ヒキダ が あらわれた
◇レッサースライム は たおれた
◇1EXP を てにいれた
◇4円 をてにいれた
空中に浮かぶ文字列にもそろそろ慣れてきた。 街の入り口でウロウロ歩き回っているのはなんとも妙な光景かもしれないが、次のエンカウントが来るより前に街に逃げ込める場所じゃないと安心出来ないので仕方ない。
「お金も溜まってきましたね」
この街の前に出てくるモンスターは、スライムとレッサースライムだけだ。
スライムは僕のスーパートルネード棒アタックと先輩のこうげきで倒せるので、ダメージはない。 レッサーも先輩のこうげきで終わるのでダメージを喰らうことはまだ一度もない。 ヌルゲーだ。
今溜まったお金は、元々の50円も合わせて98円。
宿屋には一歩届かないが、これまでにかかった時間は十数分だけなので効率は悪くないか。 時給換算すると、バイトの最低時給より安いけどレベルが上がってもっと楽でお金も手に入るようになるかもしれないのでありとしよう。 物価もびっくりするほど安いのだし。
「うっ……持病の口内炎があるかもだし……これ以上戦うことは……」
「あるかもだしってなんで確証を得ていないんですか、何があろうと先輩と同じ部屋は嫌ですからね。 もうちょっとで溜まるんで口内炎程度我慢してください。 塩塗りたくりますよ」
「その時にあらたんの指を舐めるのはあり?」
「なしに決まってるでしょう」
先輩のセクハラに顔を顰めるが、わざとらしさが出ていたのか先輩に効果はないようだ。
まあ、実際に手を出されるわけでもないのなら……どうでもいい。
「そろそろ、日が暮れるな。 次で切り上げよう」
突然真面目な顔をした先輩が、そう言った。 まだ日は暮れそうにないが、それを否定するのも面倒であるので頷く。
街に向かい数歩歩くと再び眩暈がおき、いつの間にか新たな存在が現れる。
◇ヒキダ が あらわれた
「人間……?」
僕達と同じ、六曜高校の制服。 男子用の制服は先輩のように気だるげに着ていたりはせずにまともだ。
彼もこの世界に召喚されたのか、仲間が増えた多少の安堵と彼への少々の警戒心が現れる。
口を開いた彼を観察する。 当然のように黒髪黒目。 顔の造形は極端に整っているが、整形しているように不自然であり、奇怪に感じる。
だが、彼の姿を見ていると何故か心臓が高鳴るような気持ちの良さを覚える。
「空亡、赤口……」
今にも泣き出しそうな彼の顔は……愛おしく感じ。 そう思ったときに頭に痺れるような痛みを感じる。
僕は、今何を思っていたんだ?
一目惚れという言葉を聞いたことがあるが、僕が彼に感じたのは気味の悪さだ。 それを無理矢理上塗りし出すような……恋慕。
それを自覚すると、音を立てるように血の気が引く。
「引田……」
先輩はそんな彼にどうしたでもなく、彼の名前をよぶ。
知り合いだろうか。 空中の文字列がヒキダという名前を表記しているが、それだけとは思えないような雰囲気だ。
何より彼こと引田さんも僕達の名前を言った。 彼にも同じ文字列が表記されていたとしても、僕の表記はソラナキではなくアラタだ。 引田さんが僕や先輩の名前を知っていることは確実だろう。
一番引っ掛かるのは彼等の態度だ。 引田さんは一歩下がり警戒しつつ先輩の様子を見るような、先輩は悪戯が親にばれたときのような苦々しく引きつった顔。
お互いが距離を保ち、出方を探っている。
「赤口……話をしよう。 さっきの続きの」
さっきの続き?
先ほどまで、僕と先輩は街にいた。 それより前は先輩が黒魔術を使っていて……。
それより前の話を、異世界にきて再開してすぐに言うの? そんなに重要なことなのか。
なら、なんで途中で打ち切って、先輩が黒魔術を使っていた。
破綻。 破綻した。
慣れ親しんだ、世界が崩れる感覚を覚え直す。
「あ……思い、出しました」
僕は先輩のことが大好きで、縋り付いて、殺された。 引田さんは僕を守ろうとして……。
「新……」
また世界が異世界に変わったのだ。 いや、元々夢の世界か。
今回違うのは、僕が冷静であることか。 いや、冷静ではないだろう。
何せ僕を何度も殺した相手が好きなのだから。 僕を殺したことが、僕を求めてだと思うと胸が締め付けられるように嬉しいのだから。
僕の精神が安定しているからか、世界の形はマトモなままだ。
「今回は覚えているのか?」
「その予定はなかったんだがな。 もう少し、新と異世界でのんびりしたかった」
先輩の手が横に伸び、僕の手を握る。 また殺されるのかなんて思うが、先輩は何もしない。
「俺が新を殺すわけがないだろう」
何を言っているのか、散々殺したくせに。
いや、確か「新じゃない」のだったか。 先輩の基準は分からないが、僕は新で前の僕は新ではないのだろう、
「その新は、殺さないんだな?」
念押しするような引田さんの言葉。 何度も僕が殺されたことを知っているのだから、それも仕方ないだろう。
「俺は新を殺したことなんてない」
先輩は頭がおかしい。
先輩の目的は知っている。 僕の蘇生、いやまだミンチになって引田さんの肉とぐちゃぐちゃに混ざっただけで、死んでいないから治療か。
「そうですね。 先輩、僕は先輩から見ても、空亡新なんですよね?」
「ああ」
小さくつぶやくように先輩に言う。
「なら、僕はもう自殺なんてしません。 帰りましょう。 現実に」
両想いだったのだ、先輩と僕は。 先輩が神だったとか、人外の化け物で頭がおかしかったなんてどうでもいい。
嬉しい。 嬉しい。 頭がおかしくなるほどに。
「そうだな……そうか、気持ちを伝えたらよかったのか」
何かを忘れている。 何かおかしい。
妙な違和。 気味の悪さ。 それは全て先輩とともにいれる喜びで塗りつぶされる。
「両想いで、大団円……じゃ、ないだろ、おかしいだろそれは」
引田さんの言葉が妙に世界に響き、世界が崩れるような感覚を覚える。
いや、崩れているのだろう。
僕の精神をそのままに自殺だけしないように生み出された異世界の夢。 役割を果たしたのだからそこに留まる意味はない。
世界は呆気なく崩れる。
真っ黒に染められていく空間は、何処か安心感を覚える。
次の瞬間、僕が目にしたのは紅い血だまり。 感じたのは先輩の温もり。
ーーああ、暖かい。 暖かい。
僕はその安心感から、本物の眠りについた。