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星に答えを

作者: ツナ缶

鶴、プラネタリウムの二つをテーマにされた、した作品です。

彼女が出した答えは私もわからないです。


 誰もいない空間は、思っていたよりも開放感はなかった。

 視界は真っ暗で、何も見えない。蛍光灯を付けるスイッチがどこかにあるはずなんだけど、どうやらすぐ誰にでも手が届く位置にはないらしい。私は用意していた懐中電灯をカバンから取り出し、暗闇に光を当てる。

 ライトの光が照らした先には、たくさんの座席が並んでいた。歪曲する形で列を成し、中央に向かうにつれその感覚は狭まっている。その中央に位置する、不気味なフォルムをした物体。

 天体投影機。

 そして、私は今、それを動かすための方法が記された紙を手にしていた。

「おじいちゃん、いったいどういうつもりでこんなもの……」

 祖父の葬式が終わった翌日。祖父が病床に残していた封筒に入っていた、私宛の遺書を両親から渡された。ご丁寧にも「孫、鶴子へ」と宛名の書かれた封筒の中身は、祖父が館長を勤めていた天文施設の鍵と、そこのプラネタリウムを動かすためのマニュアル。そして、あるプログラムの存在を記してあった。

「わしが死んだら、見に行ってくれなんて……妙な演出するんだから」

 祖父がこの天文施設の館長として勤め始めたのは、父が産まれる頃だそうだ。そしてその孫である私が高校生へとなった今、もう随分と長い間、祖父はこの施設で勤めてきた。だからこそ、孫に何かを残す、なんて私的利用がまかり通ったのかもしれない。

 祖父の遺書に記された方法に沿ってプログラムを起動すると、真っ暗な暗闇が淡い紺色に包まれる。蛍光灯や電球の明かりを調節して作り出す、夜の色。私はその淡い光源で薄っすらと見える座席の一つに、腰を下ろした。広い空間にたくさん並んだ座席の中、私はただ一人で座っている。プラネタリウムが好きな人からしたら、きっと今の私の状況を羨ましく思うのかもしれない。

 けど私は、この作り物の星々を見せ付けるプラネタリウムが、好きではなかった。

「……何の意味があるんだろう、これ」

 首を上げると、視界に広がる星々の大海。煌びやかで、美しい光の粒。そう、美しいのだ。けど、そこに私は、綺麗で美しい以上の価値を見出すことができない。

 祖父が天文施設の館長を勤めていることもあってか、私は幼少の頃から天文の知識が多分にあった。星々の名前、種類。軌道周期。光り輝く星の由来や、それを繋いで作り出す星座の物語に、一時期ではあれど心を奪われたこともある。神々が作り出し、空に浮かべた数々の英雄や、愛の証。その伝説を綴った文章を、目を輝かせて追ったこともあった。

 けれど、きっと現実はそうではないのだろう。知識が増え、伝説が現実に覆われていくにつれ、その伝説に心を奪われていた日々が乾燥していくかのように思えた。結局のところ、私が今まで想いを馳せていた輝く星に、そんな高尚で綺麗な理由なんてありはしない。全ては現象で、そうあるべくしてあるに過ぎない。人々が作り出す神様が作り出す前から、変わらず星の光はこの地球に届いていたのだから。何千何万光年と果てしない距離にある星と星を、勝手に繋ぎ合わせ、線にして、無理矢理形に当てはめて星座として呼称しているに過ぎないのだ。

 全部、人が勝手に作り上げたもの。そう頭で認識してから、私はどうしても星に対して良いイメージを持てなくなった。星が綺麗で、輝けば輝くほど、かつてその美しさに魅入られた私が、無様で滑稽に思えた。ありもしない偶像に熱を入れる、哀れな子どもにしか見えなくなった。だからといって、今も尚星座や星々の輝きに魅入られるたくさんの人々を馬鹿にするつもりはない。むしろ、そういう人たちこそ、私は羨ましく思った。

 中学半ばの頃だろうか。その頃から、私は天文という分野から次第に離れていった。現実に気づいた頃、と言ってもいいかもしれない。そんな私に、祖父は顔色を伺うようにこう聞いてきた。

「鶴子は、もう星が嫌いになったのか?」

 その言葉に、私は。

「ううん。嫌いじゃないよ。ただ、星が私のことをなんとも思ってないんだって、気づいただけ」

 ……なんて、今思い返すと頭を抱えてしまいたくなるぐらい、妙な言い回しをしてしまった。けれど、事実だ。

 実際に、星々は何も考えてない。全てただの現象に過ぎないものに、私たちが勝手に意味を附随してギャーギャー騒いでいるだけ。何万光年も迸り続けてやっと届いた光に、美しさ以上の何かを植えつけようとする。もしかしたら今頃、その星がなくなっているかもしれないというのに。ただの光だけが届いている。それだけに過ぎないかもしれないものに、美談を附随させて。

 あの暗い夜の海に浮かぶ、小さくも強い光に、きっと素晴らしい意味があるに違いないなんて、思い込んでいるだけなんだ。

 そう考えた無様な日々があるから、私は今こうして目の前に繰り広げられる美しい光景にも、素直な気持ちを持って臨めない。

 ただ綺麗だって、美しいなって思うことすら、できなくて。

「……おじいちゃんは、何て言ったんだっけ」

 冷めた答えを返す私に、祖父は何と答えたのか。それがどうしても思い出せなくて、私は黙って作り物の星々を見上げる。

 科学の明かりが星を示す。私には、幼少の頃詰め込んだ知識のせいでその星の名前も、どこをどう繋げば星座となりえるのかすら全て頭で思い描けた。

 季節は、秋。そして私は、思わず南天の位置に浮かぶ星を探してしまう。

「やっぱり、鶴座って目立たないわよね」

 私の名前と同じ動物の名を冠した星座、鶴座は南方の低い位置にしか上がらない。そのため、日本では見える地域が限られ、九州地方でようやく、といったところだろうか。どこをどう見れば、あの星の並びを鶴と見ることができるのだろう。比較的新しく作られた星座のため、神話もない。その上、諸説あるが本当は鶴ではなく、フラミンゴがモチーフだとすら言われている始末だ。どれだけパッとしない星座なのだろうか、私名前と同じ星座は。

「……そういうところも、似てて嫌なのよね」

 長生きするようにと名づけられた、鶴子という名前。縁起物としては決して悪くはない名づけなのに、私はそこにまたいらない意味を附随してしまって、一人で嫌悪してしまう。

 ……祖父は、私に何を見せたかったのだろう。特に変わりもなく、プラネタリウムは上映を続ける。本来ならば星座の解説や紹介などのアナウンスがあるが、それすら今は聞こえるわけがない。ただ、ゆっくりと、本当にゆっくりと天体投影機は動き。


 ―――やがて、鶴座を天頂まで持ってきて、止まった。


「……で、これに何の意味があるのよ、おじいちゃん」

 真上へと持ってこられた鶴座の天体。解説もなく、ただ淡々と輝き続ける五つの星。そして、実際に引かれたわけでもないのに、私にはその星々に線が引かれているように見えて。

 本当に、本当にただの一瞬だけ、暗闇を羽ばたく鶴の姿が見えたような気がして。

 たぶん、いやきっと幻覚に過ぎないんだろう。幼い頃から刷り込まれている知識が、ただ光るだけの点を繋げてそう見せただけに過ぎないはずなのに。

 一瞬だけでも、何の混じり気のない素直な気持ちで、綺麗だなんて思えて。

 科学で起こした現象でしかない、偽物の星の光でも、そこにあるのは美しく見えた。

「……ごめん、おじいちゃん」

 上を見上げたままだから、涙は目じりに溜まって流れない。溢れるほどではなく、ただ、視界を滲ませる。

「何を伝えたかったのか、ちゃんと、確信が欲しいよ……」

 薄っすらと、朧げだけど、もしかしたら……なんて答えはあるけど。

 誰も、そうだよって言ってくれないから、それが正しいって心から思えなくて。

 どうして、あんなにまで心を奪われた星々の物語が、一瞬で色褪せたのか。その理由が今になって理解できる。

 だって、誰も否定してくれなかった。そんなことないよって。神様はきっと存在して、その神様が作り出してくれた星々なんだよって、言ってくれなかった。

 誰もが、「気づいちゃったか」なんて苦笑いして、私が気づいてしまった現実を、肯定したんだ。夢物語を信じていた私は、それだけで、違うんだって、間違っているんだって核心が持ててしまって。

 途端に、全部が色褪せたんだ。綺麗で美しく澄んだ輝きは、ただの現象の結果にしか見えなくなって。信じていた分だけ、信じようとしていた分だけ、ぽっかりと穴が空いてしまったようにすら感じた。

 だからこそ、その空いた部分を直視することなんてできなくて、私は、必死になってそこから目を背けて―――

『鶴子、見てるか?』

「……おじいちゃん?」

 館内アナウンス? 違う、これは、会場に備え付けられたスピーカーから聞こえて。

『見てるかー? そもそも録れてるのかこれは。録音機能なんて始めて使ったからわしゃよくわからんぞ』

「……録れてるよ」

 祖父は亡くなる間際まで、いつも通りだった。老衰というどうしようもない死に際でも、こんな風に飄々としていた。

『まぁいいか。おーい鶴子ー。見てるか? 見てるなら、良し』

 それから、スピーカーからは一切音がしないまま十秒、二十秒と経って。

「…………終わり!?」

 誰もいない静かな空間の中、私の声が響き渡ってしまった。

 ……昔から、大事なことを中々口にしない人ではあったけど。常々、自分で考え、辿り着いた答えでないと意味がない、なんて口すっぱく言っていた。

 その祖父が、特に何も言わずに見せた、天頂の鶴座。その星々の輝き。

「……それで、いいのかな」

 不安になっても、誰も答えは返してくれない。たぶん、誰かに聞いてみたところで、満足な答えが得られるとは限らない。それどころか、それは違うよ、と否定されるかもしれない。

 ……けど、その否定が間違っていることだってありえるのなら。その問答に、いったい何の価値があるのだろう。その完璧に正しいであろう答えを返してくれる星々は、何も語らず、ただ黙って光を届けてくるだけなんだから。

 私がそうだと思い込んだ答えを、誰も、否定することはできないんだ。

 星が答えてくれないように。もう死んでしまった祖父が教えてくれないように。

 私が望む答えは、私が作り出していくしかない。

 例え、それが不正解であろうとも。その答え合わせは、私以外には誰もできない。

 そうやって、思い込んで生きていく。

 立ち上がり、館内の電源を全て落とした。完全な闇の中、頼りになる光源は懐中電灯の光だけ。それでも、頭の中にはしっかりとあの五つの光がある。

 ちゃんと、もっと、考えてみよう。星が光る意味を、その光に、意味を見出した人々の想いを。現実も伝説を織り交ぜて、どちらかを否定するのでもなく、肯定するのでもなく。

 だって、その答えだって、今はまだ確証が生まれてない。それまでは、きっとどちらも存在するのだから。

「……九州、か。女の子の一人旅には、ちょっと遠いかもしれないけど」

 まずは、作り物の光と本物の光。どちらが私には輝いて見えるのか。

 それぐらいの答えならきっと、今の私でも明確な答えを出せそうだ。



鶴座って本当に逸話とかまったくない、神話の要素の欠片もない星座なんですけども、形を決めて定められた以上、何らかの意味は持ってるはずなんですよね。そうやって付随した意味を、過去の人の意思を読み取ろうとすることは決して無駄じゃなく、貴い行動なんだと思います。

それと関係ない話ですが先日サンタクロースを信じていた子どもの純粋無垢な気持ちをその親御さんの目の前で肯定しまくってきました。今年のクリスマスの頃は、そのご家庭がある辺りから妙な邪念を感じるかと思うと今からわくわくします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 5分くらいで読める文章量だったので、気楽な気持ちで読み始められました。 鶴子の考えている,朧げだったり漠然とした感情の表現が上手かったです。 [気になる点] 読み進めていくうちにどうでもよ…
2016/10/07 22:27 ジョン卍郎
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