貴女の平和な日常を
ものを交換したり、ものを貰ったりするには対価に見合うものでなければならない。
例をあげるのなら、おやつにはおやつ。宝石にはお金。100円の価値があるパンには100円を。
今、そんな状況。
対価交換なのかは分からないけれど。いや、略奪だろう。
「ねぇ、貴女の趣味を貰うわ。見合うものは私があげる。」
綺麗な艶っぽいお姉さん。色気の具現化?
「駄目なの?なら、貴女に私の苦しみをあげる。貴女からは大切な人を貰うわ。」
そのふっくらとした唇で。シャープな目で。
いや、それじゃ私には何も残らないだろう。私はお姉さんと等価交換をしていた。
「私のものは、私のものよ」
「それが貴女の答えなの?」
私の、趣味なんて。
音楽を聴くこと、とか普通のありきたりなものなのに。
何でも持っていそうなお姉さん。私からつまらないものを奪ってどうするの?
綺麗なお姉さんはにこり、と笑う。
それは彫刻のような、絵画のような。ありふれていそうで、でもそこにしかない笑い方で。笑う、とは違うのだろう。少なくとも普段私たちが笑う表情ではなかった。
嘲笑、というものだろうか。もちろん笑ってはいるのだけれど。それはまるで見下しているような、まるで感情がないようなマネキンがヒトの真似をしたような。だけど、それは決して幸せを、楽しさを唄うものではなくて無表情で無機質で無関心で――。
「怖いの?私が。」
「怖いわ。アナタが。」
正直な私はお姉さんの目を見て言った。
そう、“無”いのだ、そこには何も。人形のように、絵のように。
「アナタがなぜ私のものを・・・ううん、それすらも。趣味を貰う、て、どういうこと?」
「そんなのどうでもいいじゃない。私にとってだけど。それに、説明嫌いなのよね。」
すると女は、あ、と口を開いた。
「じゃあ。貴女の平和な日常をちょうだい?」
「へ、平和な・・・!?」
どうしてなのだろう。
この人はなぜさっきから非物質的なものを求めるのだろう。
平和な日常を、とか、趣味を、とか。
「欲しいわ。だめ?」
それはまるでインプのようで、無邪気な子供のようで、とても胸まで開かれたドレスを着ている女からのものでは無かった。
「平和な日常を・・・」
欲しいのか。
毎日毎日、同じ日々を送る日常を。
繰り返して、巻き戻して。そんな日常を。
平和じゃない、不思議に満ちた、危険な、そんな世界に行ってもいいかもしれない。行きたい、かもしれない。
「代わりに」
私はゆっくりと口を開いた。
「代わりに、私は非日常的な日常が欲しい。」
それは、歯車を狂わせるフラグと知っていたけれど。言ってしまえば案外知らなかったようで。
「おつりは出ないわよ?」
笑いながら綺麗なお姉さんは言った。
等価交換、というわけか。
「出てもくれてやるわよ。」
笑いながら、私は言った。
余談だけど私とこの人、月とすっぽん|(私がすっぽんだ、もちろん)にしか見えないよ。
誰かに見られたくないわ。
ちなみに、街の歩道橋のど真ん中で話しているのに、誰も気づかないかのように通り過ぎていく。
「なら、いいわ。“等価交換”成立よ」
だが私は魅せられたのだ」。女の“無”に。それは平和な日常が欲しいと言う彼女が生きてきた
危険な日常という影に、なのかもしれない。
私はつまり、“平和”に飽きているのだろう。
だから私は―――
「あげる」
そう、告げた。
彼女は驚いた顔で――いや、これも“無”だ――唇を開いたのだ。
「――ありがとう」
そうして、私の運命交換が成立したのだった。