人に向かって下駄を蹴り飛ばしてはいけません
空は青赤黒のどれかの色をしていると思う、それがこの世界の常識だろう。 ならば、空が緑色をしていたらこの世界はこの世界とは違うのではないだろうか。
ふむ、うだうだと長ったらしく語るのは趣味ではないので、簡単に現状を説明しよう。
「空は緑色に広がり、地は緑色に引き寄せられるように動き出した」
僕の少ない語彙ではこの程度の説明が限界か、空を見上げながらため息を吐く。
なんで世界はこうなってしまったのだろうか、僕は原因であろう昨日の夕方のことを思い出す。
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「先輩、なんですか?それ」
いつものように部室で部活が始まるのを待っていると、見慣れないものを大事そうに抱えながら先輩がやってきた。
「あぁ、下駄だ。もしかして知らなかったの?下駄ってのは占いの道具でな」
「いや、履物なのは知ってますよ。明日天気になーれなんて使い方はあまりしないと思いますけど」
「……そうか、そうだよな。いや、別にさ……新にやらせてパンモロを拝もうなんて思ってないから」
そんな下衆いことをのたまいながら先輩は近くの机の上に行儀悪く座る。 普通に椅子があるのに何故この人はわざわざ机に座るのだろうか。
「僕にどれだけの勢いで下駄を飛ばさせようとしてるんですか……。垂直に飛ばす勢いで蹴り上げないとパンチラ、いや、下着なんて見えないですよね」
他の生徒のようにわざわざ校則を破ってミニスカートにしている訳でもないので多少足を上げたところで中が見えるわけもない、そもそも……中には半ズボンを履いている。
「んで、本題なんだけどな。さっきヤンキーに売ってやるとか言われて押し付けられたんだけどさ、俺のサイズには合わないから」
「さらっとシュールな話しましたね。それで僕に……と、いらないですよ。下駄なんて、大きさは合ってそうですけど」
今日は僕の誕生日だ。いつ先輩がそれを知ったのかは気になるが、誕生日プレゼントをもらっている手前で考える必要もない。
少しだけ顔を俯かせながら下駄を受け取る。
「七五三で使えるだろ? 俺が持ってても邪魔になるだけだしさ。人助けだと思ってもらってくれや」
「七五三なんてとっくの昔に終わりましたし……ゴミになるだけなんですけどね」
「おぉ、ありがとう!じゃあ千円な!」
「金取るのかよ」
下駄がもの珍しかったのか、僕達のやり取りを見ていた生徒が突っ込みを入れる。
先輩はそんな思わず突っ込んでしまった生徒をけらけらと笑う。
「冗談だよ。ほら、履いてみてくれよ」
「いいですけど……」
渋々であることを表情で示してから靴を脱ぐ、靴下まで脱ぐ必要はないかな。
少しだけ思案したあと、僕が履くのが待ちきれないといった様子の先輩を見て、足を小さな下駄に入れる。
ーーぷひぃ!
幼児が履くような気の抜ける音がなる靴、それの下駄番だったのだろう。
僕の足元から放たれたその音は、元々人数の少なく静かな部室の静寂に響いた。
ーーぷひぃ!ぷひぃ!
「随分と……手の込んだ嫌がらせしますね、先輩」
誕生日プレゼントだと喜んでいたら、ぷひぃと音がなる靴による嫌がらせ……。
怒りからか、羞恥からか、耳に血が溜まる感覚を覚える。
「ふんっ」
怒りに身を任せて蹴り投げることによって放たれた下駄は「ぷひぃ!」と間の抜けた効果音を鳴らしながら先輩の額に当たる。
「いたぁ!!ちょっ!下駄刺さってる刺さってる!!」
「蹴り投げた靴が表なら晴れ、横なら曇り、裏なら雨で……先輩に刺さったならどんな天気になるんでしょうね」
「魔王とかでも降るんじゃね……」
「なるほど……そんな面白い展開になるんだったら先輩が身体張った甲斐もありますね」
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僕の足から放たれた明日天気になーれという占いによってこの様な出来事が起こるのではないだろうか。
よく考えると、占いの結果に現実が合わせるなんて話は聞いたことがない。 ただ僕の占いが当たっただけだろう。
「うん、僕は悪くなかった」
身の潔白を証明し、裁判に打ち勝った僕はこの幻想的な状況に対応出来そうな人間に電話をかける。
父と母……ダメだ。 ファンタジーとかは大好きそうだけれど、今日本にはいない。
いたとしても「俺たちスーパーマサイ人になる」とか言ってドイツに渡米しちゃうような人達だ。 いくらサイヤ人とマサイ族は別の存在だと説明しても分からなかったような人達だ。 やくに立つわけがない。
父と母が除外されたのならば消去法で一人しかいない。 不本意ながら電話をかける。
「あー、もしもし空亡です。先輩、お時間ありますか?」
「画面に誰から来たかは表示されるんだけどな。 それよりどうしたの? 天変地異の話? それともカブトボ○グの話?」
毎日学校で聞いている不快な声が携帯電話のスピーカーから僕の耳に伝わる。
緑色に染まる空や宙に浮いている地面を携帯電話のカメラで撮っている人の写真に映り込まないように移動しながら我が家の中に入る。
「……天変地異の話です。あれ、なんですか?」
「昨日言った通り、魔王が降臨してるとか?」
「そこは普通緑じゃなくて闇の色に染まるもんでしょう。 なんで魔王のイメージカラーが緑なんですか」
「降臨したときの色がイメージカラーなのか? ほら、緑を大切にするタイプだったんだよ。
休日は家庭菜園に水やりをするような感じの」
洗濯物が空へと飛び立とうとしているところに気がついて急いで取り込む、なくなった服を買い足すのは親の仕送りだけでは辛いものがあるので割と本気で動く。
「それ、魔王じゃなくて近所の土田さんです。 土田さんも休日にしか水やりしなかったので全滅させてました。
ちゃんと水やりして緑を大切にしてください」
「じゃあ魔王は土田さんでいいよ、魔王【土田】ね」
テレビを見ようと思ったけれど、テレビを見ながら会話出来るほど器用でもないので手を止めてソファに倒れ込むように座る。
「投げやりですね、もうちょっとちゃんと考察してくださいよ。
僕じゃ何がなんだか分からないんですよ、先輩こういうの得意でしょ?
一緒にアニメ見たときも主人公くんに「お前なんでそんなことばっかしてんだよ。 俺なら絶対あーするのに……」とか言ってたじゃないですか!」
「プロ野球選手におっさんが文句言うようなもんだよ、自分関係ないから言えるもんなの。 つーか、俺じゃなくて他の人に頼めよ……あっ、すまん」
「謝らないでください、辛くなるんで。 それにしても先輩こういうの好きなのにテンション低いですね。
これも関係ないから楽しめてただけですか?」
「いや、昨日ヤンキーに無理矢理下駄を買わされたせいでお金ないんだよ、それでパフェ食べれなくて落ち込んでるだけ。 寿司屋でパフェ食わなきゃ何食えばいいんだよ」
ヤンキーに下駄を売られたのって本当だったのか、と驚きながら冷蔵庫に向かう。
「お寿司食べてくださいよ……あっ、お寿司食べずに僕の家まで来てください」
大量の氷をコップに入れて炭酸ジュースを注ぐ。 ついでにプリンとスプーンを手にとってソファに戻る。
「えっ、寿司食ったらダメなの?じゃあパフェ食ってから行くわ」
「パフェ食べるお金あるじゃないですか! それにしても、先輩余裕ですね」
半額になっていたビックサイズのプリンを口に含む。 美味し。
「夢だからじゃね?」
「あぁ、夢だからですか」
納得。 確かに空が緑色になるとかあり得ないですよね。
「では、とりあえず目を覚ますことにします。
ありがとうございました」