ああ、勿論
目を開ける。 寝たフリはもうお終いにして、下に降りた二人に気づかれないように階段を降りる。
先輩と、数回言葉を交わした引田さんは玄関の扉に手をかけている。
「ーーただのイチャイチャしてるバカップルだ。 死ねよ」
そう引田さんが言った後、僕に気がついたらしくへらりと笑う。 先輩のからかうような笑みでも、僕の媚を売る笑みでもなく、口は悪いのにどこか優しそうだ。
小さくお辞儀をすれば、扉はすでに閉じられていた。 迷惑をかけたことを謝りたかったのだけど。 それより、お礼かな。
いい人だ。 先輩もあれぐらい優しくなればいいんだけど。 まぁ、無理だろう。
チラリとリビングを覗くと、ソファに座り頭を下げて丸まっている先輩が見える。
偲び足で近寄る。
泣いているのだろうか。 先輩が泣いているのは初めて見る。
音も出さずに、涙を出しているだろう頭を膝に抱えて見えないようにして。
ソファの横の小さなスペースに無理矢理入り込み、先輩に横から抱きつく。
「先輩」
落ち着く匂いがする。 それは先輩も、同じなのかもしれない。
馬鹿な先輩の見栄っ張りな仮面が剥がれ落ち、すすり泣く音が静かな部屋に響く。
ーーごめん。
先輩が、そう言ったように勝手に感じる。 現実と想像の区別がついていない妄想だ。
「いいですよ」
勝手に僕は返事をする。
意味もない。 僕の意思が通じるかもわからない。 でも、伝えたい。
「新」
「先輩」
先輩が僕の名前を呼ぶ、僕は名前を呼ばずいつも通りの先輩と。
泣き腫らした顔が僕を見つめる。 赤く充血した彼の目が僕を見つめる。
「僕は、変わります。
もう死のうとは思いません。
変わってしまう僕ですが、それでも僕を好きでいてくれますか?」
「あぁ、勿論」




