【強欲の試練】君が悪いから告白
先輩と強欲の魔王が話している。 試練ではないと思う。 何の話だろうか、僕の事を心配してくれているのだろうか。
「他の人がいたら貴女の強欲が発揮出来ないということらしいので、私は少し外に出ますね」
ギブアップしたのに、僕の試練はまだ続くのか。 この地獄はどうやったら終わるのか。
なんでも有った先程の部屋とは逆に、何もない部屋だ。 広いのに、何もない。
「新……なぁ」
「他の人がいたらって、先輩が魔王に言ったんですよね? なんで先輩がいるんですか」
先輩はそれを不思議に思わなかったのだろうか。 まぁ、魔王を何処かに行かせる方便だろうけど。
先輩は部屋をぐるりとまわると、わざとらしい溜息を吐きながら僕の元にくる。
「何か、簡単な解決策でもないかと魔王を追い出してみたけど、そんな都合いいものはねーな。
都合いいものどころか、扉以外何もねーけど」
「そう……ですか」
「ここら辺でなみのりでも使えば何かいいとこに行けたりしねーかな?」
「しませんよ。 水辺すらないですし。
それで、なんですか?」
「あ、あー……なあ、俺はさ……ずっと、謝らないといけないことを隠してたんだ」
「浮気のことですか?」
「してねーよ! てか、付き合ってもないだろ」
なんか、しっくりとこない。 先輩との楽しいやりとりの筈なのに。 【強欲】から逃げているからだろうか。
それとも、もっと別の要因か。
辛いと感じているのは先輩も同じなのか、夏の青空を仰ぐように天井を見上げる。 この部屋の中にはいつもの先輩のふざけた顔はなく、いつも先輩が笑っている部室に逃げ込みたくなった。
僕が大好きな先輩は、桜が咲くような……すぐに消えてしまう笑顔を貼りつけて。
震える唇を開こうとする。
「要りません、要りませんよ。 謝罪なんて欲してないですよ。
先輩が僕に謝らないといけないことなんてこの世には存在しないです。
先輩に笑われると僕も楽しいです、先輩に撫でられると天にも昇る気持ちになります、先輩に襲われても僕は嬉しいと思います、先輩に殴られても僕は辛いと感じません、先輩に嫌われるのは嫌ですけど僕が悪いんでしょう。
先輩が何をしようと僕は、僕は大丈夫です」
愛の告白とは違うけれど、顔に血を集めながらも精一杯に言い切る。 先輩に安心してもらえるように、まっすぐと先輩を見つめながら。
「ごめん、それも全部。 俺のせいだ」
「それ」が何を指しているのかは分からなかった。
「僕は両親と過ごしたかったです」
こんな嫌な場所から出ようと、僕の汚くあまりに醜い感情を先輩の目を見ないように吐露する。
僕は両親の不幸を望んでいる、親不孝者だ。
「僕は姉に生きていてほしかったです」
僕は一人で生きるのが嫌だったから、死にたいという望みのために死んだ姉が許せなかった。
姉から死という安息を奪いたかった。
「それが叶わないので……先輩が、欲しいです」
両親も姉もいらないから、僕は先輩が欲しい。 そんな代わりを欲するような「お前は家族の代用品だ」なんて言い放つような汚い愛を告白する。
「先輩が欲しいです」
もう一度、馬鹿なことを吐き散らす。 意地穢い、誠実さとは掛け離れた気味の悪い精神病のような告白。
歪んでいる、自分でさえそれに気がつく。 今の僕は明晰だ。
明晰だから自分の明け透けの感情ぐらいすぐに分かる。 僕は寂しがっている、だから近しい男性に尻尾を振って好かれようと努力している。 雌犬などと罵られても否定出来ない。
「ごめん、それも俺のせいだ」
三つの醜悪を曝け出したおかげなのか、部屋の真ん中に赤い宝石のようなものが現れる。 冒険者ギルドで言っていた討伐証明品ってやつだろう。
左手に宝石の冷たさを、右手に先輩の暖かさを感じながら、前の部屋に戻る。
先輩のフィギュアの横に立っている女性のフィギュアを踏み壊し、何度も何度も……何度も何度も踏みつける。
「……行きましょうか」
「……あぁ。 そういや、腹が減ったな……飯でも食いに行くか奢るよ」
「どうせ財産は共有するんですから、奢らなくても一緒ですよ?」
右手に力を込める。 この手を離してなるものかと、握りしめても意味がないのに握りしめる。
二人で外に出た。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
まだ、全然時間は経っていない。 午後一時、ご飯を食べるにはいい時間だろう。
先輩はどんなお店に連れて行ってくれるのだろうか。 そう言えばこんな風に手を繋いで出かけることなんてなかったな。楽しい、嬉しい。
女の子に人気がありそうな可愛い喫茶店だろうか。 いやいや、男の人の好きそうなラーメンや牛丼みたいなところに連れていかれるかもしれない。 ないとは思うけれど、ちょっと高級なランチとかも夢がある。 初めてだし、高校生らしくハンバーガーなどのファストフード店が本命かな。
まぁ、先輩のことだし、何も考えずに見つかったところで適当に食べるってのが一番ありそうだ。
どんなところでどんな物を先輩と食べられるのだろうか。 とても楽しみだ。
「そこで謎の店を探し出してチョイスするのが先輩の底知れないところですよね」
「えっ? そう?」
褒めていないのだから照れないでもらいたい。
「まずシステムが分からないんですけど」
「はあ?簡単だろ? まず「ふぬぬぬぬぬ」と言う。
この時の「ぬ」の数でぬめりけが増す」
「まず僕は何を食べさせられるのかが不明です」
「ふぬだよ。 ふぬが何かは聞くなよ?
あっ、店員さん、ふぬぬぬぬぬぬぬぬぬめぬぬぬぬぬめぬめめめぬぬぬぬぬ」
「結構ガッツリぬってますね。 じゃあ僕は、ふぬぬぬ」
周りを見てみると、うどんのようなものがぬめりけの中に入っているものを啜っている。 随分と食べずらそうだ。 なんとなくマズそう。
これは、先輩に任せるのは失敗したかな。
「なんだその「はうわぁ……先輩かっこいいですぅ。 マジチョベリグー」みたいな表情は」
「思ってないです。 顔を歪ませながらおひやを見ている人を、どうやってそう判断したんですか」
「ははっ新のことで俺が分からないわけないだろ? 今日の下着の色だって分かるぜ?」
「……いや、言わないでくださいよ? 人もいますし。
なんですかその「後輩のことなんでも分かってる俺カッケー、新もほれたなこれは」みたいな顔は」
「えっ、すげ。超能力?」
「違います。 なんか泣きたくなってきました」
先輩のナルシズムを悲しみながら、持ってきてもらったふぬぬぬを食べはじめる。
想像の十倍ぬめってた。 先輩のはなんかもうぬめりけの塊になっている。
問題は何も解決していませんが、次回から何時も通りに戻ります。