08 義父さんの家 2
この家であたしは育った。
義父さんの家だ。
両親は早くに流行り病で死んじゃったから、顔も知らない。
あたしの親と義父さんは、仲のいい友人だったそうだ。
あたしの両親も、義父さん同様魔女と魔術師だったらしい。
義父さんがあたしに魔女としての教育を施したのは、両親の遺言によるものである。
森の暮らしは不自由だ。
義父さんに言わせれば、これでも昔に比べたらかなり怠けた暮らしだそうだけど。
まずいろんなものを、自分たちで作らなくちゃいけない。
パンひとつ食べるのだって、家の周りにある畑で育てたスペルト小麦を、自分で挽いて捏ねて焼かなきゃありつけないのだ。
町に出れば、いくらだって買えるのに。
チーズや蜂蜜は、近くの農家から買ってきている。
牛やヤギ、蜜蜂を飼い始めるためにはお金がかかるからだ。
「ライラや。聞いて驚きなさい。実は先月、養蜂家のじいさんが稼業を辞めて娘夫婦の家に行くからって、蜜蜂とついでにヤギも譲ってくれたんだよ」
「え? 蜜蜂とヤギを?」
義父さんはニンマリと微笑んで「そう」と言った。
正直言って義父さんが笑うのは珍しい。
これは相当、嬉しいんだと思う。
「じゃあチーズも作り放題だし、蜂蜜でお菓子やお酒も造り放題じゃない!」
「その通り! 来もうすぐ美味い蜂蜜酒がたらふく飲める!」
「やった! やった!」
「というわけで、ライラや。この家に戻ってきなさい」
「やなこった」
にべもないあたしに、義父さんは憮然とした。
そんな空気にお構いなしの王子様がニコニコする。
「蜂蜜酒ですか。話には聞いたことがあるが、飲んだことはない。ぜひご馳走になりたいところです」
「あんたは普段どうせ、お高いワインしか飲んだことないんでしょ?」
「ライラや。仮にも王子殿下に『あんた』はないだろう。せめて『あなた』と呼びなさい。捕まっても知らんぞ」
義父さんのその言葉に、マックスは眉尻を下げた。
「私に暴言なんか吐いたところで、不敬罪に問われたりしません。王室の人間として、扱われてはいないのだから」
「……え? そうなの?」
「君だってそもそも、私の名前を知らなかっただろう?」
ああ、「マクシミリアン」と名乗ったときか。
そういえば、そんな名前の王子様がいるなんて、聞いたことがなかった。
「いやあ、あたしは王室に縁もゆかりもないからさ。……あ! そういえば確か王子様って四人いたよね? てことは、あんた第四王子なの?」
あたしのその言葉に、マックスは大げさに嘆いてみせる。
「ほら、やっぱり! 国民は私のことを知らされていないんだ! 私は第五王子だ」
「第五王子? ……そんなの、いたっけ?」
うっかり滑らせたそのセリフが、とどめとなった。
「……いますよ、ここに。ううっ」
イジイジと俯いてしまったマックスの代わりに、義父さんがあたしに説明してくれる。
「マクシミリアン殿下は他の王子様方とは、母親が違うんだ」
「え?」
「マクシミリアン殿下の兄上たちは王妃のアグネータ様が産んだ子だが、マックス殿下は国王が侍女に手を付けて生まれなさったお子だ」
へー、そんなことって本当にあるんだ。
王様とか貴族とか、やっぱり碌なもんじゃないな。
「そうは言っても、王様の子供には違いないでしょ? なのにそんな、いない者扱いされてるって本当なの?」
「……アグネータ王妃様の父上は、我が国きっての有力者、ハルヴァラ公爵だ。公爵にしてみれば、兄上たちの誰が王太子になっても自分の孫だけど、私は違う」
「わかった! つまり王妃様が父親の威光を笠にきて、あんたを虐めてるってわけね!」
「わかってないなあ。王妃様はお優しい方だよ。むしろ気の弱い父上が、ハルヴァラ公に逆らえなくてこうなってる、と言った方が正しいかな」
「……お城の中の事情なんて、あたしら庶民にはわかんないもん」
国王様って、国で一番偉いはずでしょ?
公爵ってことは部下? 臣下? なんだから、「私の息子を虐めるな」って一言いえばいいだけじゃない。
「ライラや。政治が絡むと、そんなに簡単なことではないんだよ」
「あーら、義父さんの口から『政治』なんて言葉が出てくるとは思わなかった。大臣の名前だって、知らなかったのに」
「ライラや、なにを言う。我々魔術師にとって、今や『政治』は無視できないものだぞ。彼らの胸三寸で森の木が切り倒され、我らは昔の暮らしができなくなったのだから」
そう言って、何やら寝台の下からゴソゴソと持ちだしてきたと思ったら、新聞の山だった。
「……義父さん。もしかして新聞を買いに、毎週人里に出てるの?」
「ああ! 嘆かわしいかな。しかし人里に出ないことには、情報は入らず時勢に置いて行かれるばかりなのだ」
「義父さんもなんだかんだ言って、人里に染まってきてるってわけね。今更、純粋な森の暮らしには戻れないでしょうよ」
「しかし、おかげで私はマグヌス氏と知り合うことができた。こうして空を飛ぶ羽も作ってもらえた」
いつの間にか立ち直ったらしい第五王子に、あたしはしらけた目線を送る。
「おかげであたしまで、あんたに抱えられて陸橋から飛び降りさせられたってわけね。その羽がなければ、あんただってそんなことしなかったでしょ?」
「その通り! マグヌス氏に出会えた私は幸運だった!」
「……はいはい」
ついていけない。
今度こそあたしは夕飯を作りに席を立った。




