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うつらうつらと夢に向かうよう

 数日前から始まった、田中君と僕、そして何故か先輩のマジックショーの練習はなんとか見れなくはないものへと成長を遂げた。

 まさか、全くマジックが出来ないで自分がやると言い出すとは思っていなかったので驚いたが、先輩でもあるまいしそんな都合よくなんでも出来るような人は珍しいのだから普通だろう。 上から目線の言い方だが、出来ないことでも自ら進んでやることは評価に値するものだ。


「では、お次はこのトランプの中から一枚を私から見えないように引き抜いてください」


 このトランプマジックは、田中さんがしっかりとシャッフルしたトランプからランダムに引き抜き、その中身を予想していて近くに隠している封筒に入れていました。 といったオーソドックスなもので、タネは単純に引き抜いたカードを後ろから普通の客に扮した先輩が盗み見て、簡単な合図で田中君に教えて、田中君が封筒から取り出すなんて簡単なトリックの物だ。 ちなみに、予め13×4の52枚のトランプを全てそこら辺に仕込んでいるという手抜きマジックだ。


 先輩のマサイ族じみた視力と、暗殺者としての適性を確信出来るだけの影を消す技術があれば、失敗はしないだろう。 田中君が失敗しなければ。


 他にも、これに似た学生が文化祭で披露するのには充分なレベルの物をいくつか用意しているが、僕と田中君には悲壮感が漂っている。


「やっぱり……去年に比べてしまいますと……」


「だよなあ…………あの瞬間移動のってどうやってるんだ?」


 不思議そうな顔をした田中君。 当然疑問に思うだろう、学校の体育館とい大掛かりなタネが仕掛けれない場所での瞬間移動という派手なマジックだったわけだし。 しかし、咲華先輩の行ったマジックは日本語訳すると「手品(マジック)」ではない。 正真正銘「魔法(マジック)」だ。

 田中君は超能力なんてチープな話を信じてくれるだろうか? まぁ、信じることは出来ないだろう。


「僕も、よく分かりません。 咲華先輩の言うとおりに助手をしていただけですので」


「そうか、あれぐらい出来たら盛り上がるんだけどなぁ」


 二年生と三年生はもうこの部活のマジックを見ているので、それだけハードルは上がっているはずだ。 かなり器用な田中君とは言え、瞬間移動やら飛行やらよく分からない怪奇現象やらと連続で行われた去年には勝ち目はないだろう。

 しかし、今から変える訳にもいかないので、このままいくしかない。


 チラリと先輩の方を向くと、興味ない、お前らが頑張れといった表情である。 まぁ、先輩の力を借りるだけ借りて、田中君が目立ってチヤホヤされるのは気分がよくないだろう。


「そういう問題じゃねーよ。 そんなのはどうでもいいんだ」


「さらっと心読まないでください、咲華先輩ですか」


 先輩は夕焼けに照らされながら、大きく欠伸をしてからつまらなさそうに話す。


「新は表情に出やすいんだよ。

田中佐藤、別に協力しないとは言わないけどよ、なんで新に助手させようとしてんだ。 それを聞かせろよ」


 顔に出やすいとは先輩が言える言葉ではないだろう。 怒りなんてものではなく、もっと単純な不快感を露わにした表情で田中君を問い詰める。 部長だったからとか、同い年で一番頼みやすかったとか、その程度のものだろうに。 今更何を聞いているのか。


 僕のそんな呆れを他所に、田中君は口を閉ざして開かない。


「言わない、言えないってことはそういうことでいいんだな?」


 僕を置いてけぼりに、先輩は話を進める。


「卑怯者が。 んなことに俺を協力させようとよくしたな」


 先輩は言い捨てる。 田中君は泣きそうな、悲痛な表情を浮かべ、叫び声を押し殺すように押し黙る。 何を喧嘩しているのか、話についていけない僕に先輩は一言「帰るぞ」と、声を掛ける。


 帰ってよろしいものなのだろうか。 いつも帰宅しているぐらいの時間だけど、このまま喧嘩別れのようなのはよろしいとは言い難い。

 しかし、それは当人等の問題であるのでなんとも言い難いけれど、このままいつも通り先輩と一緒に下校すると田中君が一人で帰ることになる。

 そうすると、僕がこのことで先輩の味方をしているようで……今後とも気まずい。 先輩のようにそういうのを気にせずに接することが出来る人種ではないのだ。


「えっ、えっ……と……」


 先輩は戸惑っている僕をないものとして扱うように、顔を俯けている田中君に一方的な約束を取り付ける。


「明日にでも、どうするつもりなのかの、答えを聞く。

また明日な、じゃあな」


「ああ、さようなら、赤口先輩」


 先輩に手を引かれ、僕は部室から去った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 翌日、部室にトコトコと向かうと、部室の前で先輩と田中君が睨み合っている。 一触即発という四字熟語が頭に浮かび止めに入るべきか迷うも、まだ喧嘩が始まっていないことから、喧嘩を止めるという大義がないために止めに入ることを躊躇してしまう。


「それが、お前の答えか」


 えっ、何も話していなくない? そんな傍観者である僕の意思を知らずに、先輩の問いに田中君は睨み付けながら頷く。


「そうか、卑怯者と言って悪かったな」


「いや、間違ってはいなかった、昨日はな」


 何か解決したのか、そもそも揉めていたのか分からぬままに、二人は部室に入っていった。


 男の子はよく分からないな。


 いつの間にか、仲良くなった二人は一応ではあるが助手の僕を除け者にしてどんどん新しいマジックを作っている。

 さみしいものではあるが、僕は来週の金曜日に提出する宿題をやるという、高尚な使命があるので話に参加は諦めるしかないだろう。 マジックを自分で作るなんて器用さがないというわけではない。


「んで、ここで新を超高速回転させるわけよ」


「いや、それなら三人に分裂させた方が見た目的に派手じゃないか?」


 などと好き勝手話しているが、分裂とはどういう意味だろうか。 高速回転とかマジック違う。


 そんな恐ろしい会話を聞きながら、分かりもしない数学の宿題を前に頭を捻る。


「いや、こうした方が回転数上がるだろ!」


「回転数よりもインパクトだろ!」


「インパクトなら! 小林幸子みたいな服にしたらいいだろ!」


 僕は自分のメモ帳を一枚破り「回転はしません、衣装も制服でお願いします」とだけ書いて、そっと二人の間の机に置く。


「制服コスか……新はどんな制服が好き?」


「あぁ、そういう意味だったのか」


「違います。 コスプレなんてしませんよ、ここの制服のことです」


 なんで、そんな恥ずかしいことを自ら望んですると思ったのか問い詰めたい。 ここの制服でさえサイズのあっていない恥ずかしい物なのに、何故何故何故、と。

 まぁ、そんな根性があるわけもなく表情を歪ますことしか出来ない。


「……今更だけどさ、新を助手にするの辞めないか?」


 えっ。

 嬉しいはずの言葉だけど、唐突すぎて数学の式を書く手が止まる。 何か不手際があっただろうか、と考えるが、考えるまでもなかった。

 簡単な助手の仕事を失敗しなかった日はない。


「いや、そういうことじゃなくてだな。 目立つの嫌いだろ?

断るの苦手だから頑張ってるだけかと思ってさ」


「あ、あぁ、そういうことですか。

でも、他に出来そうな人も……」


 それに、田中君にも悪いです。 そう考えていたら先輩が田中君の肩に手を置く。


「お前も、無理させて近くにおくよりは見てもらった方が都合いいだろ?

勿論、俺にも都合いいしな」


 都合。 という言葉に田中君は頷く。


 どうやら僕はリストラされるらしい。



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