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腕の良い魔法師と役に立たない相棒 前

魔力←→霊力・・・相反するちからで対極的なもの


 魔法師、という総称がある。


 人間が使う魔力のことを『魔法』というのは最早全世界共通事項だ。

 魔力を生まれつき或いはなんらかの理由で体内に有し、魔法として操ることの出来る人間は約三、四割程度の率で誕生すると言われている。その中でも、各国で規定されている資格がある者のことを指す言葉が『魔法師』だ。


 魔族の純粋なそれには及ばないとはいえ、魔法はあまりに強大だ。個人の程度はあるが、それでも使える者・使えない者とでは明確な差がある。

 魔力を有さない人間が策を用いずに有する人間に対抗するとしたら、それを凌ぐ純粋な身体能力を身につけるか、劣らない威力を持つ兵器で武装するか、もしくは精霊族に加護を求めるかという選択肢がある。しかし魔法使用を凌ぐほどの身体なんて一石一鳥で手に入るものではないし(というか只人には無理に等しい)、魔力に超抗できる武具防具なんかも人が作るものである以上、完全とは言えない。したがって、魔力に相反する力である霊力を持つことが唯一の確実な抵抗手段だろう。しかし、霊力を操ることが出来る者――魔法師に対して霊法師という――は至極限られている。

 人間の身体は、霊・魔双方を受け入れられるいわば中間的なものである。しかしその器自体は脆く、再構築の出来ないものであるため、霊力と魔力ではどちらかひとつしか受け入れられない。霊力は魔力と違い、人間個人が生まれつき保有出来るものではない。もとは超自然界における産物であり、精霊族の許しまたは加護無くしては扱うことすら出来ないためだ。

 総合して、古来より魔力を持たない者は持つ者に対しあまりに無力だった。


 魔法による異能は、個人による力の強弱はあれど、通常人間が出来る範囲のことを大抵は逸脱する。その純粋な力の強さゆえ、そして霊力より手ごろに扱える代物ゆえに、古代から多くの影響を歴史に刻んでいることは周知の事実だ。なかでも創成期より丁度1000年あたりにだったか、西方で起きた国々の領土争いが発端で全世界に飛び火した争乱は、各地に深い爪痕を残した。被害はあまりにも大きく、犠牲者は膨大な数に及んだ。大陸西北における総人口が激減し、いくつもの民族がその年代に滅びた事実が物語っている。全ては、その戦線において多く使われた魔力という「兵器」によって穿たれた、消えることの無い歴史の過ちである。

 戦の負の連鎖、それを一時的に絶つきっかけとなったのは大陸中央に建国されたルギリアという国である。正しくは、その国が史上初めて施政した法にあった。


『魔法規定』。


 世界初の魔法に関する制度であり、魔法師の原型の誕生である。名前も内容も至ってシンプル、ただ魔法を免許制にしただけ。しかしながらそれは、単純且つ当時にしては画期的な方法だった。

 既に幾つかの民族や国が乱立していた当時、一介の小さな新興国が発した法令。それは他国に強要するものでもなんでもない。ただ、その小さな国内において遵守が約束されただけである。普通ならばそれで終わるだけの代物だろう。しかし、そのちっぽけな法令は国内に拘束感を与えず、逆に争乱期において小さくとも確かな平和が生まれた。

 そしてその約束された平和を求め、他国からルギリアへと移り住む者が増えた。望まれるものは、自然と他でも求められる。人口の流出を防ぐため他国においてもルギリアの『免許制』が模倣されるようになり、法律に新たに付け加えられた。それだけのことである。それだけで、それまで続いていた争乱は下火へとなっていった。

 拘束を与えむしろ新たな反発を呼び起こしそうな『魔法規定』。しかしながらその時代、不思議なことに受け入れられたのは、肝心の内容が非常に優れていた点と当時のルギリアの絶妙な采配、そして人民の心が血塗られた戦に疲れ果てていたことにあるだろう。多少の拘束感を物ともせず、ただ平和を求める人の心がその法を認め、国をまとめ、争乱を鎮めた。


 そして、今日まで受け継がれる『魔法規定』。


 ルギリアの『魔法規定』は他国と比べても格段に、古い歴史を持つことは周知の事実である(何せ発祥そのものだ)。時代の変遷に従い、幾度かの改変を経たもののその大筋は発令当初からほぼ変わっていない。前述したがこれはひとえに、その内容がいかに優れていたかということだろう。

 恐るべきは先人の知恵。というか発案したルギリア国祖。

 まあ、今の世界情勢を見る限ルルギリアという国が化け物じみて優秀なのは言うまでも無い。何せ建国からはや千年以上が経つというのに、その国勢は衰えるどころか不気味なほど磐石に進歩発展を遂げているのだ。長い歴史の中、国内で内乱らしい内乱がまったくというほど起こっていないというのも恐ろしい。かつての新興国は徐々に大きく膨らみ、ついには大陸全土において大きな影響力を与える強国になっていることは、自国出身者なら勿論、他国の者であっても認めざるを得ないだろう。

 ともかく。

 魔法師とは、単に職業を表す言葉ではない。これは各国で定められた『魔法規定』つまり「魔法を公に使用してよい基準」をクリアした者全てにその認印として与えられる称号そのものであるためだ。

 魔法そのものを生業とする魔法師も勿論、存在する。雇われ用心棒や退治屋、治癒魔法専門の医療師、己の魔力で作った護符や薬の販売など、『魔法』を売り物にした職種ならば山ほどある。それらは『術師』もしくは『導師』などと称されるが、当然ながら全て魔法師免許を有している前提での職業である。

しかし、魔法師という名自体は職種を表さない。例えばルギリアならば酒場でウエイトレスをしている少女が、もしくは市場でオレンジの叩き売りをしている八百屋のオヤジが魔法師であったりするのだ。現実社会で言うなら、車の運転免許に似たようなものだろうか。『魔法』を職業にするかどうかは本人の魔力素質と意向次第、それだけの話なのだ。

 それでも、魔法に馴染みの無い一般人からすれば魔法師は脅威且つ未知の特別な存在でもある。その意を込め、魔法を売り物にする『術師』や『導師』は個別名称を省略され、全体的に魔法師と呼ばれることが多い。いわば、定着化した通称名なのだ。


 そしてこの俺も、ちゃんとした正規の免許を持っており、雇われ用心棒や妖魔退治などを請け負う『術師』であり、職業的にはれっきとした『魔法師』である。事情により、同じ条件の同業者よりだいぶ苦労してはいるが。


※※


 泥の中を走る。

 ひたすらに走る。足元で泥濘がびちゃびちゃとはね、服を汚した。別段どうということはないが、それらが纏わりつき身体中に張り付くような気がして不快だ。跳ねた泥は顔や髪にも飛んでいる。今の状況全てが鬱陶しい。

 鬱陶しい。

「ま、待ってよぁジン、速いってばぁ」

 中でも一番鬱陶しいのがさっきからちょこまかちょこまかと俺の後ろに付いてくる、いや付いてこようとしているが絶望的に追いつけない、小柄な小娘の存在だ。

「待って」

 走りながら喋るということ自体、全力疾走をナメている。しかもぜえぜえと無駄の多い、効率を無視しているとしか思えない呼吸運動、おぼつかない足取り、十歳の子供の方がまだましな走り方をする具合。俺のように最低限の動きで走ることなんぞ出来ないということははなから知ってはいるが、せめてもう少し工夫をしろと言いたい。

「お願い、待ってぇ」

 俺以上に泥だらけになっている服、更にひどい有様の顔と髪。天辺で結わえた瑠璃色のそれもやはり泥飛沫の被害を被っている。どうやったらここまで効率よく泥を被ることが出来るのか、逆に不思議である。教えて欲しくも無いが。

 普段ならばふわふわとたなびくはずの瑠璃色は泥を吸い、本人に合わせて縄のような動きで跳ねている。主の動きがとろくてのろい分、ばたばたとしたそれは余計にひたすらに鬱陶しい。それこそ髪の先まで鬱陶しい。

「まっ、て」

 このように全てが鬱陶しい存在に構っていても仕方ない。俺は俺のペースで、状況から察するに可及的速やかに、颯爽と無視してこの場を去るべきだ。

「まっ」

 どしゃ。と派手な音がした。か細く聞こえていた声も途切れる。振り向かなくとも見当はついた。

 鬱陶しいうえに面倒くさい。かのような存在は今の状況において利益などあるはずもない、従ってやはり可及的速やかに無視してこの場を……

「ひ、ぐっ……」

 くそったれ。

 本当は叫びたかったが、無駄な息を吐く手間も惜しいので口内でひっそりと悪態をつき急停止、そして返す足でUターンした。左耳から垂れ下がる耳飾が遠心力と重力に従い軽く空を切る。邪魔にならないよう荷物と一緒に縛り上げたマントも縄のようにしなって肩を打った。

 予想通り見事なまでに地面とお見合いし、つっぷしている溶かしチョコレートを頭から被ったかのような(かろうじて)瑠璃色の頭部が見えた。ばっしゃばっしゃと泥を蹴散らしながら近づく。軽くしゃがんで、投げ出された細っこい棒切れみたいな腕を引っ掴んだ。

「ジン……」

 食用にしては些か汚いチョコレートがか細く俺の名を呼びながら頭を上げた。凄まじく汚れた顔、土色と瑠璃色が混ざって見るも無残な髪、その隙間から見上げてくる潤んだ鈍色の瞳。顔はおろか最早身体全体が土色というか泥というか。もう一度口内で悪態をつく。くそったれ。

 次いで手に力をこめるなり―――そのまま引っ張り上げた。

「―――!、!?」

 声にならない悲鳴を上げ、一瞬宙に浮く痩せた身体。ばちゃばちゃとかかってくる泥の飛沫。更に服が汚れるがこの際無視だ。

 片腕一本で引き上げたそいつを、右肩にキャッチする。人一人分の決して軽くは無い衝撃と、「ぎゃふ」とか背中の辺りで潰れた声が響いたがそれも無視。取り敢えず今は。

「見つけたぞ!」

 遅かった。

 俺らが来た道の端から、わらわらと湧くように現れる集団。人数は五十人前後といったところか。手には抜き身の剣やら斧やら棍棒やら、物騒な武器が構えられている。喧噪や怒気、そして殺気が人海と共にこちらを取り囲み、あっという間に退路を断った。軽く舌打ちをする。俺一人だったらなんとかなるが、肩の文字通りお荷物がある限りそういうわけにもいくまい。

 俺が冒頭から全力疾走していたのは言わずもがな、これを予期していたからだ。背後から迫る複数の気配と殺気。ひとえに内在魔力のなせるわざである。

(くそ)

 舌打ち代わりに唇を噛めば、泥の味。

 これだから言わんこっちゃ無い。予感を得た時点で連れの小娘ひとり無視して先を急げば良かったんだ。どうせこいつひとりじゃ奴らもスルーするだろうし。「俺とは違って」、こいつはそういった危機感を得ることが出来ないしその必要もおおよそ無い。外見でいったら、取り立てて恐怖要素の見当たらないただの小娘なのだ。

 にも関わらず、どうして俺はこの小汚いのを泥まみれになって担いでいるのだろう。

 それはきっと、今現在俺を囲んでいるどこか病んだ目をしたこの人間達が、肩に担いだ小汚い小娘より千倍も鬱陶しい存在だからだ。

「追いついたぞ!」「観念しろ」「化け物、覚悟しやがれ!!」

 俺の若干の後悔と葛藤をよそに、口々に放たれる声。ちっと舌打ちをし、言い返す。予想はつくが、まあ一応。

「……化け物たぁご挨拶だな。一体なんのことだよ」

 途端、浴びせられる轟々とした怒声。

「とぼけるな化け物!!」「なんもない村だと思ってのうのうと!!」「おれ達が何も知らないと思ったか!」

(うるっせーな)

 予想がつく上に心底面倒くさかったが、恐らく状況の飲み込めていないだろう肩の上の小娘のために渋々問い直す。

「何が言いたい?俺らは確かに昨晩はあんたがたの村に泊まった、魔法師として、雇われた上でだ。問題なんぞ欠片も起こしてねえ」

「お主らを村に入れたこと自体が問題だ」

 俺の言葉を断じるかのように声があがり、中でも一番年嵩の男が前に進み出た。こいつの顔は覚えている、俺たちが昨晩までの宿をとった村の責任者、つまり一般的に村長とか呼ばれている役職の男だ。禿げ上がった額に血色の悪い顔、病んだ目付き。

「お主らが去った後、一級霊法士たる旅人様が訪れ、教えて下さったのだ。少女を連れとした魔法師を名乗る金の髪の優男を排除すべきと」

 ヤサオトコってのが気に食わないが、もしかしなくともそれは俺のことだろう。そしてショウジョとやらは今肩に担いでいる泥の塊のことか。さっきから黙ってるとこみるとこいつ、聞いてねえな。わざわざ聞きなおさなければ良かった。おかげで会話する気力が一気に失せる。

「へえ、それで?」

 興味無さそうに(いや実際無いんだけれど)聞き返せば、敵意たっぷりな怒号が返ってきた。

「よくも騙してくれたな」「最初から不気味だったんだ」「そうだ、そうだ」「田舎もんだからわからんと思ったんだろうが、やっぱりその瞳の色がしるしだったとはな!!」

 敵愾心溢れる村人の視線。次いで、村長の口から言うもおぞましいとばかりにその単語が発せられる。


「汚らわしい、魔族め」


 汚らわしい、ね。

 にやり、口の端で嗤ってやった。出来るだけ酷薄に。そして、村を苦しめてきた妖魔と同じ色の瞳を眇める。にぶい日光の下で、それは薄暗く光っただろう。

 俺の正面に陣取った何人かのうち、表情を目の当たりにした男らがたじたじとなるのがわかり、なおも嗤いが込み上げる。どうした、俺が人間ではないことをもう「知って」いるのだろう、今更何をそんなに怯える必要がある。

「……で、そうだとしたら何がしたい? 恩知らずな村長さんと村の勇士さん達」

 恩知らず、を強調してはみたが、果たして気づいたかどうか。

「――っ、バカにするな化け物め!」

「そ、そうだそうだ、腕のいい魔法士という評判でお前を雇ったのに!!人間じゃない、魔族だと知っていたら村に一歩たりとも入れなかった!」

 気づいてねえどころか、それ以前の問題か。

 はあ、と溜息をついた。肩に担いだ荷物を担ぎなおす。だらりと手足をぶら下げさっきから微動だにしないそれは微妙に重い。いつの間にか、完全に気絶してやがる。

「大方その小娘も、汚らわしき魔力で取り込んだ仲間だろう」「魔族と共にいる人間なぞ、汚らわしい!」「一緒に殺せ、殺せーっ」

 今になって少し思った、重いがこいつの意識が無くて良かったかも。担がれたせいで正面からだと短いスカートの中身が見えるかもしれないと気づき、さり気無く腕でカバーしてやってる俺は割りと紳士だ。誰も言っちゃくれないが。

「まあ待てよ」

 よれて肩に乗っている長い耳飾を指でちょいと後ろに流して向き直り、片手の平を広げて『話し合い』のポーズを取った。結果は薄々わかってはいるが、俺だって出来ることなら穏便にことを解決したい。

 取り敢えず言いたいことを述べてみた。棒読みで。

「その『魔族』が村を困らせていた妖魔を退治してやった、しかも料金割安で。別に村には迷惑かけても悪さもしていない、滞在は短期間で発つ時も後を濁さず速やかに。さて、何か不満は?」

「大有りだ!」

 つい数刻前までは頭を下げ礼を言っていた村長のはげ頭が、今は怯えと憤怒で色が変わっている。

「汚らわしい悪魔めが! ワシらの村に入ること自体が忌まわしいことじゃ」

 村人らが呼応する。

「そうだそうだ!」「汚らわしい魔族」「姑息な悪魔め!」

 俺は片手で泥が付着した前髪を払い、その影で唇に挟まった泥をべっと吐き出した。土の感触と不快な心地は尚残る。

 こっちが言い返さないことで更に勢いづく村人達。

「あの妖魔もてめえが呼び込んだろう!?」「きっとそうだ、これは狂言だ!」「底汚い魔の一族が、姑息な手段を」「俺らが退治してやる!」

 狂言。狂言ときたか。もうひとつ溜息をつく。せっかく短気な俺がここまで我慢してやってるってのに。思わず抑えていた口調と舌鋒が尖り始める。

「俺が、あの低俗なのと手を組んでなんの利益がある? ……人間ってのはここまで恩知らずな上に無知だったか。それ以上恥知らずになりたくないなら黙れよ」

「うるさい化け物!!」

ガツッ。

 額に何かが当たった。声を荒げた一人が俺の眉間目掛けて放ったものが、命中したらしい。子供の手の平大の石が、足元の泥濘にぼちゃんと落ちる。遅れてぬるりと液体が鼻の脇を伝った。

「……」

 それで勢いづいたのか、何人かがまた石を投げつけてきた。まあ続けて命中させてやる義理は無いので、片手を払ってそれらを防ぐ。ぼちゃ、ぼちゃんと立て続けに払われた石が泥に落ちた。どうでもいいが、腕に当たった箇所が地味に痛い。しかもこちとら肩にお荷物を抱えているというのに。だんだん笑う気も起きなくなり、短く息を吐く。

 話し合いは無駄らしい。早々に見切りをつけ、俺は軽く目を瞑った。一瞬の間、目を見開く。するりと指の先で拭うように顔をなぞると、筋を作っていた血は端から蒸発し、俺の顔から消えていき。


 そして、一瞬にして無かったかのように傷も治癒が完了する。


「っ」

 たったそれだけのことに、目の当たりにした何人かが口を噤んで後ずさる。滑稽だった。眼前の男は貧村人である自分達よりも遥かにひどい格好をしているはずだ、着古した粗末な旅服に頭から泥だらけ、そして肩にもっと泥に塗れた貧相な娘を担いでいるおよそみっともない有様。それにも関わらずそんな姿の男一人に明らかに気圧されている、その様子が。ひどく滑稽だった。

(嗤えるな)

 魔族がそれほどのものか。そんなにもかの存在が怖い、恐ろしいと気圧されているその身で、どうしてこの俺を退治ようと出来るものか。

 一瞬でも怯えてしまったことが口惜しいのか、己を奮い立たせるように武器を振り上げ無理矢理怒声を張り上げる男たち。それは鋤やら鍬やら、どうみても武器ではないものが殆どだった。大方一級霊法士の旅人とやらに焚きつけられるそのままに、いきり立った者らが俺達のあとを追ってきた、そんなところだろう。しかしそれでも怯えた本能のままに逃げ出さないことから見るに、相当こいつらはキている。

 く、と口内で失笑した。

 ここまで追ってきた奴らの動向とそれに至るまでの思考、それはおおよそ見当がつく。口での説得で冷静になるものなどいない。この場に留まる限り、穏便に解決などできそうにない。

 屈折したプライドと敵愾心。長い間妖魔に苦しめられ、怯えて閉鎖的な生活を余儀なくされてきた者たちは、その脅威が無くなると同時にそれまで鬱屈されてきた行動と感情の矛先を求めているのだ、無意識に。取り敢えずその初っ端が、実は忌むべき魔族だと「判明」した者、つまり俺へと向けられたのだろう。鬱屈の原因を退治してやった恩人だという事実は無かったことにして。

 理不尽且つ矛盾した思考。つまりは八つ当たり。

 相手は精神を病んでいて、しかも魔力を持たない人間達だ。しかしそれは免罪符にもならない。

(これだから、人間ってのは)

 脱力したせいでずり落ちそうになった肩の荷物を腕の中に落とし、両腕で抱き直した。もう急いで場を移動する必要も、取り繕う必要も無い。

 この場で俺が取ることの出来る行動は、二つ。あまり深く考えずにそのうちの一つを選択する。よし決めた。

 ちらりと見下ろせば腕の中の泥に塗れた寝顔は安らかだった。すいよすいよと無駄に健やかな寝息も聞こえる。この状況で惰眠を貪るとは、いい度胸であると同時にある意味非常に器用だと思う。さっきまで鬱陶しいと思っていた要素が一転、なんだか気の抜ける光景だった。

 願わくば、そのまま暢気に気絶してろよ。

 細い身体を抱えたままゆったりと歩を進める。近寄ればびくりと震える村人。周囲を隙間無く取り囲んでいたはずの人の波が割れ、可笑しいほど簡単に道を開けた。山道の脇、比較的泥濘の浅い岩肌に背に負った荷を降ろし、一緒にその小さな身体をそっと凭れさせる。マントをぱちんと止め具から外し、毛布代わりにそいつに被せて。ついでに早くも固まりかけていた頬の泥塊を軽く拭ってやった。実際からいったらそんなものは比でないくらい身体全体が泥まみれなのだが、まあ気分ってやつだ。

「最初に警告しとく」

 背を向けたまま、俺は言った。全員に聞こえるように。

「今になって正気に戻った奴はとっとと村に帰れ。あと怪我したくない奴もな」

「う、うるせえやっちまえ!」

 俺の言葉に反発するように、背後の人海が動く。幾人かが背後から上方から俺に飛び掛るのがわかった。跳ねる泥、殺気、怒声。たった今気おされたばかりだというに、背を向けているだけでその動作に隙を見出したのか。

「死ね!」「ぶっ殺せ!」「滅びろ、魔族!!」

 はッと乾いた嗤いが喉から漏れた。

 迫る白刃の下、振り向きもせず柔らかい感覚から指を離し、さっきから幾度も口にしている言葉を呟く。

「恩知らずが」



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