戦闘開始:レベル上げ
装備を整えたということは、次に行うのは戦闘である。 少々の情報収集は買い物時についでに行なったので、これ以上の引き伸ばしは出来ないか。
「とりあえず、戦闘してみてからこれからの行動を決めるか」
否定する意味もないため頷く。
異世界に召喚されたのに落ち着いていられるのは咲華先輩のおかげだろうか。
超能力があるなら異世界があってもおかしくない。 そんな風に考えるからだろうか。
異国情緒とでも言うか、慣れない土の地面を踏み、顔を上げて景色を見回す。
「異世界と言ってもそう変わりない」というのが僕の印象である。 人は人だし、息も出来ているので空気も同じだろう、土も同じ色だし、空も綺麗な青で緑とか変な色でもない。
何より、僕は変わらない。 こんな世界にやってきても解放されない。
「はあ……」
小さくため息を吐く。 それを耐えることすらも億劫であるが、先輩はそんなことを気にしない人なので楽だ。
他の人だと、ため息ばかりしていると嫌な顔をするものだ。
「もうすぐ街の外だな」
「そうですね」
まっすぐ前を見れば、草原が見える。 やはり普通の草原で特に何か捻りがあったり、魔物が我が物顔で歩いていたりはしない。
マトモな交通手段がなさそうなのに、田畑や家畜小屋がないことが不自然だが、それは異世界だからということにするべきか。
「魔物、いませんね」
現在、僕達はお金が圧倒的に不足している。 それをなんとかするために魔物を倒す道具を買ったのだが、魔物がいなければどうしようもない。
「あー、風邪引いて休んでるんだよ。 たぶん」
僕に比べて冷静な先輩が、変わらない表情で馬鹿な冗談を言う。
「おかしいでしょう……。モンスターが風邪を引いたところで帰る家なんてありませんよ」
「いや、家は冗談だが、巣に篭る程度ならあるかもよ」
そう言われてみると、可能性は考えられる。
多くの作品で、魔物は命令を聞いたりする程度の知能を有しているものだ。 風邪という理由ではなくとも、巣がありそこに身を隠す習性の魔物がいたとしてもおかしくはない。
「だから、家にまで行って、魔物を倒してお金を得よう」
「強盗殺人じゃないですか」
「生きるためには仕方ないと思うんだ。 俺は愛する新を守るためにこの手を血に染める覚悟がある」
突然の告白のような言葉に、耳が熱くなる感覚を覚える。
「何を馬鹿なことを言っているんですか」なんて返そうと思うが、心臓の音が邪魔をするせいで上手く言葉が発せない。
「あぅ……何……馬鹿……です」
「大丈夫だ今日きりにして足を洗うさ。週五のペースで」
「あぅ……って、ほぼ毎日血に染める気が満々じゃないですか!」
頭が急速に冷えていき、まともに事を考えられる。 先輩は相変わらずヘラヘラふざけた表情だ。
告白なんてする気は全くなかったのだろう。
勝手に勘違いしてしまった不快感を押し払うように先輩を睨みつける。
「なら、他に代案とかあるのか?」
「ん……ですね。 僕が魔物の家にまで行きます。 魔物が突然襲いかかってきます、正当防衛します」
「何その美人局みたいな発想。 こわ」
先輩の言葉を聞いて考えてみる。
『お邪魔します』
『ぐぇっへっへっ、旨そうな嬢ちゃんだなぁ!』
『俺の新に何をする!』
『お金あげるので許してぇ』
…………美人局でした。 少なくとも正当防衛とは言い難い。 むしろ、普通に強盗した方がマトモな気すらしてくる。
「しますか、強盗」
「するか、強盗」
異世界に似つかわしくない、日本の梅雨の季節のような温く湿った風が、僕の頬をべったりと撫でる。
嫌な風が吹いた。
その風に逆らうように一歩目を踏み出す。 それと同時に風は止む。
これが、殺すKAKUGOか。
モンスターはランダムエンカウント方式だった。
◇スライム が あらわれた
脳が揺さぶられるような眩暈を感じ、それが治った瞬間に先程までいなかった存在が数メートル先にいた。
「スライム……ってか、ランダムエンカウントか」
水色、薄い水色の透明な存在。 信玄餅が大きくなって、薄い水色を加えたような奇怪な生命。
「殺すKAKUGOいらなかったですね、これは」
「なんでだ、人だってアメンボだって新だって生きているんだ。 友達なんだぞ」
「歌に感化されないでください。 アメンボとはコミュニケーションがとれませんよ。
あと僕を人間のくくりから外さないでください」
呑気に会話していても、スライムが襲いかかってくる様子はない。
相手からきたら楽なのだけど…….。
「あれだ、たぶんこの選択肢を選べばいいんじゃないか?」
選択肢? と不思議に思うと、目の前に文字列が現れる。
・こうげき
・スキル
・アイテム
・ぼうぎょ
・にげる
読みにくいひらがなとカタカナのみの表記。 とりあえず、ぼうぎょを選択してみる。
◇アラタ は ぼうぎょ している
◇ナツ の こうげき
◇スライム に 14 ダメージ
先輩がスライムに向かって走り、殴りつけた。
◇スライム の こうげき
スライムがこちらににじり寄ってくる。 僕は逃げ出したくなったが、何故か身体はぼうぎょの姿勢で固まっていて動かない。
◇ナツ に 3 ダメージ
一連の動きが終わり、身体が解放される。
「全然ダメージないな。 というかなんで初戦闘の1ターン目からぼうぎょなんだよ、新は倒すのが面倒くさい系のてきか」
「す、すみません」
「とりあえずこうげきしろよ……。 まあ、一人でも倒せそうだが」
その言葉に従い、こうげきを選択する。
◇ナツ の こうげき
◇スライム に 13 ダメージ
◇スライム は たおれた
結局、こうげきする意味なかった。
初めての戦闘が無事に終わったことに安堵して、小さくため息を吐き出す。
◇2EXP を てにいれた
◇4円 をてにいれた
やはり、お金が手に入った。 4円ということは、宿屋一泊に13回か。
先程のように、十歩で一回エンカウントだとすれば130歩か。 すぐである。
「とりあえず、宿屋の一人分はいけそうですね」
「……そうだな」
テンションがガタ落ちしている先輩から距離を置く。 何故こんな貧相な僕と一緒の部屋に泊まりたがるのか不思議だ。
イケメンだけど、性格が残念すぎるあまりにモテなくて、ロリコンにありがちな自分の力で好きに出来る子に興味を持つようになってしまったのか。
そんな失礼なことを考えていると、先輩が再び歩きだす。
だが、数歩でエンカウントする。
◇スライム が あらわれた
あれ? これって次の街まで進むの相当大変じゃないか?