お断り
どうにも、先輩と行くことを教える以外にいい断り文句が思い浮かばない。 うんうん唸ってみても、アルバムをパラパラ読み進めても、それは思い浮かばない。
もう一度、やってきたメールを読み返してみようと携帯を開く。
「あらたん、お待たせ」
突然後ろから先輩に話しかけられ、思わず携帯の画面を隠す。
そんな僕の奇行を気にしたらしい先輩は首を捻りながら。
「エロサイトでも見てたか?」
「どうやったらその発想が出てくるんですか!」
「必死で隠すほど、人に見られたくないようなものは限られているだろ?
浮気のメール、エロサイト、友人との気の置かないやりとり……」
確かにその通りである。 浮気のメールのときに少しびくりと心臓がうごいたけれど、流石の先輩も心臓の音を聞くことは出来ないだろうとたかをくくる。
「新には恋人はいない、友人もいない、つまりはエロサイト……いや、ロリエロサイトの可能性が高いわけだ!」
とんでも理論である。 しかも失礼だ。 そしてセクハラだ。
今隠したのは、その三つのどれに入るかというと……まぁ友人とのやりとりというやつだろう。 しかしながら、友人から文化祭を一緒に回らないかと誘われて隠すのとなると少し話が変わる気がする。
浮気……? 一部から、女の子に興味があると思われている僕ならそう取られるかもしれない。
「いえ、違いますよ。 友人……まぁクラスメイトのことメールしていただけです」
「そうなのか? ああ、 別に俺は横で見てるけど、気にしなくていいぞ?」
そう言いながら、僕と友人のメールを盗み見る……いや、違うな、普通に見るつもり満々といった様子で隣の椅子に腰を掛けた。
浮気……それが思い浮かんだせいで、少し気が引けるものの、事実上や僕の心理では全く関係のない単語である。
むしろ、先輩に断り文句を考えてもらえる分都合がいい……。
一番の問題は、メールの内容を見せるのは不誠実極まりないということだろう。
「僕は見せても問題ないですけど、そういうのってマナー違反じゃないですか?
少なくとも、人によっては怒ることではありますし」
僕も、先輩とのやりとりを人に見せられたら恥ずかしくて数日は家に引きこもるだろう。
まだそんな恥ずかしい内容はなくとも今からそういう内容がくるかもしれない。 高校生の脳内の半分は人目に晒すには恥ずかしようなことなのだから。
「そういうものか。 最近の若者は難しいな。
俺があらたんぐらいの歳の時は皆全裸でウホウホ言いながら狩猟していたのに」
「なるほど、世代間ギャップですね」
僕はツッコミを放棄した。
「……あの、ですね。 文化祭を一緒に回らないかと、他の子からお誘いがきていて」
その言葉に、表情を歪める先輩。 先輩はにやけ面をすぐに取り戻し、顔に貼り付けるようにしてニヤニヤと笑う。
「あー、一緒に行くのか?」
「いえ、出来れば断りたいんですけど……先輩のことを言うと、ですね?」
先輩がロリコンだとバレる。 それを言いたいけれども、僕が自分の容姿の幼さを理解していることを先輩に伝えるのはリスクが高い。 尋常ではないほどからかわれるだろう。
程度を遥か彼方に追い去るほどたくさんの、容姿の幼さ関係の罵詈雑言を受け、小学校からやり直したくなるかもしれない。
「ああ、普段からクラスメートの誰とも話さない、自宅に引きこもらないのが不思議でしかたないとクラスメートの誰からも思われている新が、まさか世界規模でモテモテの俺と両想いの文化祭ラブラブデートをするとは思われることはないだろうから、妄想の話として精神病院に連れて行かれるのが関の山だもんな」
複雑な感情が僕の中で渦巻く。 先輩の台詞ら色々と間違いが多すぎる。
「いえ、多少は会話しますし、先輩は僕以外からは変人としか思われていないでしょうし、ラブラブデートでもありません、精神病院に連れて行かれることもないです」
「ん? 俺って顔や頭や運動能力はいいから結構モテるぞ?」
意地悪ですし、エッチですし、性格は最悪ですけどね。 そう言いたいけれど、もしこれで嫌われてしまい、他の人のところに行ってしまうのではないかと思うと……口が固まり動かない。
「……そうです、ね」
惚れては負けという、訳の分からない言葉を聞いたことがある。 馬鹿にしていたが、まさにその通りであることが分かる。
昔の、先輩にひたすら付きまとわれていた時ならば好き勝手に言えていたようなことが、どうしても言うことができない。 嫌われてしまうのではないかと恐れるせいか、先輩の言葉や行動を拒否することに強い忌避感が生まれている。
前は嫌だった、時々ある先輩の僕を見るときの妙な視線も、これで嫌われてどこかに行くことはないと安心してしまう一因になる。
「えー、っと、それで、クラスメートに誘われたんだな?」
先輩の言葉に小さく縦に振る。
「オス? メス?」
「女の子です。 それは流石に失礼だと思います」
一応苦言を言っておく、全ての人間に等しく偉そうな先輩ではあるけれど。どうにも今日はより一層、偉そうである。
「そうか、一緒に行くのか?」
苛立ちを隠す先輩は、ほんの少し怖く思える。
「いえ、さっきの通り、断ろうと思ってます。 でも、いい断り文句が思い浮かばなくてですね……」
「なるほどなるほど。 俺の新に手を出そうとする不届き者を懲らしめる文面を考えればいいのか」
「違います」
そろそろ帰る準備をしなければならないので、アルバムをさっと流し見てから荷物を整える。
『文化祭前日(2020・9/24)』その文面が一瞬、見えた気がする。 いや、見間違えだろうとアルバムを閉じて、しまう。
「とりあえず「僕は女の子には興味がありません。 それに全長170mは欲しいですね」とかどうかな?」
「全長170mとかそこら辺のゴジラより遥かにデカイですね」
「そこら辺にゴジラはいない。 とりあえず送ってみたら? 冗談っぽくしたら意外と簡単に誤魔化せるかもよ?」
先輩のボケに何時ものキレがない。 何かあったのだろうか、それとも僕が誘われたのがそんなに不安なのか。 もっと隠れてメールすべきだったかな?
「じゃあ、一緒に帰るか」
「はい」