第九十九話 想いの残存=心
「体の方は、どうかな?」
「ああ、大丈夫だ」
「そう、それは、良かった」
黄泉の乙女は、柚月に問いかける。
心配していたのだろう。
破壊衝動に駆られ、凶暴化してしまった九十九達を助ける為には、特殊な力を送らせる方法しかなかったとはいえ、柚月に無理をさせてしまったのだ。
そう思うと、黄泉の乙女は、心が痛んだ。
だが、柚月は、うなずく。
彼女は、柚月の様子をうかがっていたが、無理をしている様子は見られない。
偽ってないと見抜き、黄泉の乙女は、安堵した。
「なぜ、貴方が……」
「そうだね。ちゃんと、説明しなければならないね」
柚月は、黄泉の乙女に問いかける。
なぜ、彼女が、ここにいるのか。
黄泉の乙女は、柚月を救うために、力の全てを柚月に差し出し、消滅したはずだ。
柚月達の目の前で。
ゆえに、彼女は、幻なのか。
または、何か理由があるのか。
柚月は、疑問を抱いていたのだ。
黄泉の乙女は、冷静にうなずき、説明をし始めた。
「確かに、あの時、私は、消滅した。けど、君の中に残しておいたんだ」
「何を?」
「私の想いの残存」
「想いの残存?」
黄泉の乙女曰く、柚月に力の全てを送る際、柚月の中に自身の想いの残存を残したというのだ。
だが、思いの残存と言うのは、何を意味しているのだろうか。
魂なのか、それとも、別の何かか。
柚月は、思考を巡らせるが、見当もつかなかった。
「要するに、私の心だよ」
「なぜ……」
疑問を抱く柚月に対して、黄泉の乙女は、答える。
想いの残存とは、心だというのだ。
彼女が、その身に宿していた感情。
ゆえに、想いの残存と例えたのだろう。
その想いの残存が、彼女の姿を形作ったのだ。
だが、なぜ、想いの残存を自分の中に残したのかは、不明だ。
彼女は、何かを知っているというのだろうか。
「君達を助けたかった。それに、話さなければならなかったからなんだ」
黄泉の乙女は、想いの残存を残した理由を語る。
彼らを助けたいと心から願ったからだ。
それに、柚月達に話さなければならないことがあるらしい。
やはり、彼女は、何かを知っている。
おそらく、今後、自分達にも影響する重要な事をだ。
そう思うと、柚月は、彼女に尋ねたかった。
「知りたいことは、山ほどあるみたいだね。いいよ。私で答えられることがあれば、答えよう」
「いいのか?」
「もちろん。そのために、私は、ここにいる」
黄泉の乙女は、柚月の心情を見抜いているようだ。
ゆえに、質問に答えてくれるらしい。
そもそも、黄泉の乙女が、夢で柚月に会ったのは、伝えたいことがあったからだ。
柚月達が、知らなければならない事を。
「なら、俺のことについて教えてほしい」
「君と私の関係性かな?それは、まだ、君には、聞こえないと思うよ?」
柚月は、自身のことについて知りたいと懇願するが、黄泉の乙女は、自身と柚月の関係性だと思い込み、まだ、知るのは、先だと諭す。
初めて、柚月と会った時、黄泉の乙女は、自身と柚月の関係性を伝えたが、柚月には、届かなかったようだ。
関係性の部分だけが。
ゆえに、彼が、この事について、今、知る必要はないのだと悟り、この事を知るのは、先なのかもしれないと推測した。
黄泉の乙女は、困惑するが、柚月は、静かに首を横に振った。
「いや、そうじゃない。特殊な力の事だ」
「ああ、そうだったね」
柚月が知りたいと願ったのは、関係性ではない。
自分の中に眠る特殊な力の事だ。
聖印の力とは、別だとすれば、自分は、何をその身に宿しているのか、知る必要があると考えたようだ。
今後の戦いの為にも。
黄泉の乙女は、納得したようで、柚月に特殊な力の事を教えた。
「君の中に眠る力は、夢で、過去や未来を見る力だ」
「夢で?」
黄泉の乙女曰く、柚月が、その身に宿しているのは、夢で、過去や未来を見る力だという。
だが、柚月は、ピンと来ないのか、困惑した様子を見せる。
そんな柚月に対して、黄泉の乙女は、優しく問いかけた。
「思い当たる節はないかな?」
柚月は、思考を巡らせる。
ゆっくりと、思い出すかのように。
すると、柚月は、ある事を思い出した。
それは、十年前、九十九が椿を殺した過去を夢で見た。
柚月は、それを嫌と言うほど見てきた。
だが、過去を受け入れた直後、柚月は、その夢を見なくなったのだ。
その力が、聖印と同様、心の強さと関わっているのなら、見なくなった理由も、うなずける。
それに、柚月は、朧が四天王にさらわれそうになる未来、そして、九十九と椿の過去を夢で見たことがあった。
「ある」
「だろうね」
柚月は、うなずく。
心当たりは、大いにあるのだから。
黄泉の乙女も、微笑んでうなずいていた。
彼女は、柚月の事を熟知しているようだ。
柚月自身が知らない事も。
「そして、過去や未来を仲間達にも見せることができるんだ」
「そうか。だから、俺達は、九十九の過去を……」
黄泉の乙女は、語り続ける。
なんと、柚月は、その夢を仲間達にも見せることができるらしい。
それを聞いた柚月は、納得した。
ずっと、疑問を抱いてきたことがあったからだ。
以前、柚月達は、夢で、九十九と椿の過去を見たことがある。
しかし、全員が、同じ夢を。
しかも、二人の過去を見ることなどあり得ない事だ。
だが、それが、柚月の特殊能力が発動したことで見られたのなら、納得がいった。
「君は、夢で会うこともできる。つまりは、夢の力、と言ったところかもしれないね」
「夢の力……」
しかし、柚月の特殊能力は、過去や未来を見るだけではないらしい。
柚月は、夢を通して、人と会うことができるのだ。
過去に、柚月は、夢の中で、九十九、光の神、そして、黄泉の乙女と会っている。
これもまた、特殊な力の一つのなのだ。
ゆえに、その力は、「夢の力」だという。
安易な名であるように思える。
だが、納得はできた。
「納得してもらえたかな?」
「ああ、そうだな」
黄泉の乙女は、柚月に問いかける。
満足した答えだったのかと。
柚月は、満足そうにうなずき、黄泉の乙女は微笑んだ。
「他に聞きたいことはあるかな?」
「ああ」
「何を聞きたい?」
黄泉の乙女は、柚月に問いかける。
柚月が知りたいのは、自身のことだけではないと見抜いていたからだ。
柚月は、静かにうなずき、黄泉の乙女は、尋ねた。
「赤い月の事だ。どうして、赤い月が、出現したんだ?あなたは、何か知ってるんじゃないのか?」
「うん、知ってるよ」
柚月が知りたいのは、赤い月の事だ。
赤い月が何日も、続いている。
これは、和ノ国にとっては、一大事と言っても過言ではない。
黄泉の乙女なら、この異常現象について、何か知っているのではないか。
だから、夢で会えたのではないか。
柚月は、そう推測しているようだ。
そして、柚月の読み通り、黄泉の乙女は、赤い月の事について知っているようであり、うなずいた。
「赤い月は、人や妖を殺す事で、真っ赤に染まってしまうんだ。血のようにね」
「人や妖を殺す事で?」
「そうだよ」
黄泉の乙女は、説明し始める。
赤い月が出現する条件は、人や妖を殺す事で、起きる現象のようだ。
つまり、人と妖が、争い、命を奪い合ってきた事により、起きるらしい。
人を守るために、妖の命を奪ってきた聖印一族。
だが、それは、返って逆効果のようだ。
妖の命を奪わなければ、赤い月が出現することはないのだから。
「そして、赤い月が、満月の日と重なる時、災厄は起こる。静居は、これを狙っているんだ」
「災厄?」
黄泉の乙女は、さらに、説明を続ける。
赤い月は、常に、満月のように見えるのだが、実際は、そうではない。
三日月や真月の時にも、赤い月は、満月のように見えた事もあったのだから。
赤い月が出現してからは、一度も、満月と重なった日がない。
だが、もし、満月の日と重なった時、災厄は起こるようだ。
静居は、その時を待っているらしい。
だが、災厄とは、どのような事が、起こるのであろうか。
「人と妖が、滅ぶってことだ」
「っ!」
柚月は、絶句し、言葉を失う。
災厄は、人と妖を滅ぼすことができるらしい。
つまり、和ノ国は、完全に滅ぶという事だ。
しかし、静居は、なぜ、人や妖を滅ぼそうとしているのだろうか。
柚月には、見当もつかなかった。
「詳しく話そう。私が、知っている赤い月と静居のたくらみを……」
黄泉の乙女は、さらに、話を続ける。
柚月は、真剣なまなざしで、黄泉の乙女の話を静かに聞いていた。
だが、それは、柚月にとっては、あまりにも、衝撃的であった。
早朝、夢から目覚めた柚月は、すぐさま、朧達を大広間に呼び寄せた。
黄泉の乙女から聞いた話を朧達にも聞かせるためであろう。
「兄さん、どうしたんだ?」
「話って何なのだ?」
朧と光焔は、柚月に尋ねる。
赤い月の事について、何かわかったのではないかと悟って。
「昨日、夢で、黄泉の乙女と会った」
「黄泉の乙女と?」
朧は、柚月に尋ねる。
おそらく、柚月が、その事について語るということは、通常の夢ではない。
特殊な夢と見て間違いなさそうだ。
ならば、黄泉の乙女と会うことは、難しいのではないかと推測する。
なぜなら、黄泉の乙女は、消滅したはずだ。
それなのに、なぜ、黄泉の乙女と夢で会えたのだろうか。
「黄泉の乙女が、教えてくれたんだ。静居がどうやって、和ノ国を滅ぼそうとしているのか……」
「兄さん、詳しく聞かせてくれる?」
「ああ……」
柚月は、静かに語り始めた。
黄泉の乙女となぜ、夢の中で出会えたのか。
そして、黄泉の乙女が、教えてくれた赤い月と静居のたくらみについて。
それは、朧達にとっても、衝撃的であった。