41 新しい芽
「この切り株をご覧ください」
マグヌス氏は、私を彼の家の後ろにある森の、少し奥まった場所に連れて来た。
そこには大層大きな切り株がある。
大人の男が十人がかりでないと、囲むことができないだろう。
「これは世界樹です」
「え!」
世界樹と言えば、神話に出てくる、この世界を支える木じゃないか!
それが、切り倒されている……?
「正確には世界樹の孫というか、その子孫にあたるものです」
マグヌス氏はしゃがみ込んで、その切り株を愛おしそうに撫でた。
そしてその一角を指さす。
「ここを見てください。『ひこばえ』が生えてきています。これが長い長い年月を経て、いつか再び世界樹へと育ちます。これを守るため、わしはここを動かないのです」
「……そうでしたか」
頷きながら、トールビョルンの言葉を思い出していた。
彼はライラを「女王」とか「ニーズヘッグ」と呼び、私を「フレースヴェルグ」と呼んだ。
そしてマグヌス氏は彼を「ラタトスク」と。
ラタトスクは神話の中に出てくる栗鼠の名前だ。
実際、トールビョルンは栗鼠の姿を取っていた。
「マグヌス氏」
「はい」
「私は『フレースヴェルグ』なのですか?」
「はい、そうです」
フレースヴェルグ――
神話では世界樹の枝に留まる鷲として登場する。
またの名を「死者を喰らうもの」。
「私は、死者を喰らいたくはないなあ」
そう言うとマグヌス氏が苦笑した。
「そりゃそうです。ライラだって、死者の血を吸いたいとは思わんでしょう」
そう、ニーズヘッグは世界樹の根本にいて、その根を齧る蛇として登場するが、またの名は「死者の血を啜るもの」である。
「あの子は甘いものが好きな、普通の女の子ですよ。死者の血なんて、頼まれたって飲みたくないでしょうな」
そうだ。
彼女は、私の奢りだと言ったら、嬉しそうにリンゴのケーキを注文していた、そんな女の子だ。
一度ライラの顔を思い浮かべてしまったら、次から次へと思いがあふれ出る。
きれいな顔をしているのに、わざわざ老婆に化けていた出会いのときのこと。
私を吸血鬼と間違えて、空の上で暴れたこと。
私を置いて、逃げ出そうとしたこと。
……あれ? もっといい思い出もあったよな?
吸血樹退治に同行して欲しいと頼んだら、あんなに怖そうにしていたのに、炭坑では子供たちを守るために頑張っていた。
小さい子供が犠牲になって落ち込んでいた私を、なぐさめてもくれたっけ。
とても勇気があって、優しい子なんだ。
……会いたい。
無事な顔が見たい。
ライラの笑顔が見たい。
彼女の手を握りたい!
抱きしめたい!
ああ、私ときたら!
こんなときに欲望が止まらなくなるなんて!
「どうしました? 頭を抱えて」
マグヌス氏に聞かれて我に返る。
「コホン! ……えーっと、トールビョルン、つまりあの栗鼠の変化した兄のことですが、彼はなぜライラをニーズヘッグなどと呼んだのでしょう?」
「それです。ライラが持つ特別な力と関係があります」
「私の『真実の瞳』の力とも、関係がありますか?」
「勿論です」
そうしてマグヌス氏は、神話時代と今を生きている私たちとの因縁を教えてくれた。
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「あなたやライラが、そのままフレースヴェルグやニーズヘッグというわけではありません。彼らはラグナログを経てこの世が人の世界に移り変わったとき、それぞれの魂の欠片を世界に放ちました。それを持って生まれた者たちが、フレースヴェルグやニーズヘッグの力を受け継いだのです」
「私のこの目に宿る力もですか。……しかし、世界樹に留まっていた鷲の力にしては、真実を見分けるだけというのは、少々弱い気がします」
「左様。時が下るにつれ、彼らの力は弱まっていきました」
マグヌス氏は、まるで古い時代を生きていたことがあるかのように、遠い目をして森の木々を見上げる。
「かつて『真実の瞳』も『森の女王』も、一世代に何人もいたものです。しかし今では、一世代に一人ずつがやっと、という有様」
「フレースヴェルグが『真実の瞳』になったのと同じように、ニーズヘッグは『森の女王』になったのですか?」
「ええ、そうです」
初めて会ったときから、ライラを「女王」のようだと感じていたことを思い出す。
夜の森の色を持つ少女。
ライラは本当に『森の女王』だったのだ。
「ただ、『真実の瞳』と『森の女王』の力の意味は少し違います」
マグヌス氏の言葉は、私を感懐から現実に引き戻す。
「どういう意味ですか?」
「『森の女王』の力は、森や世界樹の再生です。そしてその力は特別な一族の中だけで受け継がれるのです」




