硬直させた。
「嫌だああああああああっ!!!!」
光焔の絶叫が、本堂に響き渡る。
その瞬間、妖気が、膨れ上がり、柱のように天へと昇っていった。
光焔が、「真の妖」に変えられてしまったのであった。