2.~行方不明者~
ふと、目が覚める。
まだ日が指していないようで外は薄暗く夕方の様だったが、時計をみるとam4:50だったので朝ということが理解出来た。
酷く頭が痛む、昨日の記憶が薄い。
久々に二日酔いするほど飲んでしまった。
よりによってあんな奴らが来るなんてヤケにもなりたくなるものだ。
部屋を見渡すと風呂にも入らず着の身着のまま眠ってしまった様だった。
「早く風呂入ろ」
ポツリと呟き洗面所まで行き服を脱ぎ捨て風呂場へと行く。
蛇口をひねりシャワーの温度が高くなるのを待って少しぬるめのお湯を浴びた。
「痛っ!」
突然、腕に激痛が走った。
宇宙人に襲われた時にでも傷が付いたかな…いや違うな、脈打つ心臓の鼓動が早くなった。十中八九、石階段で襲われた時の傷だったが相手を殺してしまったかもしれないという事実を否定したかった。
「違う、違うアレじゃない」
視線を腕から逸らし下を向き頭を洗う。
目をつぶりながらシャンプーを手に取りガシガシと手を動かす。
瞼の裏に昨日の男がフラッシュバックする。
あの男、死んだかな…。
出来れば助かって欲しいが、それにしても噛み付いて来るなんて異常にも程がある、犬を貪り喰う姿を思い出し身震いする、薬か何かをやり過ぎたジャンキーか、ストレスで精神がおかしくなった患者か、狂犬病か何かの一種なのか。
それとも…いや、無い無い無い。
噛まれた腕を見ると傷跡が、というか歯型が痛ましい。
シャンプーを洗い流し鏡を見た時更にビックリした。
血色が悪過ぎる、いくら二日酔いでもここまで顔色が悪い人間を俺は見たことが無い。
目の下にはクマが出来肌は土色をしてあの男の姿が思い浮かぶ。
もしかしたら、何かの感染症なのかもしれない。
何も無ければ俺はただの人殺しだ。
学校生活だってそれなりに上手くこなして居たし、友人だって多い。
就職だって第一志望では無いけれど考えていた業界に内定をもらって後は卒業まで必修科目を残すのみで…人生勝ち組に乗っかりつつあるものを…。
異常者に出くわして、襲われ殺してしまったとして正当防衛でも殺してしまっては刑期は免れないだろう。
確認しに行かなければそう感じていた。
身体を洗い終え、タオルに身を包む、洗面台から覗く俺の顔は本当に今にも死にそうな顔をしている、頭痛や吐き気も酷く身体も重い。
それでも確認しなければ行けないだろう。
時刻を確認する、ヤバイぞ…もう7時前だ。
風呂から上がってから時間が経ちすぎている。早く見に行かないと。
俺は薄手のパーカーを羽織りジーンズを履きマスクをして部屋を出た。
あの石階段まで俺の部屋から徒歩で15分程の距離だ。走ればもっと早くなる、自転車を使えば更に時間は短縮できる。
ペダルに伝わる力は少しずつ速度を増していた、考えているよりも速度は上がらずにいたが、人一人として見かけない道は、ばれないのではないかという希望的な考えを抱かせる結果となり焦りは翳りをみせていた。
階段が見えると現金にも気持ちに焦りが湧き出す。
後はもう少し、もう少しだ!
そう思いながら階段に近づき様子を覗う。
そして俺は人生を諦めた。
何故だって?
人集りがあったからだ。
バレた、もうお終いだ。アリバイなんて証明することは出来ない。
少しずつ近付いていくと違和感に気付いた。
これだけ集団で人数が密集している場所にしては声が少ない。
皆、一様に唸り声を上げており、その瞳には光が無い。
「すみません通ります。」
小声で自転車を近くに停めて階段へ歩いていき中腹付近を目指す。
階段を降りていくとやはり中腹辺りに集団がゆらゆらと蠢いている。
一人の男のすぐわきを通り過ぎようとしたとき男に肩を掴まれ降りていたこともありバランスを崩してしまった。
すさまじい力で肩を掴まれバランスに欠いた形で階段に着地するが、パーカーを掴む男は握力が足りなかったのかそのまま勢いよく転げ落ちて集団に激突、ドミノ倒しのように人々を巻き込みながら転げ落ちて行った。
依然辺りは呻き声に包まれていたが人だかりは、まばらになったことにより中腹に少し空間が現れた。
そこに広がるのは黒く乾いた血そのもので昨日の男が思い出される。
ただ、そこにはそれ以外何も見当たらない。
呻き声を上げる人々の姿しかなかった。
いったいどういうことだ?
身体が向いてはいけない様な方向に曲がりながら落ちていった人間が自力で立ち上がり、何事もなかったかのように家まで帰った?そんなのは、都合が良過ぎる。
良過ぎるんだがそれでも殺していないのならその後の男の生活なんてのはどうでも良かった。
いや仮に俺のせいで死んでしまったとしても、俺がやったと分からなければそれで良いとさえ考えていたがもう一つ心配事が出来あがってしまう。
目の前で階段から勝手に転げ落ち人を巻き込みながら落ちていった男はどうなったかだ。
何故だかわからないが変な奴が俺には近寄ってくる。
そして階段から落ちていく。
二日連続で、人を落としてしまった。
何の間違いだか知らないが、運命はどうあっても俺を殺人者に仕立て上げたいようだ。
そう思いながら男が落ちた方向に視点を移すと男が立ち上がっていた。
こちらを見ながら歩いてきそうだったが怪我でもしたのか階段を上ることが出来ずに倒れ這いながら登ってくるのが見える。
すごく執念深いようで、他の巻き込まれた人々もずらずらと這いながら階段を上がってこようとしていた。
一体そこまでしてこちらに何があるのかと周りを見渡すが何もない。
もしかして、もしかしなくても、俺か??
たださっきの男が勝手に落ちて行ってそれに巻き込まれたのがアンタらなのに俺が悪いのか??
いいや、悪くはない。
むしろ被害者はこちらの方で恨まれる筋合いなんてこれっぽっちもないはず。
気持ちを切り替えると自転車の方に進み、そのまま逃げてしまう。
家に着いた頃には人だかりも追ってくることもなく無事に到着する。
「何てついてないんだ」
一言呟いてマンションのオートロックを解除し帰路についていた。