第百三話 信じて進め
柚月から、突飛だが、希望が持てる作戦を聞かされた綾姫、瑠璃、夏乃、景時、透馬、高清、春日、要、初瀬姫、和巳、柘榴、真登、美鬼、和泉、時雨は、柚月の指示で、神聖山に来ている。
これも、神々を復活させるためだ。
綾姫達は、かつて、神々が眠っていた宝玉を握りしめていた。
「着いたっすね」
「うん。真登、敵はいる?」
真登に、敵はいないか、と確認する柘榴。
真登は、じっと、周りを見ている。
視力のいい真登は、遠くまで、見ることができるのだ。
もちろん、敵の気配も、感じ取ることができる。
彼のおかげで、準備を整えることもできるであろう。
「いないみたいっすよ。今なら、突入できるっす」
「了解」
真登曰く、敵はいないようだ。
妖も、聖印隊士も、いないということになる。
神聖山に突入するには、今しかないという事であろう。
いや、今が、絶好の機会と言っても過言ではない。
柘榴は、うなずき、振り向いた。
後ろには、綾姫達が、いた。
「じゃ、行こうか」
「うん、そうだね~」
問題ないとわかって、景時は、穏やかな表情をしている。
と言っても、油断しているわけではない。
穏やかな表情を浮かべていても、警戒は怠っていないのだ。
柘榴は、綾姫達を連れて、神聖山に入ろうとする。
だが、綾姫と瑠璃は、立ち止まり、うつむいていた。
それも、不安げな表情で。
何かを心配しているようだ。
夏乃と美鬼は、二人が、立ち止まっている事に気付き、立ち止まり、振り返った。
「綾姫様、瑠璃、いかがなさいましたか?」
「ごめんなさい。柚月達の事が、心配で」
「うん。大丈夫かなって」
綾姫と瑠璃が、立ち止まり、うつむいた理由は、柚月達の事を心配しているようだ。
そう、光城に残っているのは、柚月、朧、九十九、千里、光焔のみだ。
もちろん、撫子も、牡丹もいる。
これも、柚月の作戦だ。
だが、不安なのだ。
少人数で、残って大丈夫なのかと。
「確かに、心配ですね。ですが、わたくしは、信じています。柚月の作戦は、必ず、成功すると」
「どうして?」
美鬼は、瑠璃の気持ちが痛いほどわかる。
もし、朧の身に何かあったらと思うと、不安でたまらないのだろう。
だが、美鬼は、柚月が考案した作戦は、うまくいくと信じているようだ。
不安に駆られている様子はない。
瑠璃は、不思議でたまらなかった。
なぜ、そう言いきれるのかと。
「わかりません。そんな気がしただけです」
美鬼は、なぜ、そう言いきれるのかは、自分でもわかっていない。
だが、柚月の作戦を聞いた時、間違いなく、成功すると感じたようだ。
その理由もわからない。
ただの勘なのだろう。
それでも、柚月の事は信じられる。
瑠璃に、そう、伝えたかったのだ。
「夏乃、貴方も?」
「はい。私も、美鬼と同じで、そんな気がしただけなのですが……」
綾姫は、夏乃に尋ねた。
美鬼と同じ意見なのかと。
夏乃も、否定せず、うなずく。
不思議な感じだ。
成功するという根拠は、どこにもない。
だが、自分は、心の中では、成功すると信じている。
これも、ただの勘なのだろう。
「……そうだよね。朧達なら、大丈夫だって、私達が、信じないと」
「そうね」
綾姫も、瑠璃も、不思議と不安が取り除かれた気がした。
いや、信じようと決意したのだろう。
自分達が、信じなければ、この作戦は、成功しない。
そんな気がしてきたからだ。
綾姫も、瑠璃も、前向きな気持ちを抱き、進もうと決意した。
「ほら、どうしましたの?早く、行きますわよ!」
遠くから、初瀬姫の声が聞こえる。
綾姫達が、来ていない事に気付いたようだ。
心配をかけてしまったのだろう。
「行きましょうか。初瀬姫を怒らせたら、怖いから」
「うん」
初瀬姫の声が聞こえ、綾姫達は、急いで、柘榴達の後を追い始めた。
理由は、初瀬姫を怒らせると怖いからだと茶化す。
茶化すことができるという事は、余裕が持てるようになったのだろう。
夏乃も、美鬼も、そう感じ、安堵した様子で、綾姫達と共に、柘榴達の後を追ったのであった。
なぜ、彼らが、二手に分かれて行動しようとしたのか。
それは、さかのぼる事、一時間前の事である。
光城にて、柚月が、綾姫達にある指示をしたことから、始まった。
「二手に分かれる?」
「ああ」
柚月は、二手に分かれて、行動すると宣言する。
透馬も、驚きを隠せないようだ。
もちろん、二手に分かれた方が効率がいい。
だが、戦力を分散すれば、それだけ、危険になるという事だ。
柚月は、どうするつもりなのだろうか。
「綾姫、神々を復活させた宝玉は、持ってるか?」
「え、ええ。もちろん。持っているように、言われたから」
柚月は、綾姫に、宝玉を持っているか、確認する。
その宝玉は、かつて、神々が眠っていた宝玉だ。
復活すれば、宝玉を所持している必要はない。
だが、綾姫は、その宝玉を所持していたようだ。
それは、泉那に持っているようにと言われていたからである。
今後の戦いに必要らしい。
「私も、持ってる」
「俺達も、持ってるよ」
瑠璃も、和巳も、宝玉を見せる。
どうやら、皆、神々の宝玉を所持していたようだ。
この宝玉が、今回も、封印を解く鍵となるのだろう。
神々は、自分達が封印されるのを見越していたのかもしれない。
「わかった。じゃあ、綾姫達は、神聖山に行って、神々を復活させてほしい。復活の方法は、先ほど話した通りにやれば、問題ないはずだ」
柚月は、綾姫達に、神聖山に向かうよう指示する。
神々を復活させる方法も、綾姫達に話していたようだ。
戦魔達に接触しなくとも、神々は復活できるのだろう。
これで、危険度は、かなり、低くなるはずだ。
しかし……。
「ちょっと、待つでごぜぇやす!」
「どうした?陸丸」
高清は、慌てて、制止する。
制止と言うよりも、反論に近い。
朧は、驚きのあまり、目を見開き、高清に尋ねた。
高清は、何か、不安に駆られているようだ。
「あ、あっしらが、神聖山に行くってことは、ここに残るのは……」
「そうだ。俺と朧、九十九、千里、光焔だ」
神々を復活させるには、自分達が所持している宝玉が重要になる事は、わかった。
だが、光城に残るのは、宝玉を所持していない柚月、朧、九十九、千里、光焔のみと言う事になる。
もちろん、撫子、牡丹、凛、保稀、智以もいるのだが、それでも、高清は、不安に駆られてしまったのであろう。
「ちょ、ちょっと、人数が少なすぎると思うんですが……」
「いや、ちょうどいい人数だ。静居達を欺くためにはな」
時雨も、不安に駆られているようだ。
当然であろう。
光焔が、強力な結界を張ったと言っても、静居は、何をするかは、読み取れない。
もしかしたら、聖印一族を向かわせ、襲撃させる可能性だってある。
そうなれば、いくら、柚月達でも、苦戦を強いられることは、間違いないだろう。
だが、柚月は、少人数の方がちょうどいいと発言した。
どうやら、柚月は、静居を欺くつもりらしい。
「つまり、五人で、深淵の鍵を奪還するのか?いくら何でも、無謀じゃ!」
春日は、柚月が何をしようとしているのか、察してしまった。
柚月は、自分と朧、九十九、千里、光焔の五人で、深淵の鍵を奪還しようとしているらしい。
春日の言う通り、いくら何でも、無謀すぎる。
自殺行為と言っても過言ではないだろう。
綾姫達は、不安げな表情で柚月に視線を送っていた。
「いや、心配は無用だ。静居達をうまく誘導すれば、いいんだから」
「本当に、大丈夫でござるか?」
「さすがに、心配だよ」
柚月は、静居達を誘導しようとしているようだ。
確かに、柚月は、誘導作戦を得意としている。
だが、相手は、静居だ。
簡単に、誘導できるとは、到底思えない。
それなのに、その自信はどこから来るのであろうか。
要も、和泉も、不安に駆られていた。
「大丈夫だ。俺を信じてほしい」
不安に駆られ、反論しようとする綾姫達に対して、柚月は、信じてほしいと懇願する。
柚月は、後さき考えずに、指示をしているわけではない。
綾姫達も、理解しているのだが、心がそれを受け入れられないのだ。
柚月達を危険な目に合わせたくないと願って。
「兄さんが、言うんだ。大丈夫だと思う」
「うむ、わらわも、そう思うぞ」
「俺達なら、心配いらねぇよ」
「必ず、深淵の鍵は、奪還する」
朧、九十九、千里、光焔は、柚月の事を信じているようで、綾姫達を説得する。
彼らは、不安に駆られた様子はない。
本当に、柚月を信じているようだ。
この作戦は、成功すると。
「……わかったわ」
綾姫は、不安を取り除けないまま、承諾し、光城を降りて、神聖山に向かった。
柚月達が、無事であってほしいと心の底から、願いながら。
聖印京で、静居と夜深は、目を閉じている。
柚月達の動向を探っているのだろう。
何かを知ったようで、静居と夜深は、ゆっくりと目を開けた。
「あらあら、城は、手薄になったみたいよ、静居」
「そうか。なら、ちょうどいいな」
静居と夜深が、目にしたのは、綾姫達が、光城を降りたところだ。
行先は、神聖山だと踏んでいる。
だが、綾姫と初瀬姫が、結界術を張り、姿を消してしまった為、動向を探れなくなってしまった。
と言っても、向かう先は、山頂のはずだ。
あとで、隊士達を向かわせればいい。
それに、彼女達が何をしようとも、自分達には、もう、抗えない。
なぜなら、光焔を手に入れれば、完全に、打つ手はなくなるのだから。
綾姫達が、光城を降りたという事は、光城は、完全に手薄状態だ。
光城を奪うには、絶好の機会と言ったところであろう。
「光焔を奪うぞ」
「ええ」
静居は、光焔を手に入れることを決意する。
夜深も、妖艶な笑みを浮かべ、うなずいた。
「頼んだぞ、お前達」
静居は、ある者達に、指示をする。
その者達は、なんと、勝吏、月読、虎徹、矢代であった。
彼らを向かわせれば、柚月達は、抵抗する事は困難になると静居は、みている。
確実に、光焔を奪うつもりのようだ。
静居は、不敵な笑みを浮かべていた。