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僕は楽しいを否定して

 どうにも振り払えない、妙な不安感。


「空亡? どうかしたでござる?」


「いえ、何でもない、です。 少し急いで来たので」


 とん、と。 いつも僕が座っている席に座る。

 ああ、なんだか疲れた。 早く休みたい。 そう思っても現実は非情で休む暇など与えてくれない。

 もう少し体格が良ければ楽なのだろうけれど、僕の身体だと階段を登るだけで一苦労だ。 障害や老齢以外にも低身長用のバリアフリーはないだろうか。 ないだろうな、絶対数が少ないし。

 それでも、階段だけはもうちょっと一段一段を細かくして欲しいと感じる。 いや、まぁ……今の疲れは身体的なものではないのだけど。


「じゃあ、ここに名前だけ書いて欲しいでござる。 他は先に書いておいたでござる」


 謝罪と礼を言ってから、一通り目を通して空亡 新と書き込む。


「すみません、まだクラスの仕事が残っているので……」


 話をすることもなく、まだ冷たさの残る椅子から立ち上がり、教室に向かう。


「ああ、空亡」


「なんですか?」


 急いでいるけれど、引きとめられたなら多少遅れても仕方がないことだと、教室に行くのを遅らせる言い訳、口実が出来たことを喜ぶ。


「楽しいと思えば、楽しいものでござるよ?」


 彼が話しているのは、きっとクラスのことだろう。 あの、楽しくないクラスを楽しく過ごした方がいいという、先輩らしいアドバイス。


「僕は……楽しいことを、望んでいません」


「赤口の前が、前だけが……楽しい。 それを望んでいる。 健気だな。

田中から聞いたぞ、好意的に接してくる奴とも話さないって」


「ござる口調がなくなってます。 それに、それでいいんですよ」


 僕はそれでいいと言った。 それでいい。 その言葉には何の偽りもない。

 僕を置いて、何処かに旅立っていった薄情な両親も、自殺した姉も、誘うだけ誘っておいて、すぐに転校した咲華先輩とよりも、僕が気に入らなくなるとすぐに疎遠になる友人よりも……「ずっと一緒にいてやる」と、頼んでもないのに、言ってくれた先輩と、一緒にいるのが楽しいのがいい。

 僕が、相手の「僕と一緒にいるという不幸」を望む必要もない。

 別れが悲しいなんてことはない。 ずっと一緒にいてくれるから。 ずっと楽しいなら、他はいらない。


「さみしくないでござるか?」


「さみしくないですよ、先輩は僕が死ぬまで一緒にいてくれるそうなので」


「それなら、田中でもいいのではないでござるか?」


 なんで、田中くんが…….なんて言葉は吐けない。 知っているから。


「誰でもいいわけないじゃないですか」


「……田中には、柔らかく伝えておくでござるよ」


 ありがとうございます。 そう、目の前のお節介焼きに伝える。



 先輩との楽しい文化祭と、クラスのつまらない文化祭はもうすぐだ。


「あっ、空亡さん……」


「すみません、ちょっと遅くなりました」


 引田さんや、山根先輩と話し込んだせいか、随分と時間が経っていた。 僕が途中で放ったらかしたドレスはドジな少女が完成させてくれていた。

 少しだけ気になる点もあるが、文化祭の劇で使う程度ならば何も問題はないだろう。


「いや、大丈夫だよ。 うん、それよりさ……これから、暇かな?」


 少女が尋ねる言葉は、少し遠回しな遊びや会話の誘いだろう。 それも、ここに作業に戻って来たのだから時間があることが分かり切っている。

 ここで忙しいと言えば露骨な嘘になる。 この気の弱そうな少女が意地悪なことをするとは思えないけれど、敵を作るようなことも嫌なので、首をこくんと縦に振る。


 他の人達もまばらに帰っていっているので、作業している人にさして気を使う必要もなく、二人で教室から荷物を持って出る。


「えっ、と、どういう用ですか?」


 人気の少なくなっている廊下を、僕の歩きやすい速さでゆっくりと歩きながら、クラスメイトの少女に声をかける。

 どこに向かっているのかは定かではなく、話し相手の少女も適当に歩いているだけのようなのがとても不自然に思える。 しかし、歩くという行動は、向かい合って話すよりも間が持ちやすい。 最悪、数分黙って歩いていても不思議ではない。

 そんな理由からか、何処に向かうでもなくゆっくり歩く。


「ちょっと、失礼なんだけどね。 空亡さんってさ、いつも一人だから……私と境遇が、似てるかな? って」


 そろそろ朱くなっている空の色が、クラスメイトの髪の毛を赤く染める。 真面目そうに整えられた長髪と、着崩しなどのない制服が朱く変わることに、ちょっとしたギャップのようなものを覚える。


「だから……いや、だからってわけじゃないんだけどね、友達になってくれないかな」


 友達。 それはこうやってなるものなのだろうか。 僕は仲のいい先輩はいるものの、同年代の友人や年下の友人を作ったことはない。

 友達がいない一番の理由としては、実年齢と容姿年齢の差が大きいからだ。 同年代、もしくは1〜5歳程度下の年齢差ならば、相手が多少幼く見えても僕の方が子供に見えるためか……それとも僕が敬語なせいか、後輩と先輩が逆になってしまうような感覚に陥りがちになってしまいやすい。

 同年齢ならば、「とりあえず「かわいいー」とだけ言っていればいいか」といった心理が明け透けに分かるので気分が悪く、結果的に対等な友人関係は築けない。


 そんな訳で、先輩、歳上との方がコミュニケーションが取りやすく、比較的容易に仲良くなれる傾向にある。


 尤も、一番大きな理由は、子供扱いされたくないと子供っぽいものだけれど。


「空亡さん?」


 少し考えていると、不安そうに僕を見下ろすクラスメイトの少女を見上げる。


 背は高い。160は超えていそうだ。 顔は美人の方に含まれると感じる。 童顔ではないので、ロリコンの先輩を取られるということはなさそうだ。 それに真面目そうである。

 かなり上から目線ではあるが、最低条件は満たしている。 しかし、嫌だ。

 優しそうだし一緒にいたら楽しいだろう。 だからこそ嫌だ。


 でも、断ることは難しい。 「友達になって」それに対して「はい」以外の答えを出して、気の弱そうな相手の気持ちを否定することは僕には出来ない。


「……僕で、いいのなら」


 真っ赤に染まった顔が、ほっとしたように緩む。 これが真正のぼっちというやつか……。 コミュニケーション能力というものが感じられない。


 出来ることならば、断りたかったけれど、それは彼女の不幸になる。 それは避けたい。


「ありがとう空亡さん。 これからよろしくね」


 やはりコミュニケーション能力を感じられない。 差し出された手を握り、握手をする。 名前も分からないクラスメイトと友達になる。


「よろしくお願いします」


 とりあえず、携帯の番号とメールアドレスを交換してから、別れて部室に戻る


「空亡、早いでござるな」


「あ、友人……いや、クラスメイトが代わりにしてくれていたおかげで、です。

でも、そろそろ帰らないといけない時間ですね」



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