【暴食の試練】先負と赤口と仏滅
大変お待たせしました。
コーヒーが予想外に高かったので、僕の手には赤い缶。 少しばかり暑いこの時期にはちょうど良い冷たさで、手が滑らない程度の水滴が缶についており、風が心地よい。
きっと僕は、楽しい夢を見た童女の寝起きのように呆けた表情をしていることであろう。 ほんの少し残念なことはあったが、好きな人に奢ってもらうというのはとても嬉しいものだ。
たとえそれが、それの数倍の値段を奢った後でも。 この後に電車代を出す予定があったとしても。
晴れやかな気持ちで、先輩と戦部さんの方へと目をやる。 少し気持ちの悪いぐらいの筋肉が盛り上がり、表面に浮かぶ汗によって健康的な茶色い小麦色の肌が太陽光を反射している。
思わず目を逸らしてしまうのは、怯えているからではなく、反射された太陽光がチラチラと鬱陶しいからであるとここに明言しておこうと思う。
先輩の方を見る。 金髪に変わっているが、外国人や外国かぶれの人と言うよりは、大学デビューに失敗したような妙な違和感を感じる。 少し早めに黒に染め直してもらいたい。
そんな二人は睨み合いながら、勝負を続ける。 勝負とはジャンケンのことである。
先輩は何故、相手にしているのだろうか。 僕達には世界を救うという崇高な使命があるというのに。
それに、その試練をクリアするのを競っている最中なのに、何故ジャンケンで競うなんてことをしているのかが僕には理解できない。
「あの、いいから次の場所行きましょうよ」
めんどくせえなこいつら。 などと、実際には絶対に口に出せないことを内心に潜めながら、下手くそな笑顔を取り繕って次の試練に向かうことを促す。
「違うだろ。 そうじゃない。 新はそんなんじゃないだろ」
「はい? 意味が分からないのですが」と返そうとするも、人体模型のように固まった顔をしている先輩に驚き、一歩……たった一歩分だけ足が止まる。
「えっ、あっあの……」
「あぁ……悪い。 こっちの話だ」
こっちの話とはどっちの話のことだ。 少なくとも僕の名前を呼んだはずだ。
「それより、次の試練だったか? 携帯で調べたら出るか」
「電話をかけても七回に五回は繋がらない癖に、持ち歩いているんですね」
先輩からはかけてくる癖に……。と聞こえにくいように付け加える。
「そりゃあ携帯だからな。 携帯は携帯しているから携帯って言うんだぞ」
先輩はそう言いながら、僕のズボンのポケットから携帯を取り出す。 ポケットの大きさの割に大きい先輩の手にむずかゆさを感じ、僕は小さく身をよじる。
「携帯を携帯していなかったんですね……。 あれ? 携帯を携帯していないなら携帯とは言わない?
ならば先輩の携帯は何なんですか? 置き電話?」
「そうだな……ナースコール?」
誰がナースだ。
いや、でも病気で弱り切った先輩をニヤニヤと観察しながら看病するのは楽しいかもしれない。
「ふひひ」と悪の心を笑い声に反映させて、先輩を引かせる。 もしかしたら、周りから見るとナース扱いを喜んでいるように見えるかもしれない。
しかし、僕は白衣の天使ではなく悪意の天使である。
「新の携帯は持ち歩き型インターネッツ視聴機だな。 それ以外の使い道が俺との電話以外存在しなさそうだ」
「ちょ、ちょっと、メールとか電話の履歴見ないでくださいよ」
先輩から取り返そうとするが、先輩が少し腕を挙げただけで僕の手はそれに届かない。 ジャンプをして足りない高さを補おうとしても、もう少し高めに手を挙げさせただけで終わる。
「そこは俺も似たようなもんだけどさ。
あと、待ち受け画面がナタデココってどういうことだよ。 初めてみたよ、待ち受けがナタデココのやつ」
「好きなんですよ! ほっといてください!」
先輩が携帯を上げたり下げたりして僕をからかっていると、先輩の肩に茶色い手が触れる。
「童女を虐めるのは関心せんな」
「えっ、あっ、うん」
「えっ、あっ、ありがとうございます?」
先輩と同時に戦部さんの参入に驚く。
先輩の弄りから助けてくれたことはありがたいような、毛ほども、毛の先っちょほどもありがたくないような。 ……正義感があるのはいいことだと思う。
「ほら、君の携帯型Internet視聴機だ」
発音が素晴らしい戦部さんに手渡されるが、困る。 結局は先輩に渡すのだが、それがしにくい。 極端にしにくい。
どうするべきかと先輩にアイサインを送るが、それも気にせずに先輩は僕の携帯を取る。
戦部さんの反応にビクビクしながら、先輩が早く調べ終わることを願う。
「【身長 伸ばし方】【年下 魅力】【ナタデココ 専門店】【ナタデココ 爆発】 【先輩後輩 小説】【ナタデココ食べ方】【低身長 女】【なろう オススメ】【身長 整形】【ショッカー】
……ナタデココ食べ方とナタデココ専門店はまだいい、ナタデココ爆発ってなんだ」
「あっ、検索履歴見ないでくださいよ!」
また取り返そうとしそうになるが、戦部さんがいるのでそうもいかない。
「いや、勝手に表示されるし。
それと、身長にコンプレックス持ちすぎだろ。 なんて言うか……流石にショッカーには頼るなよ」
「ショッカーと身長のことは別件ですよ!」
あぁ、世界が変わるのならばついでに検索履歴も変えてくれれば良かったのに……。嘆いても先輩から取り返すことは叶わない。 取り返そうとしたら戦部さんが取り返してくれるおかげで変な空気になるし。
「あと、ブックマークにあるこの小説ってなんなの? しおり機能とかお気に入りとかはないの?」
「もう調べる気0ですね……。 見ないでください。本当に見ないでください」
僕の愛読している先輩後輩物の恋愛小説がバレてしまう。 バレるのを恐れたあまりにお気に入り登録せずにブックマークしたが、それが裏目に出てしまうとは。
「写真も……。 うん、そろそろ試練について調べるか」
「何か言ってくださいよ……」
結局、恥を晒されただけで何のフォローもなく終わった。 ひどい。
すぐに試練の場所を調べ終わった先輩に、連れて行かれる。 何と無く行くのが嫌だ。 色欲も強欲も嫌な試練だったし。
赤い紅い緋い光の柱、それに戸惑いもなく入る二人を眺める。 いや、僕が眺めているのは二人ではない。
戦部さんも、先輩もどうでもいい。 大切なのはこの光の柱だ。
ーーあぁ、なんと美味しそうなんだろうか。
食べたい。 美味しそう。 お腹いっぱいに、お腹いっぱいに。 張り裂けてもいいぐらいたくさん食べたい。 この美味しそうな赤い柱を。
僕は、飢えた獣を隠しながら、ゆっくりと柱へと手を伸ばす。
次の瞬間には、レストランの席に座っていた。
「色欲、強欲の次は暴食ですか」
その言葉に反応したのは、隣に座っている先輩でも、その隣に座っている戦部さんでもなく、捻じり鉢巻をしたオークだった。
「そうだぜ、新の嬢ちゃん。 よくここまで来たな」
オークの魔王、そして僕の知り合い……まさか!?
「もしかして、土田さん…………?」
「おう」と、豚の顔で笑った土田さん。
「やはり、魔王だったか」
今更の話なので突っ込まなかったが、今、僕は大きな声で叫ぶように言いたい。
うん、もうやだこの世界。
タイトル変えたくなってきました。もしかしたら変えるかもしれません。