明日よ来いと希う
ポツリと街に一人で座り込む。 いや、周りには人が歩いているので一人とは言えないのだろうか。
地面に座り込んでも注目すらしない通行人は、果たして一人として数えることが出来るのか、俺には分かりはしない。
なんとなく、海の上で飲み水がない感覚と似ている。 一見すると有るように思えるけれど飲むことも叶わない。
再び出そうになったため息を飲み込み、立ち上がる。
もう一回【学校】に向かおう。
今日は文化祭らしい。
ゲームのようにフラグが立って、何かありそうではないか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
先輩と回ろうと約束をしていた文化祭だが、学校に来てすぐに「さあ遊びましょう」とはいかない。
朝起きて私服に着替えてやってきた学校は、学生達が登校する時間は決まっているので屋台やら出店やらの準備中である。
だからと言って、外のグラウンドで先輩と駆けて遊ぼうともいかない。 僕も劇の雑用係りの仕事で照明、スピーカーなどの機材や服や小物などの備品を体育館の近くまで運ぶ必要があるのだ。
重いものを運ぶのは面倒だけど、途中まで持って行くと、いいところを見せようとなのか男の子として矜恃なのか、僕の持ってる備品をひったくってくれる人がいるので大して辛くもない。 階段をギリギリで登り降りしなくて済むのはとてもありがたい。
「新ちゃん、そっち持ってー」
携帯をポッケから取り出して先輩からの連絡がないかと確かめていると、最近になって仲良くなった少女が笑顔で僕を呼ぶ。
「今行きます」
文化祭のお誘いを断ったので仲良くなるのは難しいかと思ったけれど、そんなことを気にした様子もなく僕と仲良してくれるいい子だ。 開いた窓から入り込んだ風が彼女の髪をふわりと揺らし、整えられた髪が乱れを見せる。
乱れた髪が、かつての姉と被さる。
「どうしたの? 新ちゃん」
見惚れていた僕を不思議に思ったのか葵さんが不思議そうに首を捻る。 「いえ、何もありません」そう答えようと思ったけれど、口は違う言葉を発した。
「葵さんは……嫌なことを嫌って言えますか?」
「え……」
葵さんの表情がどんどんと険しくなり、少し怖い表情で固定される。
「新ちゃん……もしかして、彼氏に無理矢理ちゅーとか、強要されてるの?」
「ち、違いますよ! 僕はちゅーなんてしたことないです!」
同級生のピンクな発言に、思わず大きく否定する。
何処と無く楽しそうな顔を睨みつける。
……姉と似ていると思ったけれど、性格は違うのかな。
「まず、先輩とは付き合ってもいないです」
「えー、赤口先輩とは言ってないけどなぁー?」
「……運びますよ?」
無駄口をしていたからか、クラスメートから注目を浴びてしまう。
ならば仕方ないと思ったのか、ダンボールを持ち上げた葵さんの手伝いにダンボールに手を当てる。
ここで問題が起こる。 葵さんは女の子にしては背が高く、僕はSサイズの女子である。 足りない! ……背が足りない!
仕方なく、一緒に持つことは諦めてダンボールの上に乗っている備品を取って両手で抱える。
「告白はされたの?」
「されてません。 そもそも、先輩は……僕のことをそういう目では見てませんよ」
「えー? あんなに仲良いのに?」
友達になってから、話したけれど失敗だったかもしれない。 分かっていないんだ、僕のことも。
違う人間なのだから、当然だけど。
「こんな、ちんちくりんを好きになる人なんていませんよ」
今着ている、少し前に先輩からもらったお下がりのコート。 それの折り曲げた裾を見せつける。
「いやいや、新ちゃんは性格いいから絶対もてもてだよ?」
「「いい性格してるな」とは先輩に言われたことありますね。 あ、そこ曲がったところにコードがいっぱいあるので気をつけてくださいね」
ひょいとコードを避けて階段の近くまでやってきたのでクラスメートの男の子に荷物を渡す。
「このコード、さっきまではなかったよね。 あれ? なんで新ちゃんは知ってたの?」
「えっ?」
遠くのコンセントから引かれている長いコード。 注意しておかないと葵さんが転けそうだと思って……。
でも、さっき来たときはなかった。 そんな話も聞いていない。 あれ? おかしい。
「未来予知の能力に目覚めた……!?」
それはないかとため息を吐く。
「さっきまではなかったって、勘違いではないですか? 足元なんてそんなにジロジロとは見ませんし」
「うーん? そうかなー?
それで、新ちゃんはいい子だから、絶対に大丈夫だって! ロリコンって人達にはもてもて確定!」
「それって、性格も何も関係ないですよね。
まさかの「性格いい」とか「いい子」とかの前振り無視ですか」
葵さんはダンボールもなくなった手で僕の頭をふわりと撫でる。
やっぱり、葵さんは姉と似ている。 顔ではなく、体型でもなく、身体を覆う雰囲気が。
「葵さんって、姉に似てます」
「お姉さん? どんな人なの?
私に似てるってことは……やっぱりボブサップファン?」
「マジですか……。
いや、趣味嗜好ではなくてですね」
雰囲気が、なんて言い出すことは出来なかった。 自殺した人に雰囲気が似ているなんて不吉にもほどがあるだろう。
「いや、そういえば姉もボブサップファンだったかもしれないです」
「マジですか。 引くわ」
嘘を吐いた。
初めから言い出さなければよかったのに、僕はバカだ。
先輩のお下がりのコートがふわりふわりと風に揺らされて、その風で葵さんが何処かに飛んでいってしまうかのような錯覚を受ける。
「葵さんは、嫌なことを、嫌だって……」
葵さんには意味が分からないだろう。 僕のお姉ちゃんが、何が辛かったのかも分からずに思い悩んで死んでしまったことなんて知らないのだから。
「言えない……かな? でも、新ちゃんと一緒にいるのは本当に楽しい!」
本当なら、嬉しいな、って微笑みかける。
一通り運び終えたので、時間も経った。 そろそろ屋台もやってることだろう。
「では、ちょっと先輩に電話してみます。 たぶん出ないと思いますが」
先輩から「ナースコール」なんて称されたそれをポッケから取り出して、着信履歴を押して電話をかける。
十ほど呼び出し音が鳴るが、先輩の声は聞こえてこない。
「……先輩から連絡くるまで暇です」
「新ちゃんは甘えん坊だね」
ぽつりぽつりと営業が開始してあるそれを見て、どれから食べようかと財布を開く。 中には三万円あるので、先輩が財布を忘れて来ようとも問題がない。
「……じゃあ、ちょっとだけ一緒に行こっか」
ああ、僕は甘やかされるとすぐに人を好きになってしまう。
バカだと思うけれど、仕方ない。 でも一番が先輩なのは揺るがない。
「じゃあ、先輩が来るまで……」
「うん、一緒にまわりながら待とっか」
キラキラ輝いて見える笑顔は、屋台を見渡す。
「じゃあ、あの煮込みハンバーグから食べ始めようかな」
「よく屋台で出そうと思いましたね……」