今日は暗くて明るくて
葵さんに手を引かれて煮込みハンバーグの屋台の列に並ぶ。
手の込んだものだからか、なかなか進まない列。 買う気がないのに付き合いで並ぶには少々面倒臭い。
いい匂いはするが、食べ歩きには向いていなさそうだ。
「新ちゃんも食べる?」
「いえ、歩きながらだと口元がベタベタになりそうですし」
「あー、デートの前にそんなのじゃあねえ。 じゃありんご飴とか?」
指を指した場所には、なかなかに上手く作られているりんご飴が鎮座していた。
「うーん。 りんご飴ですか。 飴って……ちょっと苦手で」
「甘いの嫌いなの? 甘いのが好きそうなのに」
「甘いものは嫌いというわけではないんですけど、飴はちょっと……」
不思議そうな顔をした葵さんに列が進んだことを教えて前に行く。
「甘いのでは、ナタデココが好きです」
どうでもいいことを話して、暇を潰す。 関係ないが、紅茶かコーヒーが飲みたい。
「雨が苦手って人は始めてみた。 何が苦手なの?」
「石ころみたいな食感が、食べ物とは思えなくて……」
「あー、私も食感が苦手なのあるね。 コアラ肉とか」
「苦手な食べ物の話でコアラが出たのは初めてです」
「新ちゃんの初めてもらっちゃった」と妙なことを宣う友人に、心情を伝えるため息を吐く。
少し子供扱いされることもあるが、対等に接してくれる人は初めてだ。 先輩のような歳上は勿論の如く子供扱いで、クラスメートも幼い容姿のせいで子供扱いだ。
仲の良い人は今までにもいたが、対等な友人は……葵さんだけだ。
「あっ、やっと順番きた!」
そんな葵さんを見ていると、ポッケから振動を感じてそれを手に取る。
先輩用の僕呼び機である。
「もしもし、あらたん?」
聞き慣れた声が耳に入り、それと同時に数人の女性の声が先輩の声の後ろから聞こえる。
「あ、先輩……」
「マジックショーの準備てか、タネの仕込みが終わったから。 待たせて悪いな、今どこ?」
葵さんにぺこりと頭を下げて列から離れる。
「中庭の渡り廊下の近くにある煮込みハンバーグの出店の横にいますけど……」
喉元まで出かかった「そこにいる女の人は誰ですか?」という言葉を飲み込む。
「そっか、じゃあ今から行くな。 あぁ、今の後ろのは浮気とかじゃないからな?」
「……そうですか」
「いや、信じろよ」
「信じてますよ。 僕は今でもスタッ○細胞の存在を確信しようとしてる程に人を疑うことをしない人間ですよ?」
「しようとしてるって、すでに疑ってるよな? むしろそれは存在しない方に寄ってるときの言葉だよな?」
そもそも、浮気も何もとため息を吐く。 僕が先輩のことが好きなのは、先輩も知っているのだから……勘違いさせるような言葉は控えて欲しいものだ。 いや、やっぱり両想いな気がする。
そんな妄想をしてたら、葵さんが僕に声をかける。
「肉超美味い。 食べる?」
そう言って口元にハンバーグを押し付けようとする葵さんを避ける。
「今、女の子の声が聞こえてきたんだけど……
「い、いや……そういうのじゃないですよ? 混雑しているので周りの声が……」
何故か必死で言い訳をしていると、葵さんが追撃をしかけてくる。
「新ちゃんも一回食べてみなって」
「…………」
「…………」
電話は繋がっているままなのに、会話切れてしまった。 恨みがましく葵さんを睨みつけるが、分かっていない葵さんは小さく首を捻る。
「いや、浮気とかじゃないです。 そもそも僕は女の子に興味ないですし……」
「そうか……」
「信じてください」
「いや、超信じてるって。 俺は現代のベートーベンのことも信じてるレベルで人を信用しまくるからな? あいつ本当に影武者によるゴースト会見じゃないから、髪切っただけだから」
「それって普通に耳のことは信じてませんよね」
そんな会話をしていると、電話とほとんど同時に後ろから声をが聞こえる。
「おー、じゃあ、適当に回るか」.
後ろを振り向くと楽しそうな笑みを浮かべて、こちらへとやってくる先輩。
葵さんに頭を下げると、仕方がなさそうな顔をして「十時までには教室にね」なんて伝えてくる。
「すみません……。 また後日、一緒に遊びにでも……」
「いや、気を使わなくていいよ。 友達に気を使うってのも変な感じだしさ」
それでも申し訳と頭を下げて、先輩の方に歩く。
「どうする? 屋台の食べ歩き……は、あらたんは楽しくないか」
「まあ、はい。 確かにあんまり……」
そうなると、ほとんど何も出来ることはないか……。 楽しそうな出店もない。 文化祭だから、夏祭りのような射的や金魚掬いは存在しないのだ。
「なら、とりあえず見て回るか」
特に方針を決めずにぶらぶらと一緒に過ごすことになった。
周りを見て、ヘラヘラ笑う先輩を見て、匂いを発する屋台を見て、ポスターで飾られた校舎を見て、文化祭という空気をお腹いっぱいに吸い込む。
いつもの制服と違う服装のクラスメート。 つまらなさそうに時間が過ぎるのを待っている隣のクラスの生徒。 ここぞとばかりにテンションを上げる学年が上の先輩達に、キョロキョロともの珍しそうに楽しむ後輩。
それに、はぐれないようにと僕を何度も見つめる先輩。
「楽しいですね」
先輩は呆れたように僕を見る。
「まだ何もしてないだろ」
「意外と何も、やることがないですからね。
あそこのペットボトルでボーリングなんて、小学生の時にやったっきりですけど、懐かしくてやりたくなったりしないですね」
「純粋にコンテンツとして面白くはないからな」
簡易的なボーリングに、新聞紙を丸めた輪っかを投げる輪投げと、格段に低いレベルのものが混じっているところも愛嬌である。
好きになるとえくぼもかわいいというが、それの理屈は人だけでなく祭りなどの催しものにも働くらしく、荒削りなところが尚僕の目を引いて楽しませてくれる。
「んー喉乾いたけど、飲み物とかはなかったよな?」
「そうですね、自動販売機しかまだみてませんね」
「買ってくる、新はコーヒーでいいか?」
はいと返事をして、財布の小銭入れから百円玉を二枚取り出すが、先輩に手で制されてしまう。
「今日ぐらい出しとくよ」
「え……あの、お金をいくらドブに捨てようとも僕には奢りたくないって言ってた先輩が!?」
「……まあ、なんていうか。 新は金持ちだから、意味ねーから、媚び売るためだけに奢るの本気で嫌だったんだけどな」
「そんなこと思ってたんですか」
実に面倒な人だと思う。 でも、媚びを売るようなのがいやという気持ちはよく分かる。
僕もそれが嫌だから、先輩と会うときは上がりそうになる口角を無理矢理下げて、高く響きそうな声のよくようを減らす。 ちっぽけなプライドってやつだ。