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空亡新と文化祭

 日焼けなどとは縁がない白い肌から泡が洗い落とされる。 肌とは対象的な、他の色合いの混じる気配のない黒髪を頭の上に纏め、湯船に張られた湯に左手を浸けることで湯温を確かめる。


「……少し、ヌルい、かな」


 さっきは長電話し過ぎてしまったようだ。

 結局、先輩は何が言いたかったのだろうか。 いや、ただ僕と話したかっただけかな。

 そうだったらいいな。 ただの暇つぶしだと少しだけ、悲しい。


 多少温くとも、しっかりと浸かれば湯冷めはしないだろうと、僕の身体の割りに大きい湯船に入り込む。

 明日の準備はもう済ませたし、もう少しだけなら話し込んでもよかったかもしれない。


 いや、まだ準備することはあった。 そろそろ文化祭だ、クラスの出し物は目立ちたがり屋が劇をしたがっていて、勝手に決まっていたから適当に放っておけば、照明係か何かに入れておいてくれるだろう。

 問題は部活動の出し物だ。 部活はみんな駄目な人ばかりだから、少しは考えて行った方がいいかもしれない。


 劇は嫌だし、バンドみたいなのも嫌だ。 というか、目立つ場所に出ると必ず「何あいつちっさ」や「ん?なんで小学生が混じってんの?」などと馬鹿にされるので好かない。

 出来ることならば、もっと地味なのが望ましい。 そして、他の部活動がやるというスク水喫茶とメイド喫茶と猫耳喫茶に行きたいので、時間が縛られないものがいい。

 となると、何かを展示物かな。 時間全然ないだろうけど。


 よし、そうしよう。 そう決めたところでお湯から上がり、湯船の栓を抜いてから脱衣所に向かう。

 用意していたバスタオルで身体を拭いていく。 その途中、僕の携帯が鳴る。

 誰からだろうか? なんて考える必要はない、いつも通り先輩だろう。 きっと、さっきの電話で伝えるべきことを忘れて僕をからかい遊んでいたのだ。

 間抜けめ、罵ってやろう。 などと悪巧むが、裸のままで電話に出るのは恥ずかしいので、パパッとパジャマに着替えてしまおう。


 着替えかま完了したのと同時に呼び出し音が途切れ、諦めて切ったのかと思い駆け寄る。


 あぁ、やっぱり先輩だ。 自分の推理力が恐ろしい。

 すぐに先輩に掛け直す。


 呼び出し音がなり、先輩が出るまでの間に「あ……んぅ」と、声がちゃんと出るかを確認する。 相変わらず、思春期を経ても声変わりもしていない自分の声を聞いてため息が出そうになるけれど、それは今更だ。


 今更か……。と思うと、我慢したため息が漏れ出る。


「なぁ、電話出た瞬間ため息って嫌がらせ?」


「えっ、あっ、すみません。 ため息は別件です。

それより、今の電話は何用ですか?」


 高く上がりそうな声を抑えながら、次の話題を促す。


「ああ、そうだな。 実は新に相談があるんだ」


「先輩が? 珍しいですね」


 珍しい、いや……初めてかもしれない。 そんなことがあるなら、いつでも相談に乗ったというのに。

 まぁ、先輩が解決出来ないようなことが僕になんとか出来るとは思えないけれど。

 そんな僕の不安を他所に、まるで僕に聞いてもらえばどうにでもなるとでも思っているかのように言葉を発する。


「どうしても……うん、どうしても、叶えたいことがあるんだ」


「はい」


 その内容は言いたくないから伏せているのだろうと、叶えたいことを尋ねたりはしない。 ただ、今はゆっくりと聞くべきだろう。


「それを叶えるために、手を替え品を替えって感じで、百回以上チャレンジしてみたんだが。 全部見事に失敗した。

俺は……どうするべきなんだ」


 答えは、僕が出していいのだろうか。 僕ではなく先輩が決めるべきだと思うが「先輩の好きにした方がいいですよ」と言えば、絶対にまた挑戦するだろう。 先輩は、そういう人だ。

 そんな先輩が、僕に相談をしたって事は……諦める材料が欲しいということだろうか。 僕を諦めるための材料にしたいと。


「諦めた方がいいと思いますよ。 何でも出来てしまう先輩が出来ないってことは、そんなの人間には不可能ってことなんですよ。

諦めてもまだ諦めきれなくなったら、その時にまた、頑張ったらいいんじゃないですか?」


 最後に「お金と暇だけならあるので、それで良ければ手伝いますよ」と付け加え。 あぁ、これでは巷で言う都合のいい女ってやつではないかと落ち込む。


「……それもそうだな。 しばらくは遊ぶか。

まだお前は新なんだし」


 何を言いたいのかよく分からないけれど、やっぱり諦めはしないらしい。 まぁその方が先輩らしくていいかな。


「ありがと、なんかスッキリした。

また明日、部活でな」


「はい、お役に立てたなら何よりです。 おやすみなさい」


 ぷつ、と途切れた携帯電話を眺める。 ぽつ、と頭から落ちた水滴に、まだ全然頭が拭けていないことを思い出してタオルを手に取る。


 部活で、か。 明日は家に迎えに来てくれないのか。 一人で学校に行くのは久しぶりだ。

 あと、二週間で文化祭。 明日は劇の配役とかも決めるらしいので、早めに寝ようかな。 どうせ、役決めの話には参加しないだろうけど。


 髪の毛を乾かして、何もやることがなくなったので、先輩からメールが来てないかを確認して、布団に潜り込む。

 明日は、何曜日だっけ? などと考えている内に、眠ってしまった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 つまらないなぁ。


 クラスの皆がワイワイと話し合っているのを、行儀よく他の人の物より一回り小さい椅子に座りながら、それを眺める。

 自分から話しかけるなどと面白くしようとしていないのだから、つまらないのは当然だけれど……まぁ、尤も、誰かに話しかけたとしてもつまらないのは変わりがないだろう。

 僕自身が、このクラスがつまらないことを望んでいるのに面白い訳がない。


「空亡さんはさ、どの役がいい?」


 クラスの中でも気さくと聞く少年が、楽しそうな笑みを浮かべて僕に話しかける。


「私は……何でもいいですよ」


 劇がしたいと言っていたクラスメートの女の子が、やる気がないのかと呟く。

 否定することも出来ずに、顔を下へと向ける。


「まぁ、そう言ってやるなよ。 別に、遠慮なんてしなくてもいいんだぞ?」


 また子供扱い、他にも半数以上は参加していないのだから僕にだけ構う必要はないだろうに。

 そもそも、この人は周りが見れていないのかな。この劇のメインキャラクターは数人で、後の人達はちょっとだけのキャラクターや声だけのガヤや演出担当になるんだから今更僕が入り込む余地はない。

 まぁ、目立つようなのは絶対に嫌なのでメインキャラクターの枠があったとしても嫌だと言うけど。


「遠慮はしていませんよ。

私は家族が見に来たりはしないので、見せたい人もいませんので」


 そんなもんかな。 と首を傾げる男子生徒から目を離し、ポケットから携帯を取り出して、先輩から連絡がないかを確かめる。 連絡はない。

 もう放課後なのに部室に行けていないから、何か連絡してくれているかと期待したけれどメールも電話もきていない。

 この時期だし、先輩も似たような感じで足止めを喰らっているのかもしれない。


 ああ、面倒臭い。


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