introduction~蒼~
「今日は、月が見えないね」
誰に言うでもなく僕の口はそう言った。頭上の夜空には灰色の厚い雲がどこまでも広がっている。もしかしたら一雨くるかもしれない。
――そしたら全部綺麗になるのにな――
足元に横たわる死体を見る。僕のチカラで殺した敵は血を流さない。なるべくここ一帯は汚したくないからね。と言っても他の皆はお構いなしに殺しちゃってるんだろうけど。
「今日はいつもより多いんだね」
道の角から次々とコープスが湧いてくる。情報にあったよりもかなり勢力が大きいみたいだ。消耗戦になったら分が悪いね。早く片付けて他の応援に行くべきかな。
――チカラの行使はウイルスの進行を早める――
でも、それを気にしていたら守ることなんてできない。もう誰も失わない為にも、僕は僕のチカラで皆を守る。
薙刀を水平に構えて意識を刃に集中する。ぞろぞろと集まってきたコープスの中には厄介なのも紛れ込んでいるみたいだ。急いだ方がいいかな。
空気が冷たくなっていくのを感じる。外界と僕とを隔てるように水が僕を囲む。
――一瞬で――
周りの水が刃に集まる。水を纏った刃をコープスの群れへと薙ぐ。水は凍てついた巨大な刃へと姿を変えて蒼い軌跡を描いた。次の瞬きをしたときには凍てついた刃はどこにもなく、動かなくなったコープスの群れがそこにあるだけ。
ふうっと一息吐いて歩いて行く。コープスの群れにすれ違うけれど、どれもぴくりとも動かない。どれも身体を両断され、すでに凍てついている。
冷たい風がびゅっと通り過ぎる。今まで暗かった世界に光が射した。どうやら雲は流れたみたいだ。
「綺麗な月だなあ」
またどこからかコープスが集まってきた。本当に数が多い。
――早く皆を守りに行かなきゃ――
満月には届かない月の下、僕は死者の街へと駆けていく。