5~.希望的観測~
「なるほどな…明らかに異常者だな。」
「ああ、だから今回の騒ぎに何か関係があるんじゃないかと思ってな」
「もう一度腕を見せてくれないか?」
俺は袖をまくって昨日の噛まれた箇所を見せた。
少しして浩平は言う
「他の箇所の傷はいいのか?」
「傷何て腕くらいなもんだぞ?」
と言ったが浩平は何か考え込んでいる。
「傷痕がほとんど無いな。これは言われないと分からないぞ。それに顔色も良くなって来ている様に見えるし…」
実際に体調は元通り、いやそれ以上に軽快になりつつある。
「そうなんだ、さっきまでは、怠いし気分が悪くて頭痛もしていたんだが、どうにも楽になってきてる。」
俺は今の状態を正直に話した。
「他には?変わったコトはないか?人が喰いたいとか」
「あほか、んなワケねーだろ」
静かに言った。
「そうだよな、あいつらと同じに変化してたら話は出来ないし、俺は今ものすごくピンチだ」
と浩平は笑みを浮かべていた。
「別に人が喰いたいとかそんな感じは無いけど、何か腹は減ったな。」
浩平はギョッとした顔をしていた。
そんなにビビるなよ、俺は違う。
「警戒すんな、ちゃんと意識はある。普通に昼前だし腹減っただけだ。ラーメンでも喰うか。」
「そうだな、俺も普通に腹減ったよ。上ってきて疲れてるし、飯は良いけどあまり音を立てるなよ?」
昇ってきて疲れるとか8階なんだからエレベーターくらい使えよと思っていたが、異常事態だ、停電が無いとも限らないので正解かもしれない。
「大丈夫だよ、インスタントだしお湯沸かすだけ、って水道やガスはまだ使えるのか?」
キッチンに向かった。
試しに水を出すもちろん音を立てないよう少しずつ、チョロチョロと静かに水は流れた。
次にガスコンロだ、パチリとコンロを捻ると火がついた。
「大丈夫、今はまだ使えそうだぞ」
「じゃあ適当に作っておいてくから家主のお前はこれから使えそうな物を探しておいてくれ」
と浩平は言う。
何に使えそうか?と疑問もあったが次の言葉で方針は見えた。
「これから先はどうなるかわからないし、インフラも次第に止まっていくだろ?だから籠城するか、生きるための資源を探さないとな」
浩平は鍋をつつきながら言った。
「だな、水と食い物、懐中電灯とか武器とかな。」
と答えたところで部屋の中から使えそうな物をピックアップすることになった。
タオル、歯ブラシ、石鹸を見つけた。洗面台を漁っただけだ。
手巻き式の懐中電灯を見つけた。ラジオと一体型でキャンプなどに重宝する。
ガスボンベや卓上用のガスコンロは普段使わないが、ガスの供給がストップしたら使い出すことになりそうだ。
これまで探した物は本当にキャンプで使ったものだ。
まさか部屋の中で必要になるとは。
とりあえず火が使えれば何とかなりそうだ、後は水と食料か、水もいずれ出てこなくなるだろう、なるべく貯水しておきたい。
ベランダへ出ると空き缶やビン、ペットボトルが箱に溜めてあった。
空き缶やビンにはあまり用はない。
ペットボトルを静かに部屋に運びキッチンへ向かう。
「浩平ー、とりあえずこの中に水入れて置いとこうぜ」
タンク代わりに使う事が決定した。
ちょうど昼飯も出来た様なので喰いながらこれからどうやって生活をしていくか話をした。
情報収集も兼ねてテレビをつける。
もちろん音量は控えめだ。
もう漁師談議は終わったようだ。
どこの局に合わせても、普段通りバラエティやお笑い番組、クイズ番組、昼ドラが流れていた。
「コレはどういう事だろうな?」
と問われたが、俺にもわからん。
「この異常事態はここ以外にまだ起こって無いんじゃないか?」
と答えたが返事は返ってこない、また何か考え込んでいるようだ。
もしかしたら、この辺一帯だけで自衛隊か何かが出て来て早々に事態は沈静化に向かっているのかもしれない。
そうじゃなければこの国はどうなってしまうのだろうか。
この一帯だけがおかしいのでは無く、世界がおかしくなっていた場合、社会のシステムは破綻してしまう。
就職活動の末、上場企業に内定までもらって、ギリギリになって取得した免許証も泣いている。
免許証…。