味のない世界
「じゃあ僕は、半分が愛で出来てる紅茶と、メロメロオムライスで」
「俺は焼き生姜定食で」
二年生のクラスがしているメイド喫茶。 半端な劇をしていた僕達のクラスと比べると完成度が高い。
華美になり過ぎない程度の装飾は近くで見ても、おかしなアラは見えない。 照明こそ長細い物だが、それも少しだけ何かを被せて加工されている。
「紅茶が一点、オムライスが一点、焼き生姜定食が一点でよろしいでしょうか?」
僕は変な恥ずかしい名前を全部言ったのに、略されてしまいなんとなく恥ずかしさを感じる。
少し目を下に下げるとメイドさんのミニスカートから伸びる脚と白いニーハイソックスが見える。
僕達の注文を聞きに来てくれたメイドさんは、普段は運動部なのか健康的な小麦色の肌で体が引き締まっている。
メイドさんは金髪白肌こそ至高だと思っていたが、どうしてなかなか……これはこれで可愛らしい。
来る前は安い生地で作ったのならば透けたりしないだろうかと期待していたが、そんなこともない。
デザインもミニスカメイドという物も理解している人が作ったのか、緻密な部分も作り込まれていて引き込まれる何かがある。
「先輩は、焼き生姜定食でよかったんですか?
焼き生姜定食は男の子が作るって書いてますよ? メイドさんに愛を注入されませんよ?」
「愛を注入って、なんかマッサージ師を思い出すな。 暴力振るってきたりしそうだ。
それに、お前は……周りの客を見てもよくオムライスを頼めたな……」
周りを見渡して見ると、黒焦げ、紅茶、黒焦げ、コーラ、黒焦げ、焼き生姜定食、紅茶、コーヒー。
「マッサージ師さんの暴力は、そんな猪木の闘魂注入みたいなノリではないと思います。 愛の注入の仕方が暴力なのは少しキツイです。
オムライスは、というかオムライスらしき黒いのは……まあ食べれますよ」
先輩は小さくため息を吐き、僕に苦言を呈する。
「いくら、味が分からないから食べれるって言っても。 あれは毒だろ」
「愛ってのは、毒にも薬にもなるんですね」
「悪いが意味わからん」
先に来た紅茶を口に含む。 味は分からないが、匂いは悪くない。
ストレス性の味覚障害……らしい。 随分前に面倒くさがって通院を止めたので具体的なことは覚えていないけれど。
「お待たせしました。 ダークマターと焼き生姜定食です。
ああ、ダークマターのお題は結構ですので」
そうやって置かれたのは、やはり黒いそれ。
スプーンをそれに当てるとさくりと音が鳴る。
「あれですね。 この短時間でここまで焦がせるのってすごいですよね」
「いや、作り置きしてたんだろ。 考えにくいが。
だって、これを数分で作るとかどう考えても無理だろ。 物理的な限界あるだろ」
「でもこれ、すごく熱いですよ?」
「レンジという文明の利器をだな」
オムライスを口に含む。 熱い。
「そういえば、愛注入ってしてくれないんですね」
「調理過程でしてるんじゃね?」
「目の前でしてくれないと……意味ないじゃないですか」
ああ、よく考えてみるとまだケチャップがかけられていないので可能性はあるのか? いや、もう口を付けてしまったのでハートを描いてもらうことも出来ないだろう。
何日も楽しみしていただけに、悔しい気持ちが溢れる。
「いや、俺の場合だけど。 あらたんが、キッチンでこそこそ愛を注入してるのを想像するとほっこりする」
考えてみる。 うん、確かに可愛い。
「やりますね先輩。そういうことにしておきます」
「キッチンで出来上がったばかりのオムライスにビンタをかまして愛を注入。
なんかドSっぽいな」
「だから、猪木的な注入の仕方じゃないです。 キッチンのメイドさんは、僕の喜ぶ顔を想像してニヤニヤと締まりのない顔をしながら「美味しくなーれ」ってしてるんですよ」
「なるほど、その愛の力によって超火力が出て黒焦げになるまで燃えたのか。 やばいな愛注入」
そういえば、先輩の家で隠れて見た同人誌でも、愛を注入したら女の子が「あついぃ!」って言ってたような。 愛の力すごい。
「そんなことを言っていてもさ、新は女の子にビンタされたら喜んでしまうんだろ?」
「いつ僕にマゾヒストというイメージが着いたのかが気になるんですけど」
一通りオムライスを食べ終わる。 美味しかったのか不味かったのか、何にせよ紅茶の代金だけでお腹が膨れてメイドさんが見れたのならラッキーではある。
とっくに食べ終わっていた先輩はへらへら笑う。
「でも、虐められるの好きだろ?」
「嫌いですけど」
先輩の奢りでお会計が終わる。
「ありがとうございます」なんてお礼は受け取ってもらうことは出来ずに「いや、紅茶代だけだから」なんて躱されてしまう。
なんとなく悔しい。
「んでさ、じゃあ新はどんなのだと悦ぶんだよ」
猫耳喫茶に行くまでの会話だけど、どうにも下世話である。
羞恥を抑えながら考える。
「うーん。 そうですね。
婚姻届に判子押してもらうのがやっぱり嬉しいですね……」
「婚姻届プレイか、すげえハードだな」
何故か僕の発言に恐れおののいている先輩を無視してそこらを見回すと色々普段と違う学校が見える。
窓にはびっしりと手作りポスターが貼られていて、風情というものが損なわれている。 まあそれがなければ、どこに何のお店とかがあるか分かりにくいから仕方ないんだけど。
猫耳喫茶につく少し前。 普通の日本人よりも尚暗い、光の反射がないのではと疑いたくなるほど真っ黒の髪をした青年が目に見えて辛そうな顔をして歩いている。
「えっ……と、引田さん。 でしたよね」
知らぬ仲ではないのではある。 眠たいのなら保健室までの道のりを教えることぐらいは出来る。
ゆっくりと僕の目を見た彼は、幽鬼のようとはいかないが、不気味なんて失礼な感情を覚えてしまう。
「君は、さ」
最近、時々感じていた違和感や、気持ちの悪さ、居心地の悪さが急激に高まるように、頭が重くなる。
「世界が自分を中心に動いている。 とか、考えたことある?」
彼の言葉は、核心をついていた。
僕は、普通の高校生である。 今もそう思っている。
天涯孤独とか、身長が低いとかはあるけれど、漫画やアニメの主人公のような特別な経験なんてものは持っていない。
だけど、ここ最近の気持ちの悪さは彼の言う「自分を中心に世界が動いている」なんて妄言に近しいものがある。
「俺には、そう見える」
未視感と既視感。
今まで見ていたはずの風景は初めて見るような違和を覚え、まだほとんど知らないはずの引田さんは何度も見たようなおかしさを感じる。
「…………」
先輩は何も言わない。




