戦闘の前の嗜み
三百円と木の棒。 どうにも解せない。
学校の期末テスト全教科30点代の僕の頭脳が、これはおかしいと告げている。
全然信憑性がないけど。
「三百円と、木の棒。 これで魔王を倒せ……ですか」
そもそも魔王ってなんだ。
魔王……魔王、聞き覚えはある。 確か近所の土田さんが魔王だったような。 いや、土田さんは魔王ではない。
自分の思考がおかしくなっていることに気が付く。
「深く考えるなよ。 軽く考えておけ」
僕は先輩のその言葉に惹かれる。 考えると、頭が痛くなるのだ。 思考を放棄してなるがままになればどれほど楽か。
痛む頭を抱え込みながら、僕は自分のことを「思い出す」。
僕は空亡 新だ。体が小さいことがコンプレックスの高校二年生で、赤口先輩と一緒にこの世界にやって来た?
それで魔王を倒せと、三百円と木の棒を渡された。
「ゲームの世界……?」
ゲームにはあまり詳しくないが、魔王やら勇者やらとはゲームのイメージが強い。
そう考えると、ふわふわお姫様の言葉が人間味が薄いぐらい似たような言葉ばかり言っていたことが頷ける。
「流石です、勇者様」
彼女のあの言葉は、ゲームのように同じセリフを繰り返すだけだからかもしれない。 いや、そちらの方が合点がいく。
「みたいだな。 何にせよ。
こういうのの最後はラスボス倒して帰る……みたいなパターンが多いからな。 街で情報が得られなかったら行くしかないな」
僕よりも彼の方が落ち着いている。 それは分かる、なので彼に意見の意見に従うべきか。
「慎重に、行きましょう」
三秒後、僕の言葉は無視される。
「とりあえず、レベルを上げに行くか」
「それはありえないですよ。 薬草も持たずに外に出たりとか……。 とりあえず道具屋に言って買えるだけの薬草をですね」
「ゲーム下手か。 こういうのはまずレベル上げか、武器の購入かって決まってるんだよ。
強い武器持ってたらガンガンモンスター倒せるからレベルも上がるし、防具も買える」
「いやいや、コンテニューとかリセットとかないんですから、命を大事にしましょうよ」
「それだと宿代すら稼げない可能性が……話を途切るようで悪いんだけど、とりあえず……ステータス見れる」
お金と最初の行動で揉めていると、突然先輩が空を見て頷く。
「ステータス……ゲームですね、完全に」
どうやって見るのか分からないが、先輩に聞くのも癪である。
先輩は現在ステータスの確認をしているのだろうが、声に出して何かをしたり妙な手振りをしたりもなかった。 つまり、何かを思考することで操作が出来るのだろうと推測は立つ。
ーーステータス閲覧。
僕の考えはあっていたらしく、目の前に僕のステータスらしきものが表示される。
名前:空亡新
職業:遊び人
Lv.1
HP:15
MP:6
攻撃力:3
防御力:1
魔法力:2
敏捷性:2
運命力:25
スキル:ランダムアップ、ランダムダウン
ふむ、分からない。 数字が大きい方がいいのだろうが、まともな前情報がないために判断が付き難い。
「どんな感じだった? HPと防御力は?」
まず耐久性から尋ねてくれたことで、先輩に対する警戒心が緩む。
「えーっと、HPが15で防御力が1ですね」
「低いな、後衛か……。 魔法力とMPは?」
「MPは6で魔法力が2ですね」
「敏捷性とスリーサイズは?」
「2と、ごじゅうは……って、何聞いてるんですか!」
「低いな……」
「どっちの数字がですか!」
先輩の顔を睨みつける。 人を馬鹿にしているようなにやけた表情が気に入らない。
舌打ちをしてみようとするが、上手く音がならず恥ずかしい思いをする。
ダメだ。 調子が悪い。
「ふぅ……今のは不問にしますが、次セクハラしたら怒りますから。
先輩のステータスはどうだったんですか?」
「だいたい新の三倍ぐらい。 ステータスはリアル準拠なんじゃないか?」
そう言われてみると、納得出来る。 MPや魔法力、準じて運命力辺りはどういう基準かは分からないが、先輩が僕の三倍の身体を持っているのは納得がいく。
それにそうでなければ、それだけのステータスの差が出るのはおかしい。
「とりあえず、宿屋に行きましょう。 落ち着いて今後の方針を纏める必要があります」
僕の提案に先輩が頷く。 ゲームのような景観を見回すと、近くに武器屋と道具屋と防具屋と宿屋、必要そうな店が固まっていることに気が付く。
今までそれに気が付けなかったほどに気が動転していたのだろう。
宿屋に入れば、おじさんがカウンターに立っている。
「すみません、宿を借りたいんですが」
「一部屋50円になります」
王様からもらったお金は300円。 二部屋借りれば三日で底を突く。
それにご飯も考えると二日持つ程度か。
「すみません、ちょっと出直してきます」
二部屋借りれば、装備が買えないかもしれない。 装備がなければジリ貧だ。
先輩に目を向けると、武器屋の方を指差す。
「武器から……ですね。 ジリ貧だけは気をつける必要があるので」
最悪、木の棒があるが、それもどれほど通じるかは分からない。
防具を揃える方が危険が少ないか、それとも武器を買った方がリスク回避になるか。
一通り見回してきた結果、武器は10円の木の棒、100円の木の剣、300円の棍棒があり、防具は皮の鎧500円、皮の兜200円、100円の木の盾、道具は薬草が10円、毒消し草が30円だった。
木の剣は木の棒とそう変わらない性能で、棍棒は性能が高い、でも所持金と同じだけの値段。
「棍棒買って、暴れるか、それとも木の盾と木の棒で揃えて薬草とか毒消し草買うかか……」
「後者が安定だと思いますよ。 お金も少しは残せますし」
僕の意見を尊重してくれたのか、木の盾を二つと木の棒を一つ、それに薬草を三つと毒消し草を一つを買って、残金は30円だ。
今日中にモンスターを倒して稼ぐ必要があるのは70円。 少し厳しいかもしれない。
「最悪、新と一緒の部屋だな。 いや、最悪というより最高か」
「それなら、僕は寝ません」
どうやら先輩は貧相な身体に興奮する変態らしい。 寝て妙なことをされてはたまらない。
自意識過剰という言葉が脳裏に浮かぶが、一応警戒するべきか。 入部当初から口説こうとしている人だったのだし。