同世界転生
ーーマジッベー。
僕っ娘ロリこと空亡はそんな似合わないことを頭の中に思い浮かべた。
「マジッベー」という言葉の意味を知らない人のために説明しよう、「マジッベー」とは「マジヤバイ」の訛った言い方であり「本当に大変である」「すごく大変である」「本当にすごい」「すごくすごい」などの意味を持つ言葉だ。
空亡の今の状況を説明するならば、これ以上に当てはまる単語があるだろうか。 本当にすごく大変なのだ。
空が緑色に変色し、人の髪色が変わったり猫耳の人間が出てきたり、なんだかんだ言っても、今までは見た目が少し変わった程度の変化しかなかった。
今回はそれとは毛色の違う、見た目の変化とは一線を画した変化があった。
「ふひゅひゅひゅひゅ」
それは笑い声なのか。 そんな笑い方をする人間がいるのか。
空亡は思わず考えるが、切れ切れな息を吸って吐くことに精一杯でそれ以上の思考をすることが出来ない。
朝早く、幼い見た目に似合ったパジャマ姿で、必死な顔をして街を駆け抜く少女は誰が見ても助けなければと思うものだ。
早朝という人気の少ない時間であるために少女を見る者は一人しかいなかった。
その一人の名は引田 友。 世界をファンタジーへと変化させた張本人であり、奇妙な笑い声の持ち主であり、前を疾走する僕っ娘ロリの騎士だ。
騎士は駆ける。 早く空亡 新に追いつかねばならぬ。 そして自分と同じ不死者にせねばならぬ。
何故逃げられているのかは分からないが、よだれを撒き散らしながら、腐臭を吐き空気を汚染しながら駆ける。
ーー誰がどう見ても、腐った死体が少女を捕食しようとしているだけである。
故に少女は駆ける。 何故か自分だけを執拗に追いかけてくる謎の超イケメン(食人趣味ありそう)に捕まらないために。
捕まってゾンビにされても先輩を巻き込んでやるために息を吸って吐く。
超イケメンの笑い声が妙にイケメンボイスな事に、腐った死体なのに走るのが速い事に苛立ちを覚えながら、何故か心がときめくのを感じながら涙を流す。
空亡は考える、これは俗に言う吊り橋効果だろうか。 頭の出来の良くない僕っ娘ロリは何度か見聞きした現象を思い出す。
恐怖による心臓の高鳴りを恋による心臓の高鳴りと勘違いしてしまうのがそれだ。
空亡もそれではないかと心臓がバクバク動くのを疑うが、果たしてこれが恐怖からなのか、恋に落ちた音なのか、それとも限界を超えて走っているからなのかは分からない。
もし恋に落ちたからだとしたら……空亡は考えるが頭を左右に振ってそれを否定する。
ーー意地悪な先輩と僕を捕食しようとしている腐った死体に同時に恋心を抱くって変態だ。 どう考えても。
意地悪な先輩だけならばまだいい、SMという言葉が日常会話で使用される昨今では、多少虐められるのが好きな女の子でも変態とレッテルを貼られることはないだろう。
だが、それでも捕食(栄養補給的な意味で)しようとしているゾンビにときめくのは変態だろう、ど変態だろう。
そして少女は恋心に打ち勝った。
「僕はあのゾンビに恋はしていない。ただビビって心臓が鳴っているだけだ」
少女は打ち勝った。 身勝手な神の世界改変能力に。
引田は見たこともない少女を不老不死のお仲間にするために走るが、追いつくことが出来ずに唸る。
「ゔぅーゔぅー」なんて不快な声を発するが、不死の存在になっている弊害か、それを自分が発していることに気がつかない。
だが、何と無く……なんとなくではあるが、薄く気になる。
転生する前のときのイメージは、たくさん幼女達に言い寄られて、最終的に敬語僕っ娘合法ロリと添い遂げるというものだった。 現在はそれから大きく外れている。
敬語僕っ娘合法ロリからは全力疾走で逃げられているし、幼女から言い寄られてもいない。
何よりも、嫌がる少女を追っかけ回すというのは主人公らしくない。
引田は止まった。 チートにより、どうせまた会うことになるのだ、好感度を下げてまで追いかける意味はない。
落ち着いて状況を確認する。 身体は高所から落ちたかのようにひしゃげて潰れてしまっている。
だが、痛みを感じることもなく、身体が動かないなんてこともない。 なるほど、これが不死の力か……。 流石に身体が壊れているせいか動きはぎこちなく小さな少女にすら追いつけないほど走るのも遅かったが、ミチミチと音を立てながら身体が再生しているので問題は大きくはなさそうだ。
助けようとして落ちたときの怪我が残っているところと服が存在しているところを見ると、俺の身体を再利用したのだろうか。
俺の潰れた身体をイケメンにした後に、異世界の少女の部屋の中に転送させられたってところか。
不死と嫁のチートは間違いなくあるようだし、他のチートもちゃんと付与されてそうだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「先輩! 助けてください!」
僕は近所迷惑も考えずに大声で先輩を呼び出す。 インターホンを押してもなかなか出て来ない先輩だが、僕が必死で呼び出したらすぐに出てきてくれるだろう。
信頼は当たり、先輩はジャージ……おそらく寝巻きのままドアから飛び出してきた。 そのまま僕はドアの中に飛び込み、ドアを閉める。
「うおっと、どうしたんだ。 急に」
「と、突然ゾンビが僕の部屋の中に現れてですね、逃げてきたんですよ」
先輩は「何言ってんだコイツ」とでも言いたげな、寝ぼけて夢と現実がごちゃまぜになっている人を見る目で僕をジロジロと見て、ゾンビに掴まれたせいで血に汚れた袖と裸足で走ってきたせいで汚れた足を視界に入れた。
ーーこれはただごとではないな。
「とりあえず、そんな格好なのもあれだからな。 シャワーでも浴びて落ち着けよ」
「……はい。 あっ、着替えはワイシャツ一枚とかそういうのはいらないんで。 普通に上下貸してください、ぶかぶかでも大丈夫なので。
あと、タオルも入る前に用意してください。 不足の事態があるかもしれないので呼ばない限りお風呂には近寄らないでいただけるとありがたいです」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ……。 そんなに気をつけなくてもラッキースケベなんぞ起きないよ」
「……はい」